86話──童心に返るような
──ゴクゴクゴク──
「おおっ?! これ、うめえ?!」
「これはステーラと言って、南部にしか自生していない果物で作ったジュースさ。元となるモステは毒のある果実なんだが、よく熟れた物を選んでさらに運ぶ過程で追熟させると毒が消えるんだ。それをよく煮込んで濾すと、飲めるようになるんだ」
屋台を回ること早一時間近く。俺は串焼きから始まり、パイ、クレープ、クッキーなどの見慣れた物を攻略していったが、この際だから珍しい物にも挑戦してみた。
ビビットなエメラルドグリーンのヤバそうなジュースを見つけたので、一杯40リルクでグイっとやってみたところ思いの外美味い。
「やっぱ人生はチャレンジだな」
「どうだい、もう一杯?」
「貰おうか」
陽気な店主からお代わりを貰い、味わいながら祭りを再開する。
「いや~、見た目はサイケデリックだったが、味はトロピカルだぜ」
「いいな~。どんな味ですか?」
「例えが難しいが、口当たりは完熟マンゴーで、香りはパイナップル。広がる味はブルーハワイ味でのど越しはラムネみたいな?」
「全然分かりませんが、美味しそう! パパ~一口ちょーだい~」
「口移しなら良いぞ」
「エッチ!」
「ノ、ノゾムさん、娘さんすらそんな目で?」
順調に財布の中身は減っていってるが、腹は満ちていくし、満足度はどんどん膨らんでいる。まさか、この歳になって祭りを謳歌する日が来ようとは。
「あっ、わたあめだ! おじさーんっ、わたあめ一つくださいなっ」
「お、かわいいお嬢ちゃんだ。サービスして20リルクにしてあげよう」
「わーいっ! ありがとうございまーす!」
「良かったねハトエルちゃん」
「はい! アイリさんも一口どうですか?」
「え、悪いよそんな」
「ははっ、ならお嬢ちゃんにもサービスだ。20リルクでお一つどうだい?」
「いいんですか? それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「わあ~、アイリさんのわたあめ入道雲みたい! なんだか天界みたい」
「ふふふ、そうだね。ほら、ハトエルちゃんのわたあめと並べると天使様の国みたいじゃないかな?」
「はいっ、そっくりです!」
何より、なんだかんだ言って可愛い天使と、聖人な異世界少女を連れてのお祭りだ。
「楽しくないわけねえわな」
「パパ!」
「ん?」
「はい、どうぞ!」
むんずと掴んでちぎられた雲。ハトエルが半分近くのわたあめを差し出してきた。
「くれんのか?」
「美味しいですよ」
「そうか」
ふわふわして、少しザラつくような小さな雲。
口に放り込んだらじゅわりと溶けて甘い。
「甘いな」
「美味しいでしょー」
「ああ。ほれ、これも美味いぞ。飲んでみな」
まだ残ってるジュースをハトエルに渡す。
「えっ、良いんですか?」
「ああ。甘い物に甘いもんじゃ喉渇いちまうからな」
「やった! それじゃあ、遠慮なく……あっ、でもこれだとパパと、か、間接チューに……」
「嬉しいか?」
「うう、難しい決断です! 間接チューを我慢するか、やっぱり無理か!」
「やっぱり返しやがれ!」
ハトエルはチョコチョコ~ッと逃げていってしまった。
「たくっ」
「なんだかんだ言って仲が良いですね」
アイリもわたあめを頬張りながら笑う。
「ハトエルちゃんもお父さんの事は好きみたい」
「間接キス拒む奴がか?」
「それは誰だって恥ずかしいですもん」
ハトエルは離れた場所でニコニコと笑いながらジュースを飲み干していた。
「あっ! 全部やるとは言ってねえぞ!」
「ケチ!」
それからも踊りを見学したり、楽器の演奏を聞いたり、大道芸を見たり。祭りを存分に堪能していった。
自分でも驚くほど時間は瞬く間に過ぎていき、もう昼を過ぎて午後に回っていた。
「もう午後か。そういや腹減ったかもな」
「うっ、あと80リルクですか。これは上手く使わないと」
「私も何か食べようかな」
祭りも後半戦。アイリいわく、祭りは基本的に午後の四時には終わるそうだ。多分、この世界は照明器具がそこまで発達してないから、明るい内に片付けなどを済ますためだろう。
「となると、ここらで昼飯クラスの物を探さねばならん。うーん、何にするか」
この異世界の屋台は基本的に串で焼いた何かか、パイやピザみたいな粉ものなのがほとんどだ。
ここは少し違う風味の物で攻めたい。
それに、スパイスや塩ばかりで少し違う味が欲しい。出来りゃ和風な。
「しかし、和風なんて……ん、待てよ?」
