87話──別視点⑬〈一時休戦〉
王国の祭り。それは敵国の祭典。
その明るい雰囲気も、浮かれた空気も帝国軍四天王達に苦い感情を抱かせた。
「ケッ。お国は戦争真っ只中だってのに呑気なもんだな」
「全くだ」
薄暗い倉庫。外の明かりが細く入ってくる窓から通りをそっと伺うジェイドとオニックス。外の喧騒は、薄暗い倉庫には形にならない雑音になって響いていた。
「しかし、美味そうな匂いはここにまで届きやがる。チクショウ、食いてえな」
「敵地である事を忘れるな。今こうしてる間にも多くの同胞が戦地で命を賭して戦っている」
「んなこと分かってる」
だが──と口元を拭うジェイド。
「チクショウ、腹減ったぜ」
「我慢──」
──グゴゴオオオォォ……──
オニックスの腹から巨人のいびきのような音が鳴った。
「……んだよ、お前も本当は食いに行きてえのか」
「当たり前だっ。ぬうっ、腹が、腹が減ったわ!」
すでに時刻は四時になろうとしていた。あと20分もすればこの日の祭りは一旦終了となる。
「ぬうぅ……」
「クソ、腹減った……」
空腹に沈黙する倉庫。
その静けさを、入り口の扉が開かれる音が破った。
薄暗い倉庫の中が一瞬全容を明るみにして、またフッと冷める。
「お待たせ。帰ったわ」
入ってきたのはサフィラであった。
サフィラは、オニックスとジェイドの横をスルーし、部屋の奥に置かれた執務机に向かった。
その横に置かれたゴミ箱を動かすと、その後ろに中くらいの薄汚いチェストが現れる。
サフィラが開くと、その中にはレイド・ストーンが二つ収められていた。
そこに、懐から取り出した自分の三つ目を収納して蓋を閉じる。
「これでよし」
見かけは古びたチェストだが、魔力の流れや気配を完全にシャットダウンする特殊な造りのチェストであった。万が一にも魔術師に感知される事はないだろう。
自分の仕事を終え、一先ず肩の荷が降りるサフィラ。
そこで気づいたように言う。
「あんたら、ずっとここに閉じ籠ってたの?」
オニックスとジェイドは、彼女が出ていった時とほとんど同じ場所に座っていた。
「よく飽きないわね」
「飽きたに決まってるだろ」
「退屈で死にそうだ」
と、二人の腹が同時に音を上げた。
「しかも空腹でも死にそうだ」
「食料は?」
サフィラが隅にあるコンテナを確認し、呆れた声を出す。
「なによ、ほとんど食べちゃったの? 五日分の食料だったんだけど」
「あんな物では足りん」
「もっと食わせろ」
サフィラは呆れて物も言えなかったが、自身の空腹もそれなりである事に気がついた。
「そう言えばあたしもご飯まだだったわ」
その呟くような独り言は、ある提案に直結した。
「そうだ。あたしらも屋台で何か食べない?」
「「は?」」
四天王の二人がポカンと口を揃えて開ける。
午後の斜陽が薄い夕暮れの気配を運んでくる時間。
祭りの熱気も少しずつ潮の引くようになだらかに冷めつつあった。
しかし、辺りに漂う魅惑的な匂いは、四天王三人の空いた腹の底にまで侵入していった。
「ぬ、ぬおぉ……は、腹が……」
「我慢しやがれ! 俺らは王国の作ったモンなんか食わねえからな!」
「もっと声を落としなさい。帝国人っぽい発言はご法度よ。それに、そんな涎垂らして言っても様にならないわよ?」
指輪の力により変装の完了したオニックスとジェイドを連れて歩くサフィラ。
「さて、何を食べようかしら?」
「俺は食わん。王国の物など口に出来るか」
「同意見だ」
「余計な意地を張る必要もないでしょうが。補給物資だって占領した王国の町から送ってきてる訳だし」
「それとこれは別だ!」
「はいはい」
頑な二人にサフィラは面倒くさそうに言った。
「でも、敵地から堂々と食料調達するって考えれば別にいいんじゃない?」
「ぬ?」
「う……」
辺りにはまだ開かれた屋台が多い。
「それに、ここで諜報活動して王城の警備や町の状態を調べる。そのためには自然な振る舞いが必要。なら、祭りで屋台を回りながらなんていうシチュエーションは変じゃないわ」
「「……」」
黙って顔を合わせる二人。
「これはあくまで任務の一環。敵地の町の創りや要所を調べつつ、食料の現地調達。ど?」
「ふ、ふん。お前にしては悪くない作戦だ」
「し、仕方ねえなあ。付き合ってやるか」
物は言いよう。しかし、決して全てがこじつけではない意見に二人も納得した。
「うしっ。なら何を食うか。もう畳み始めてる店も多いみてえだが」
「わたあめとかキャンディ屋ならあるわよ」
