88──祭の余韻に浸って
「ほらよ、釣りは要らねえ」
「あっ、ありがとざんす!」
金を受け取るリン。見た感じかなりの額を貰ったようだ。
「それじゃあねアイリ。まあ、適当に頑張りなさい」
「はい、また」
「ありがとございやしたー!」
十人前くらい食ったというのに、大男もチャラ男も山盛り焼きそば片手に帰っていき、リンが『売り切れ』という札を嬉しそうに貼った。
「やったでやんす! 初日から好調です!」
「良かったねリンさん」
「いえいえ、これも皆さんのお陰でありやす。あ、お礼の方は売上金を数えてから出しやすね」
「ううん、いいよお礼なんて」
「そうですよっ、困った時はお互い様です!」
なんていうアホみたいな事を言うアイリとハトエル。その言葉を聞いたリンがうるっとなる。
「お、お二方っ、ほ、本当にいいんですか?」
「うん。それはリンさんが使って」
「あ、ありがとうございやすっ! このご恩はいつかきっと返しますっ……」
なんともおめでたい話だが、まあリンの方は感動してるし、アイリとハトエルは満足そうだから良いのだろう。
「念のために言っておくが、俺はびた一文まける気はないからな?」
「パパ……」
「ノゾムさん……」
空気読めよと言わんばかりの二人の視線。が、しかし。これはこれ、それはそれ。俺は慈善ではなく、報酬のために頑張ったんだ。
「さあ、リンちゃんよ~。僕のお金ちゃんはどのくらいかな?」
「はい。えっとー……あ、ちょうどくらいでありやすね」
はい、と手渡してくる。手の上に愛しいお金の重みがジャラっと──
「……ちょいと良いかリンよ」
「は、はい」
「半日も身を粉にした割にはちーっとばかし少なくねえか?」
パッと見で300リルク。取られた時間と内容からすると少ない。
「おいっ、この腐れ商人! 今日の売り上げはいくらだオラぁ!」
「ひ、ひいぃ~! きょ、今日の売り上げはおよそ2万リルクでした~!」
「うおい、うおい、うおおいっ! 2万もあって俺にはたったの300だぁ? つうことはお前が19700リルクせしめてるって事かぁ?!」
エプロンを掴んで首をガックガクに揺さぶってやる。
「正々堂々とがめるなんざ良い度胸だ。このまま着てる物全部剥いでやろうか? あぁん?」
「お、お助けっ! こ、これでも色を付けて捻出したほうでやんす!」
「嘘つけー! テメエの取り分は俺の50倍以上じゃねえかー!」
もう我慢ならねえ。
「やっぱ──脱がすか!」
「ひ、ひぇ~!?」
「止めなさいっ、パパ!」
「ノゾムさん!」
良いとこでアホ二人に止められた。
「リンさんが可哀想でしょ!」
「可哀想なのは俺だ~!」
「ノゾムさんっ、落ち着きましょう! きっと原料費とかかかってるんですよ!」
仕方ないのでリンを解放すると、申し訳なさそうな面でしどろもどろに語りだした。
「あ、あの~。実は……」
苦労人リンちゃんの話はこうだ。
「わっち、皆さんにはお話してなかったんですが、借金しておりまして……」
と、なんとなく分かってたような事を言った。
「……およそ20万リルクほど返済しなくちゃならなくて……」
コツコツ返していっているが、まだまだらしく、この祭で一気に稼いで返済しようと奮起したとのこと。
材料費がおよそ2000リルク。器具や道具、燃料などの費用が3000リルク。
屋台のレンタル料が一日500リルク。許可代が300リルク。
そんな感じで経費を全て差っ引くと、およそ14,200リルクの純利益という訳だ。
その内1,3000を借金返済に当て、900を自身の生活費に割り当てたい。
結果、俺への報酬は300。
「って! それで納得すると思うかー!!」
「ひょええ~!! すみやせんっ、すみやせんっ! 勘弁してくだしゃんせ~!!」
ハトエルとアイリの二人に再びなだめられ、何とか怒りを飲み込む事に成功した。
「ちくしょう。この詐欺師が~。今度からお前の学術名はボッタクリサギムスメだ~……」
「ほ、本当に申し訳ありやせん。でも、お陰さまで今日は飛ぶように売れて想像以上に儲けられやした。これもそれも本当に皆様のお陰さまで……」
「そう思うなら金を寄越せ~」
「し、忍びないです……」
くそ。アルメといい、こいつといい。どうして俺の回りはどーしようもねえ貧乏人に囲まれてるんだ? 金運よ、今君はいずこ?
