95話──別視点⑭〈女帝〉
──コツ、コツ、コツ、コツ、コツ──
「……」
長く薄暗い石造りの廊下に、孤独な足音が響く。
壁に立て掛けられた燭台の炎に照らされた、ガルネット・ドラークの横顔は少し険しかった。
陰湿な廊下の行き止まりに現れる荘厳な扉。巨大で威圧的。幾重にも張り巡らされた鋼鉄の装飾と金による彩り。優美な匠の趣向というより、その扉の先に待つ者の権威と力を誇示するかのようであった。
──ゴオン……──
重厚な音を立てて扉が一人でにゆっくりと開く。
開け放たれた扉の先は大広間となっていた。
ただの広間ではない。
それは、そう。玉座の間であった。
「……」
入り口の足元から、支配者が鎮座する玉座まで続く深紅のカーペット。それは血塗られた道のように、異様な気配を孕んで伸びていた。
ガルネットは静かに歩いて進んだ。
明かり窓は大きくとられていたが、高い位置にあり、間の全てを照らす角度に造られてはいなかった。
暗闇の谷に、微かに落ち込む日の光。そんなイメージが部屋の空間へと落とし込まれているようであった。
「……陛下、お呼びでしょうか」
玉座の鎮座する踏み段の前に跪くガルネット。
壇上から艶かしい声が降りてきた。
「報告は聞いたわ。よく意味が分からないのだけれど?」
それは妖艶で、微笑を含んだような魅惑的な声であったが、どこか不穏なようにも感じられる。
ある者が聞けば天女が誘惑してるようにも聞こえるだろう。また、ある者が聞けば死神の囁きにも聞こえるだろう。
そんな不思議な女の声であった。
「レイド・ストーン三つを全て消失。そして、例の“協力者”の失踪。どういう事かしら?」
「……そのままの意味でございます、陛下」
「へえ。そのままの意味、ね」
クスクス、とせせら笑うような声。
「貴方ともあろう者が帝国の切り札と、それを作る人材を同時に失った。そういう事かしら?」
「申し訳ございません。その通りであります」
「ふうん……」
玉座の上でふわりと影が足を組み直した。その動作から色香が漂う。
「それは深刻ねえ。しかも、もう一つ気になったのは王都への攻撃失敗との報告だけど」
「それは語弊があります。正しくは王都に攻撃はしておりません。王都にて事故が起こったのです」
「事故。事故ねえ……」
声はつまらなさそうに声のトーンを落とした。
「敵国の首都を祭典中に半壊させたのが事故ねぇ。それはまた深刻な大事故ね。アルメ王女にお見舞いの手紙でも出してあげようかしら?」
「……」
「まあ、事故だろうと何だろうとそれで王都が陥落すれば話は早かったのだけれど」
抑揚もなく穏やかな声であったが、その中には威圧的な意思が含まれていた。
「事故だろうとイクリプスの攻撃で堕ちなかったのは気に入らないわね。つまり、貴方の作戦の切り札は当てにならない。そういう事じゃない?」
「……今現在の我が軍は拡大した戦線を維持するだけで精一杯です。レイド・ストーンの力が無ければ勝ち筋は見えてきません。そして、レイド・ストーンは戦局を打開するのに十分な力を備えています」
「なら、なぜ今回は失敗……違うわね。事故は深刻にならずに終わったのかしら?」
「魔法少女です」
ガルネットが顔を上げて、影の中で瞬く支配者の目を見る。
「あの伝説に語り継がれる魔法少女によって、我らの作戦は思うように進まないのです」
「魔法少女……」
支配者はゆったりと玉座にもたれかかった。
「確か世界を救ったとかいう伝説の戦士ね」
「はい。既にオニックス、ジェイド、サフィラの三人が交戦しましたが、いずれも敗走……いえ、退却いたしました」
「ふぅん……」
ほっと短いタメ息。
