85話──三限祭
──ボンッ、ボンッボンッ、ボンッ──
翌日の朝。
顔を洗ったり、服を着替えたりしていたとこで空に響く爆発音。
花火の音。祭りの合図。
懐かしい。俺も子供の頃はこの音に飛び起きてすぐに用意をしたもんだ。普段は目覚まし時計ですら何の役にも立たないのに、なぜかこの音だけは秒で脳が覚醒するんだよな。
そんでもって、戦利品を入れるリュックをひっ掴んで、その日のためにコツコツ貯めた金を持って友人の家に行って…………。
「ふ。懐かしいな」
「何がですか?」
「なーに。俺ともあろう者が前世の事をセンチメンタルに思い出していただけさ」
「ふふ、望さんも楽しみにしてたんですね。私も楽しみで早起きしちゃいました!」
「お子ちゃまだな」
朝飯は食わず、軍資金を用意する。今日は屋台で食い倒れだ。
「アルメから貰ったボーナスを使うぞ。ほれ」
「?」
「ほら、手出せ」
「はい」
──ジャラッ──
頭に?を浮かべるハトエルの手に硬貨を数枚乗せる。
「えっ?! こ、これは何ですか!?」
「何って、お前のお小遣いだよ。200リルクくらいだ。わたあめなら6、7本くらい買えるだろ」
「な、な、なんですと?!」
その場で飛び上がるハトエル。驚いた拍子でか、バサッと翼が広がった。
「あ、あの望さんが私にお金を?! あんなドケチと卑怯とアコギな化身の望さんが他者に施しを?! こ、これは何か天変地異の前触れなのでしょうか? か、神よっ、どうか私をお守りくださいっ!」
「やっぱ返しやがれガキ!」
「わまま~っ!?」
ヒョイっと避けて逃げるハトエル。
「一度貰った物ですっ、これはありがたく大事に使わせていただきます!」
「チッ、な~にがありがたくだ。人を厄災の前触れみてえに言いやがったくせに」
「えへへ。でも、まさか望さんが私にお小遣いをくれるなんて。ありがとうございますっ、望さんっ」
小銭を両手にしっかり包んでギュッと笑顔の中に抱く小さな天使。
まあ。今日くらいはいろいろ大目に見てやるか。
「そんじゃ、行くか」
「はい!」
ぴょこっと側にくっついて、手を繋いでくるハトエル。
「今日は望さんを本当のパパだと思いますねっ」
「……俺が父親ねえ」
この、天使で、ガキのくせに、色気付きやがって。
かわいいじゃねえかチクショウ。
「じゃあ、家族サービスに行くか」
「はい!」
草ボーボーの庭を二人で潜りぬけ、慎ましやかな民家の間を通っていく。
いたる家にお日様を型どった装飾品と、三つの三日月が描かれた絵が飾ってある。
「気合い入ってんじゃねえか」
「こういう雰囲気、なんか、こう、すごく、すごく良いですね!」
「言葉に表せないくらい感激してるようだな」
「そう、それが言いたかったんです! こんなワクワクするような雰囲気がいっぱいだなんて、人間界のお祭りは感激です!」
俺にとっても初めての異世界のお祭りだ。ワクワクしてくるぜ。
「でも、望さんはいやに冷静ですね?」
「祭り自体は俺の世界にもあったからな。そんなに目新しい訳ではない。見慣れない出し物は気になるがな」
屋台は食い物だけではなく、何やら民芸品らしきお土産もたくさん売ってる。まずは腹を満たしたいが、後であんな物を見回るのも良いかもしんない。
「ふーん。宝石っぽい石が売ってるな。けど、あんまし高くない。非貴石か?」
「あのピンクの石かわいいですっ! 欲しい!」
「その小遣いと相談な」
「あ、そうでした。むむ。わたあめか、石か。むむー」
真剣に考え込むハトエル。
「それに後でリンさんのお店でヤキソバを食べるし、ここは温存です」
「そうしとけ」
どこで何にどのくらい使うか。庶民の祭りはこういうのも醍醐味だ。
「あ、見てください、あのお店! 輪投げですって。景品は後ろに置いてあるお人形です」
「へえ」
似たような露店もあるもんだ。
おっ。
「いいなー。あのお人形欲しい~」
「……ああ、欲しい」
「え、望さんもですか? なんか意外」
「ああ、あのサラリとしたオレンジブラウン、柔らかな翡翠の瞳、しっかりめな健康的な肉付き、胸元を控えめに露出した民族衣装、おぼこい感じの拙さ」
「へえー、そんな人形が。どれどれ、えーっと……·あ、ありますねっ、等身大でしかも動いて喋る──って! あれは売り子のお姉さんです!」