「まあまあ、パパ。リンさんも自分の身上を話してくれたんです。明日も手伝ってあげましょう! もちろん、お金も貰わずに」
「……しばくぞ」
「なんで?!」
いつかこいつは無限腹パンの刑に処してやらねば気が済まん。
「ちっ、あーあ、俺の努力はいつどこで報われるのかねー」
「元気出してノゾムさん。さっきリンさんが焼いてくれたヤキソバも美味しかったじゃないですか」
「まったく。ハトエルといい、お前といい。頭お花畑ちゃん達に囲まれると常識人は苦労するぜ」
アイリはあはは、と苦笑した。
「でも、そんな事言いつつもノゾムさんは私達を助けてくれるんですね」
「……ちょっとその辺ブラついてくるわ。まだ怒りが消えた訳じゃないからな」
「もー。パパはすーぐヘソ曲げるんだから」
「も、申し訳ありやせん」
じっと座ってるとムシャクシャするので、少しそこら辺を歩いて回る事にする。
通りはゴミなどが散らかっており、お世辞にも美しいとは言えなかったが、西の空に落ち始めた夕日が家々を終日の色に染め初めているのは綺麗な光景であった。
まだそこらに香ばしい祭の匂いが残っており、屋台は明日からの連戦に備えて待機してるようだった。
ほとんどの店はもう切り上げているようだが、いくつかは貪欲にまだ展開している。
「商魂たくましいねぇ」
まあ、金は大事だからな。
と、祭の休憩の空気に浸っている時であった。
──トントン──
「ん?」
何者かに肩を叩かれた。振り返ってみると、顔をスカーフで隠した女が居た。しかし、見えている目元だけでも美人なのが分かる。
「こんばんわ、ノゾムさん」
「え?」
何故か見知らぬ美女が俺の名前を知っていた。
「えっと、すまん。誰だったか。あんたみたいな美人忘れるなんて俺もどうかしてるよな、ははは……」
「まあ……。私です。私」
その女は周囲を少し見回してから小声で耳元で名前を告げた。
「アルメです」
「えっ?」
少しだけ口元の布を取って微笑む女性。それは間違いなく、貧乏王女アルメであった。
「まさかこのような場所でノゾムさんに会うとは思いませんでした」
「そりゃ俺のセリフだぜ」
人通りの多い道から外れ、静かな住宅街をゆっくりと歩きながら話す。
「お忍びってやつか?」
「はい。三限祭が滞りなく催されているか、民は祭を楽しんでいるか。それをこの目で見たくなりまして」
ほとんど顔を隠しているが、それでも微笑んでいるであろうアルメ。
歩いている内に見晴らしの良い高台に出た。踊り場と階段が融合した棚田のようなエリアになっており、洗濯物などが干されて風に揺れていた。
その隅に設置されたベンチに二人で座る。
「ノゾムさん、天使様と一緒ではないのですか?」
「あー、まあな。一緒に居るとイライラすんで不貞腐れて抜け出してきた」
「そうなのですか?」
「おう、色々あってな……って、よくよく考えたら元凶はお前じゃねえか!」
「えっ?」
そもそも俺が毎度苦労したり、ハトエルやアイリのお人好し行為にうんざりするのは自分の生活が苦しいからだ。つまり、貧乏パトロンのせいだ。
「はぁー。まあいい。今さらお前さんに言ったって仕方ねえもんな」
「? よくは分かりませんが、すみません」
もう夕日が赤味を増してきた。日没も近いだろう。
「しかし、こんな時なのに祭りなんてよく許可したな。こんなに人の流動が激しけりゃよ、敵方のスパイとか入りたい放題なんじゃねえか?」
「ええ。それはもちろん危惧している事ではあります。しかし、この日のためにずっと準備して楽しみにしてきた人も多かったのです」
アルメがそっと肩を落とす。
「そんな時に少しでも気を紛らわせてくれればと思い、開催を許可しました」
「……私財を投げ売って寄付までしてか?」
「ご存知でしたか?」
意外そうな反応をする。
「はい。その、ノゾムさんには申し訳ないとは思ったのですが……」
「まったくだ。そんな金あるなら俺にも恵みやがれ。けど、まあ……」
今日一日の事が蘇る。屋台の割り増し料金の飯、大した事ないゲームの商品、チャチな催しや邪魔くさい人混み。
どれも童心に返ったような気がした。
「悪くはなかったな。祭りも。だから今回の件は不問にしてやるよ」
「……ふふ」
「なんだ、何かおかしい事言ったか」
「いえ。でも、貴方は不思議な人だと思いまして」
アルメの方を見ると、綺麗な目がパチパチと瞬いていた。
「天使様の言う事が少し分かるような気がします」
「? 何がだ?」
「ふふふ……」
隠れた口元に小さく手を添えて笑うアルメ。
なんというか……。
かわいいじゃねえか。
いや、こいつは没落貴族で俺に多大な迷惑をかけてるから見落としがちだが、見目麗しき一国の姫。普通にイイ女。いや、極上玉だ。
そんな娘と二人っきりで並んで座り、夕日を眺める。
イイ。
「どうかされましたか?」
「え? あー、いや、なんでも? まあ、あれだ。なんか食うか?」
「え?」
目を丸くするアルメ。
「どうせ貧乏で何も買えてないんだろ? まだキャンディ屋くらいならやってるし。まあ、要らねえならいいけどよ」
「……ふふふふ。本当に、変な人」
奢ってやるって言ってんのに変人扱いしやがって。
しかし、アルメはどこか嬉しそうに目を細めた。
「それじゃあ、遠慮なく頂きますね」
一緒にベンチから立つ。まだ開いてる店もあるはずだ。
あいつらにも一つずつ買ってってやるか。ちぇ、稼ぎもパアになりそうだ。
お疲れ様です。次話に続きます。