「あの三人も焼きが回ったのかしら。私の見込んだ良い子達なのだけれど……」
「相手が強すぎる。と解釈してもよろしいかと」
「あら? 貴方がそんな情けない事を言うなんて。もしかして貴方でさえ勝てないとは言わないわよね?」
「……」
ガルネットは黙したままであった。
「……まあ、いいわ」
声は静かに告げた。
「今回の件は“事故”だと言うなら信じてあげて、不問にしましょう。あの三人にも引き続き働いて貰うわ」
「はっ……」
「あ、もちろん貴方にもね。今後の作戦は全面的に任せるわ。各関係部署には私から話しておくから」
「ありがとうございます」
「それじゃあ早速なんだけど、今回の件の関係書類等の後処理もしてね。三日以内に」
「え゛!?」
「あら? 何か問題でも?」
「い、いえ……あ、いや、そのー……」
「それじゃあ、下がりなさい」
「は、はい……」
ガルネットは元来た道を引き返した。しかし、入ってきた時よりもその足取りはさらに重くなっていた。
──コツ、コツ、コツ、コツ……──
「はぁ~……」
重い息を肺の底から絞り出して、ガルネットは自身の執務室の扉を開けた。
中に入ると、彼の従者であるコリエ少女が床の上で何枚もの設計図らしき図面を広げていた。
「あ、ガルネット様っ」
ピョコッと柔らかな耳を立てて立ち上がるコリエ。
「お帰りなさいませ。女王陛下は、どう、でしたか?」
「思ったよりはご立腹でもなかった。しかし、また仕事を押し付けられたよ」
ガルネットは弱々しく笑ってみせた。コリエは心配そうに彼の執務机の椅子を引いた。
「ありがとうコリエ。ふぅー……」
沈むように座るガルネット。まるで空気が抜けてしぼむ風船のようであった。
「お疲れ様です、ガルネット様。あの、本当に……。今お茶淹れますね」
「頼む」
予め用意してあったティーセットをいそいそと仕立てるコリエ。
ほとんど待たずに良い香りが部屋に漂った。
「……ふぅー。やっぱりコリエの淹れてくれるお茶は落ち着くな」
「いえ、そんな」
頭の上の耳が小刻みに弾む。
「あ、そうだ。先ほどサフィラ様達から連絡がありました」
つい緩みかかってしまった表情を慌てて引き締め、コリエが事務報告を行う。
「しばらくは三人とも潜伏したまま待機するとの事です。王都は今厳戒態勢が敷かれてる状態で、迂闊には動けないそうです」
「そうだろうな」
「あ、それと……例の解析の件なのですが、やはり図面からだけでは何とも……実物が無ければ確かな事を言うのは難しそうです。“コピー品”は少し違う物になりそうで……申し訳ありません」
「それは仕方ない」
ガルネットが頷く。
「どちらにせよ、あの男は我々にあんな機能がある事を隠していたのだ。同じ物を使う気は無いな」
「はい。あの、結局あの人は何がしたかったのでしょうか? 高い技術力があった事は確かですが……」
「分からんな。結果的には予定外の事をしでかしていった訳だが、我らを陥れるのが目的だったとも言い難い。情報部に行方を追わせているが、あまり期待しない方がいいだろう」
ガルネットはカップを持ったまま、ぼんやりと考えるように言った。
「しかし、どちらにせよ……魔法少女。あの存在は無視出来ないな」
「?」
「いや、何でもない。さ、それよりまた仕事が溜まっている。すぐに取り掛からなくちゃな……」
「お手伝いします、ガルネット様」
「いつもすまないな……」
「い、いえ。あの、元気出してください、ね?」
そうやって二人の苦労人は、これから再開される激しい戦いのための準備に取り掛かった。
ガルネットは妙な予感をしていた。
魔法少女。その存在と、ここから更に激しく戦う事になる。
そんな予感を。
お疲れ様です。次話に続きます。