「ママーっ、あのお人形欲しいっ! 買って買ってー!」
「人をモノ扱いしないの!」
「ママのエンジェルパワーなら人の子一人くらい催眠とかかけられるだろー!」
「いけません!」
駄々をこねたが、ハトエルに引きずられていき、俺の欲しい素朴な町娘は手に入らなかった。
「チッ。せっかくお前の兄弟をあの姉ちゃんと一緒に作ってやろうと思ったのに」
「相手にも選ぶ権利があります」
「知った口を利くなー!」
少々俺には効く言葉を言われたのでグリグリの刑に処してやった。
そうやって二人であれこれ見ながら騒がしく町を歩いていく。
流石に昨日よりも人通りが多くなり、いつもの大通りにいたっては、夕方の時間帯の都心駅くらいには混んでいた。
「なるほど、これじゃあ病弱なアイリの母ちゃんにはキツいだろうな」
「あっ、噂をすればアイリさんですよ!」
人の頭が波のようにうねる向こう側。待ち合わせのギルド前に目立つ赤い髪が見えた。
「おーいっ、アイリー」
「あっ、はーい」
人並みを縫い潜ってアイリの元へたどり着く。
「おはようございます、ノゾムさん、ハトエルちゃん」
「ふ、今日も煌めいてるぜアイリちゃん」
「あ、ありがとうございます?」
「パパ、初っぱなからスベってます。ツルル~ンッ! 残念っ!」
──グリグリグリ~──
「うままぁ~っ?! きょ、今日は一段と強烈です~!」
「そんじゃ、行くか。朝飯食ってねえから腹減っちまった」
「ええ、行きましょう」
おかしそうにクスクス笑うアイリと共に、はぐれないように雑踏へと入っていく。
「お母さんとは、今日は回らないのか?」
「はい。母とは三日目くらいにしようかと」
「そうか。なら、それまで俺が下見に付き合ってやろう」
「ええ、お願いしますね」
「もう、付き合ってもらってるのは私達なのに」
まずは腹ごなしだ。安く、そしてガツっとくるものがいい。
「おっ、この美味そうな匂いは?」
夜中の焼肉屋の前を通りかかった時と同じ匂いがする。
「あっ、パパあれです!」
ハトエルの指差す方には串焼き屋があった。
長い串に刺さった大ぶりの肉が網の上に置かれ、白い煙がジューッと躍り上がってる。
その煙は天の羽衣のように雅になびきながら、こちらへ漂ってきて鼻腔をくすぐる。
俺の足は見えない悪魔に手招きされるようにふらふらと歩きだした。
「な、なんて魅惑的な香りだー! 決めた! まずは串焼きだ!」
脂ぎったオヤジに50リルクを叩きつける。
「2本!」
「あいよ!」
そして、脂がポタポタと地面に滴るダブル肉セイバーを持つ。
「う、ううまそう! あんがーっ!」
我慢出来ずに食らいつく。火傷しそうな肉汁が口の中で唾液ノアの大洪水を奏でる。スパイスの刺激と、ソースの塩辛さは思わず真っ白な米を恋人のように想起させるほどだ。
「あぐっ、あぐっ、ムチャッ、グチャッ」
「パ、パパが肉食獣みたいに……」
「あ、あははは……」
あっという間に一本を平らげる。
「うめえ」
「パパ~、私にもちょっとお裾分けを~」
「おう、ほい」
──スッ──
「わ~いっ……って、棒の方ですか?!」
「あむ、くちゃっ、もぐ……責任もってお前がゴミ箱に捨ててこい」
「私一口も食べてないんですけど?!」
「何言ってんだ。一口分残してやったろ」
「これは食べかすと言うんです!」
せっかく俺が耳糞サイズの肉を残して渡してやったのにハトエルはプンプン丸になった。
「ふんっだ! い~よーだ! わたあめ分けてあげませんからね!」
プンスカ怒りながら、近くのゴミ箱に行くハトエル。
「もう、ノゾムさんったら。どうしてハトエルちゃんに優しく出来ないんですか?」
アイリが困ったように言う。
「可哀想ですよ?」
「あいつは俺に迷惑かけまくってるからいいんだ」
まだプンプン怒ったハトエルが戻ってくる。
「もうっ、意地悪!」
「今さらか? ほーれ、ハトポッポ~、俺の靴を舐めれば一口食わせてやるぞ~?」
ハトエルの前で串を振ってやる。せめて匂いで食べた気になりたまえ。
「ほれ、香りならいくらでも分けてやる」
「……あむっ!」
──パクっ──
「ああっ?!」
「あむ、あむ、もぐっ、ひょひひょーひゃまっ!」
「こ、このガキ~!」
一口で半分ほど盗み食いしたハトエルを追いかけ回す。
アイリは近くで楽しそうに笑っていた。