「んなモン腹の足しにならねえ。なんかこう、もっとガッツリ食えるモンはねえのか?」
もっとボリュームのある一品を楽しみたい。二人の男は獣のように辺りを見渡した。
「ん?」
と、そこで。オニックスが通行人の手にある料理に目をつけた。
「ジェイド、見ろ。あれを」
「あん?」
若い男女が楽しげに話しながら、手に持つ物。皿の上に盛られた風変わりな茶色いパスタ。
「なんだありゃ。焦げたパスタか?」
「かなりのボリュームだぞ」
他にも持って歩く者が居り、その者達の会話からこんな話が聞こえてきた。
「これうめえな~。ヤキソバって言ったか」
「ああ、変わったパスタだけどよ、この独特の風味はたまんないな」
「東方には面白い料理があるもんだな」
楽しげな声は、オニックス達の横を通りすぎていった。
「聞いたかよ。ヤキソバだってよ」
「聞いた事ないわね」
「美味そうに食っていた。しかも、かなりのボリュームだったぞ」
「なら決まりだな。ヤキソバとかいうやつを食いに行こうぜ」
「よかろう」
浮かれた男二人組を、サフィラは苦笑と共に追いかけた。
そして、どうやら目的の焼きそば屋らしき屋台が見えた。数人の客が受け取って帰っているとこであった。
「お、ここか」
「ぬおお、美味そうな匂いだ」
「ええ。なんだか食欲をそそるわ」
ちょうど客もはけたところであったようなので、三人は早速店先に並び、ジェイドが声を掛けた。
「おいっ、ヤキソバ10人分だ!」
「へいっ、らっしゃ……あ?」
「あん?」
対応した男と目が合うジェイド。小麦粉やソースに汚れたその顔には見覚えがあった。
「あっ! テメエは!?」
「お前はこの間のチャラ男!?」
ジェイドと望。二人が同時に指差す。
「なんだってテメエがここに居るんだよ!」
「居ちゃわりいか。俺は焼きそば職人のナイスガイやぞ」
「ああ?! つうことは、ヤキソバはテメエが作ってるモンか?」
ジェイドが顔をしかめる。
「けっ、テメエみたいなクソ野郎の作ったモンなんざ食えるか!」
「んだとぅー?! こっちこそ野良犬のエサなんざ取り扱ってねえ!」
「んだとコラあ!」
「ちょ、ちょっと止めなさいよ!」
今にも暴れそうなジェイドをサフィラが慌てて止める。
「こんな所で暴れないでよ!」
「けどよお!」
「もうっ、パパ止めなさい!」
一方、望の方も奥から現れたハトエルに止められていた。
「せっかくのお祭りなんだから仲良くしましょうよパパ」
「やだね!」
「もう、パパったら」
ハトエルが望を奥へと引っ込めると、代わるようにアイリともう一人見慣れない少女が現れた。
「サラさん、注文は私達で受け付けます」
「あら、アイリもここで出店してたの?」
またもや思わぬ知り合いの登場にサラが言う。
「あんたらとは変な縁があるわね」
「おい、こいつも知り合いか?」
訪ねるジェイドにサラが目配せする。
「ええ。山で会った子よ」
「ああ、あそこで……いや、んな事より嬢ちゃん。ヤキソバってやつをくれ。とりま十人分」
「はい、ただいま」
「少々お待ちなすって」
隣の少女とアイリが準備を進める。熱された鉄板の上に肉の欠片が放り込まれ、音を立てて脂を滲ませる。そこへカットされた野菜が山のように盛られる。
「あら、豪快ね」
野菜が程よく熱を通した辺りで麺も入れられ、濃厚なソースがたっぷりとかけられる。
鼻先にツンっとした香りがくっつく。
「へいっ、お待ち! とりあえず五人前でやんす」
「おお、美味そうだ。早速……」
「おいっ、俺が先だぞ!」
「黙れっ、俺が最初だ!」
「引っ込めデカブツ!」
「失せろ小物!」
「あんたら馬鹿? まだ作ってくれるんだから分けて食べなさいよ」
2本のフォークで奪い合うように貪る二人をサフィラは呆れたように眺めた。
「あ、お嬢さんもどうぞ」
そんなサフィラに、作り主の少女が別の皿に盛った物を渡す。
「まだまだ焼きやすから、遠慮なくご賞味あれ」
「ええ、そうするわ」
サフィラも一口食べてみると、それまで経験した事のない不思議な味がした。
「どうですか?」
アイリが尋ねる。優しげな微笑みと、少し緊張するような眼差しであった。
「ええ、なかなか良いわよ」
「よかった。あ、まだ焼きますね。リンさん、あと四人前」
「あい」
「ほおっ、これは美味い!」
「おおっ、うめえ! これうめえぞ! 嬢ちゃん、五人前追加!」
さっきまでの意地をすっかり忘れたかのように貪る二人をサフィラは苦笑して眺めた。
その苦笑が、実は自然な笑顔であったのは本人も気づいていなかった。
お疲れ様です。次話に続きます。




