94話──夜の風が傷に染みるぜ
次話から章が変わるため、一、二週間ほど間を空けます。よろしくお願いいたします。
空中で大の字になって宙に浮くドラゴン。
それは、翼を持つ空の支配者にしてはあまりにも無防備で滑稽な姿だったが、その中心に輝くコアの光だけは妖しく煌めき、美しくさえあった。
西の空の果ての、落日の輝きを宿して緋色に燃えるコア。
「りゃあああああーっ!!」
その紅い星目掛けて翔ぶ。もう日はほとんど落ちている。目の前に広がるのは夜空だ。青ざめた夜の帳の底でいくつもの白い光が瞬いている。
全身をすり抜けていく風は寒いくらいだ。
静かな空の表情と、冷めた風。
その中心に燃える紅いコア。
なんだか、とても神秘的な光景だ。
まあ……。
それはそれとして、だっ!!
「はあああっ!!」
拳を握り締める。自分で自分の手を握り潰すくらいに握りしめる。
『グオオオオオッ』
ゆっくりと落ちてくるイクリプス。目の前がその巨体で埋まった。
「おっりゃあああああああー!!」
俺の跳躍と、相手の落下。その二つが交わる接点。その刹那に、全霊を込めた一撃を繰り出す。
──バッッギイイィッッ──
『ギャオオオオオオオオオオオオオオオッッ』
──ピシッ、ピシッピシッ、ビシッ……──
「もうっ、いっちょおうっ!!」
身を捻って、追加の後ろ回し蹴り。
その時、自分の体からうっすらと黄金色の光が滲んでいるのが見えた。
──バギャアッ──
ひび割れたコアへと入る蹴り。まるで一滴の流れ星が、偽りの太陽を貫いたかのよう。
『ゴグガオオオッ』
──ビシッ……バリィンッ……──
目の前で、緋色の星がキラキラと踊った。
それは星ではなく、太陽の最後の光を吸って反射しながら砕け散るコアの欠片だった。
空に夕焼けの流星が燃えて散った。
『ゴオオオオオ…………』
巨大な翼が霞んでゆく。長い首も、恐ろしい腕も、俺を踏みつけてくれた足も。全てがボロボロと崩れ去っていく。
イクリプスの闇の体が本当の夜へと溶けて消えていく。一陣の風が吹き抜け、そこには青い星空だけが何事もなかったかのように広がっていた。
「やっ、たぜ!」
勝った。
正直言ってキツかったが。
勝ったぜ。
達成感と溢れる充実感。ああ、落陽の若き夜の空に散りばめられたる星の切なさよ。
身を切る風の、涼やかな事よ。
「……あ」
──ヒュゥ~~──
バサバサッと空へと残ろうとする自分の長い髪。身体を後ろから引っ張られるような感覚。
臓器にふんわりともたれる違和感。
「おう、ノォ……」
俺は絶賛落下中だった。
そりゃそうか。結構高く飛び上がったし、俺は飛べねえしで。
イクリプスぶん殴った後は落ちるのみ。
──ヒューッ、ドドオンッ──
「あっべっふぇ!!」
今日何度目になるかも分からん背中への強打。そして肺を押し潰す衝撃。
地面が捲れ上がって、砂が舞い上がる。土や小石がパラパラと降ってくる。
「あいつつ……」
地面に半身浴するくらい埋まっていた。
「勝利後のポーズが土風呂半身浴かよ……」
なんか今日は本当に散々。良いとこなしな魔法少女だったな……。
「うっ、ふう! よいしょっ、と……」
ボコボコっと土を払いのけて立ち上がる。回りがちょっとしたクレーターみたいになっていた。
「ほんと、即死級の目に何度もあってるな」
「ホープーーーっ!」
「ん?」
静まり返った通りの向こうから、幾つものかがり火が波打ちながらこちらへ押し寄せて来た。
その先頭を走る小さな人影。しかし、背中に生えた輝かしい翼が一際目立つ。
「ホープっ! 無事でしたか!」
「ああ、まあ……うん。なんとかね」
駆け寄ってきて、飛ついてくるハトエル。ひょっとこ面の穴からポタポタ~っと涙が溢れた。
「よ、良かった~! 今回ばかりは流石に駄目なんじゃないかと思いましたっ……よく無事で……」
「う、うん。心配かけてゴメンねエンジェルちゃん」
頭を撫でると、くすぐったそうに身をよじった。
「えへへ。あ、私ばかり感激しても仕方ないですね」