純和風かはともかく、あれなら懐かしいテイストなのは違いない。それに、行ってやるつもりだったし。
「よし。ハトエル、アイリ。俺らの次の店は決まったぞ」
「何ですか?」
「焼きそばだ!」
「「ヤキソバ?」」
二人とも、あっと口に手を当てた。
漂うソースの薫り。異世界でもこの匂いは食欲を掻き立てる。
炭火や甘いパンの香りを突破して届くとは。やはり俺の中に流れる地球人日本地方種の血が、かつての味を求めているのだろうか。
「おお、すげえじゃんか」
「わあっ、沢山の人っ」
リンの店に向かってみると、他の店に比べてみても頭一つ抜けるほどの人だかりが出来ていた。
「へえー。あいつただのバイヤーかと思ったら、案外商売上手なんだな」
「ねえ、ヤキソバって食べた?」
「ううん、まだ」
「東方の料理らしいんだけど、変わった味で美味しいんだって!」
「食べに行こうよ!」
俺らの横を、異世界今どきギャルがキャピキャピしながら通過していき、列に加わった。
そこらで立ち食いしてる奴らが居るが(箸ではなくフォーク持参で食ってるのがほとんど。中には手掴みも)、みんな「へえ、変わってる」「けど、美味い」のように、物珍しさからの人気もあるようだ。
「どれ、俺らはリンのお友達だ。特別待遇優先で提供してもらおう」
「駄目ですよっ! ちゃんと並ばないと」
「いいんだ。特権階級の俺はいいんだ」
「ダメです!」
うるせえガキめ。俺もお前もこの世界じゃ王族よりも上の立ち位置なんだぞ。
ハトエルを無視して、列を抜かして屋台へ顔を出す。
「よっ、リンちゃん。景気はどうよ」
「っ!? ノ、ノゾムさ~んっ!!」
「うおっ?!」
中で切り盛りしていたのは見知らぬモンスターだった。真っ白な白髪から粉を降らせ、同じく白い死に化粧の顔には血走った目がギョロっとしており、所々から茶色いヘドロを吹き出し、緑の苔を手足に生やしている。
「ぎゃああーっ!? なんで祭りのど真ん中にモンスターがいるんだよ!?」
「ち、違うでやんす! わっちです!」
と、UMAが人間らしき手をバタバタ振る。
よく見ると、頭には見覚えのある帽子がのっていた。
「あ、お前はリンか」
「そ、そうざんす! いや、それより助けて~!」
途端に泣き言をほざくリン。その横で
「おーい、早くくれー!」
「こっちは五人前だ。急いでくれよな」
「ねー、まだー?」
客たちがガヤガヤと野次を飛ばしていた。
「ご、ご覧の通り、わっち一人の手には負えない状況でしてっ……ど、どうかお力添えを……」
「じゃあ、俺は最後尾に並ぶからな。早く捌いてくれよ。遅かったら半額で提供してもらうからな! おら、とっとと作れ」
「鬼ですか?!」
「もうっ、パパ!」
と、ここで。
後ろから顔を覗かせたハトエルとアイリが、パッと屋台の中へ入った。
「リンさん、手伝います!」
「私も、力になれるかは分からないけど」
「お、お二方っ……!」
二人は詳しい事も聞かずに、すぐリンのお手伝いに入った。
「ほらっ、パパ! パパも早く手伝ってください! パパは焼きそばの作り方知ってるんでしょ?!」
「俺は食う方が得意なんだ。三人なら早く食えそうだな。これで安心して並べるぜ」
「貴方に良心の呵責は無いんですか?!」
「無い」
「言いきった?!」
なんでこんな忙しそうなとこを手伝わなきゃならねえんだ。やだね。
「あ、あのっ!」
「あん? なんだよ」
コナマミレムスメことリンが呼び止めてくる。しかし、俺はこのお人好し二人とは違う。どんな事があろうと俺は手伝わないからな。
「もし、手伝ってくれたら、売り上げからお礼も──」
「さあっ! 寄ってくんねえっ、食ってくんねえ! お立ち会いっ、こいつははるか彼方東方から伝わる麺料理ヤキソバでい! かつては古の皇帝しか口に出来なかった秘伝の妙薬を解き明かして麺に絡めた由緒ある料理だ! こいつを食えば婆さんは腰痛が治るし、爺さんも癇癪を鎮めるってもんだ! 奥さんは肌がピチピチっ、旦那さんは夜もバリバリっ! 若いねーちゃんにーちゃんは大人の色香を身に付けられるってもんでさあっ! そんなヤキソバはここでしか食えない! 次食えるのは2000年祭になっちまうぜ!? さあっ、今しかないよっ、買った、食った!!」
「パ、パパ。やる気になった、のかな?」
「あ、あははは……」
まあ、仕方ない。僕は困ってる人を放っておけない正義の魔法少女だからな。
少し手伝ってってやるか。
お疲れ様です。次話に続きます。