ハトエルがそっと離れる。すると、後ろに控えている騎士達の中からアルメが現れ、前に歩み出てきた。
「魔法少女、ティアラ・ホープ。よくやってくれました。こんな…こんなにボロボロになってまで、あの怪物から私達を……感謝してもしきれませんが、国を代表してお礼を言わせてください」
手を組み、その場に膝をつくアルメ。
「い、いいの。これも魔法少女の使命だし」
突然の殊勝な態度に戸惑い、俺もその場に屈んでアルメの肩を持つ。
「私なら大丈夫だから。それより、王女様も怪我はない?」
「っ! は、はい!」
驚くように。そして、何よりも嬉しそうに笑みをもって頷くアルメ。
「貴女のお陰でこの通り。それに、我が兵士達も命を救われました」
その言葉と同時に、後ろに居た護衛らしき男どもが一斉に跪いた。中にはオーネットも居り、代表するように礼の言葉を述べた。
「王女をお守り頂いたこと、我ら喜びと感謝を尽くす言葉も選べぬほどでございます。ティアラ・ホープ様。貴女様のその勇気と愛の心に我らはただ平伏するのみ」
皆黙って頭を垂れた。その先に俺が居るのだから、ものすごく妙な気分になった。
「あ、あははは。ど、どういたしまして?」
こっちこそ返すべき言葉が浮かばん。
「ホープ、ホープ」
ハトエルが小さな声でそっと耳打ちしてきた。
「せっかくなんで、皆に何か一言いってあげてください」
「一言?」
「励ましの言葉とか、今後の抱負とか。何かそういう、盛り上がる感じの」
なんだそりゃ。
けど、そうだな……·。
「えっと……」
まるでお祈りするようにその場で無言のまま俯く人々。
「……」
そういや、今日は祭りだったんだよな。
それなのに、こんな事になって、こいつらも命かけて戦ったんだよな。
しかも、俺の事も助けてくれたし。
「…………みんな、顔を上げて」
ふっ、と音もなく視線が一度に向かってきた。
「……そんな仰々しくしないで。私は……ただの通りすがりの魔法少女だから」
出来てるかは分からないが、微笑んでみる。
「これから辛い事はまだあるかもしれないけど……でも、大丈夫。きっと苦しい時間も終わる。どんなに暗い道があっても、その先には光があるから。私もついてる。だから……」
その場の全員を見回す。
「これからも一緒に頑張ろうね。きっと、ここに居るみんなの心の中にもあるから。明るい光が」
アルメが俺の事を穴が空くほど見ていた。
「最後になっちゃったけど言わせて。さっきは助けてくれてありがとう。これからの皆に希望が共にありますように」
隣に立っていたハトエルが手を握ってきた。柔らかくて、小さい。温もりがぎゅっと俺の手を取っていた。
「……行かなくちゃ。それじゃあ、また」
ハトエルの手を引いて背を向けると、一斉に立ち上がる気配が伝わった。
「ホープっ! また、会えますか?」
アルメの声がかかった。
「……うん。きっと」
振り向かずに、ハトエルを腕に抱いて跳ぶ。
すっかり日の落ちきった空へと飛び込む。
「ありがとーー!」
「ありがとーっ、ホープー!」
「魔法少女ばんざーいっ!」
「希望は我らと共に!!」
「ありがとーっ!!」
「……」
背中にいくつもの声が響いてきた。
「良かったですねホープ」
胸の中に顔を埋めたハトエルがお面の下から笑顔を覗かせた。
「みんな感謝していますよ。お礼の言葉、嬉しくないですか?」
「……んなことより腹減った」
「もう、本当に素直じゃないんだから」
でも、いいんです。と、また抱きついてくるハトエル。
「やっぱり、望さんは良い人です」
「……どうだかな。ああでも言っとけば流石にアルメもボーナス出してくれるだろ」
ハトエルは何も言わずに、幸せそうに目を細めたまま、俺の胸の中で小さく頷いていた。
冷たい風が傷の熱を癒してくれるような、心地よい夜の気配が漂っていた。
しかし、それは寂しくない、ほんのりと光を感じるような夜の気配だった。
お疲れ様です。次話に続きます。




