82話──穏やかな異世界
パイも食い終わり、祭りの概要などをアイリに教えてもらいながら、三人でのんびりと町を練り歩く。
「あっ、わたあめ! パパっ、わたあめ屋さんです! これでもう四軒目です!」
「先に言っておくぞ。わたあめは何軒あっても一本までな」
「うぅ~。一軒につき一本買ってくださいよ~」
祭りは明日からだと言うが、フライングで売り出している店も多い。そこらへんは規則なども緩いようだ。
「ところでアイリ。さっき下見とか言ってたな? 屋台の位置とかそういうのを調べに来たのか?」
先程聞いた言葉を思い出して尋ねてみると、アイリは小さく頷いた。
「はい。実は、一日くらいはお母さんとも回ろうと思っていて。でも、お母さんはまだあまり本調子ではないので、無理せず回れるコースを今の内に見繕っておこうかなって」
「そうか。そういや、お母さんの病気治ったんだったな」
この子は病気を治すために冒険者になったんだったよな。
「しかし、そんな母娘水入らずのとこ、俺らと祭りなんか回っていいのか?」
「それは気にしないでください。多分、お母さんもそんなに歩き回れる程ではないので。ですから、他の日にノゾムさん達と楽しみたいなって」
「そうか」
「あの、ご迷惑でしたか?」
「いや、そんな事は全然ない」
アイリの母さんか。
こんな聖人お花畑ちゃんを産んだママだ。少し会ってみたいかもな。
「それにしても、こんな時にこんな祭り開いて大丈夫なのかねえ」
「どうしてですか?」
「だってよ、あの四天王とかいう連中はこの近辺に現れた訳じゃんか。ていう事はもしかしたら既に王都にも居るかもしんないだろ? 祭りのど真ん中で暴れられたらやべえぞ」
「それはたしかに……しかし、それを未然に防ぐために王女様も対策をとっているらしいですよ。だから敢行したとか」
「対策って、これか?」
そこらを巡回する兵士達。さっきから何度もすれ違っている。
「けど、相手が相手だもんなぁ。頼りになるかどうか……」
「はい。それに、もしイクリプスがこの中に現れたら……」
ゾッとしない話に、俺らは重いため息を吐いた。
「パパっ、アイリさん!」
そんな俺らの前に回り込んで、手をぎゅっと握ってくるハトエル。
「そんな暗い顔しちゃ駄目ですよ? せっかくのお祭りなんですっ。明るく楽しみましょう!」
「……うん、そうだね。心配し過ぎても良くないよね。何事もない事を信じなきゃ」
「そうですっ。神様はいつでも信じる人を救ってくれますから!」
「……。ねえ、ハトエルちゃん。私、ハトエルちゃんに聞きたい事があるの」
「何ですか?」
「ハトエルちゃんって、もしかして本物の天使様だったりする?」
「「えっ!?」」
思わずハトエルと声をハモらせちまった。
「なな、なななにをいいい、言ってるんですか、アイリさんっ! わ、わわ私は天使のようにかわいい普通の人の子ですようっ、あ、あははは!」
「そ、そうだぜアイリ! こんなアホでポンコツで、馬鹿でアンポンタンな俺の娘が天使なんて高貴な存在なわけないじゃんか!」
「ひ、ひどい言われよう! うぅ、それでいいけど~……」
焦って誤魔化す俺らにアイリは不思議そうな目を向けていたが、何を思ったのか柔らかく微笑んだ。
「そっか。ごめんね変な事言って。でも、ハトエルちゃんなら天使様だったとしても不思議じゃないなー」
「ア、アイリさんっ……」
ハトエルはというと、感激したのか目をウルウルとしていた。
「わ、私の事をそんなに認めてくれるなんてっ……天よ、この方に祝福を!」
「おいっ、そんな天使っぽい事言うな! アイリにバレっ……アイリに誤解されるだろうが!」
当のアイリはそれ以上は何も言わず、ただニコニコと笑っていた。
さらに歩き回り、町を散策する。
「へえ。あの大通りの裏側はこんな職人の工房が並んでたのか」
これまでは必要な道しか歩いて来なかったから、裏道や目的地に繋がってない道は見たことなかった。
オシャレなカフェらしき店や、薬屋、職人の工房にお風呂屋(普通のお風呂)や、占い館なんかもあったりする。
改めて見て回ると、文明力の差や独自のクセなどはありつつも、俺が元居た世界のものとあまり変わらないような店が多い。
中には『遊び屋』や『やられ屋』とかいう変わった名前の店もあり気になったが、中を少し覗いても何の店か分からない。
「へえ、ギルドの裏はこんな風になってたのか」
「凄いでしょう?」
ギルドの裏にある通りはまた変わっていた。なんと迷路になっているのだ。正しくは迷路みたいにあちこち入り組んだ階段や橋などが頭上をあっちへ行ったりはこっちへ行ったり。アスレチックみたいな感じだ。
ステージみたいになってる場所には沢山の人が集まって歌をうたったり、踊ったりしている。
「全然気づかなかったぜ」
「元々は冒険者達の訓練場だったそうです。昔は兵士と似たような職業だったらしく、ここで基礎能力を身につけてからクエストに挑んでいたらしいです」
転移してからは生きていくのに精一杯な日々だったから知りようもなかったが、自分が普段通る道の一本先は未知の景色になっていた。
「なんか、ロマンだな」
「何がですか?」
「いや。さ、もう少し回ろうぜ」
「はい」
祭りの準備をする者。その雰囲気に当てられて既に騒ぐ者。色んな人間が居るが、最もすれ違う職種は──
──ザッザッザッザッ、ガシャン、ガシャン──
常に警戒している兵士達だろう。
「あいつらも大変だよな。せっかくの祝い事の中ああやって気を張り詰めてなきゃいけねえんだからよ」
「そうですね。本当に王国を守っていてくれる兵士のみなさんには感謝です」
それが仕事と言えばそれまでだが、たしかに感謝の気持ちは忘れない方がいい。
「俺もお前には感謝してるぜアイリよ。なんたってお前は俺達親子の飢餓を何度も救ってくれた我らが護り手だからな」
「そうですね! アイリさんこそ私達の守護神って感じですっ」
「い、いえいえ。そんな感謝なんて」
それに──と頬をほころばせるアイリ。
「私も二人には感謝していますから」
「俺達に?」
「はい」
屈託の無い笑顔が頷いた。
「私が危ない目に遭ったり、無茶したりした時に助けに来てくれたり、クエストを手伝ってもらったり。こうやって一緒にお話してくれたり。二人のお陰でとっても楽しい時間を過ごせてますから」
「……なあ、俺マジでお前の将来が心配になってきたわ」
「え、何ですか?」
「そんなお人好し過ぎると悪い男に騙されるぞ。そうならないようにお兄さんが毎日側に居てあげよう」
「あ、あはは……わ、わ~い」
「アイリさん、無理して笑わなくてもいいんですよ? それに、パパはもうお兄さんって歳じゃ──あいたた!」
「このハトガキ~!」
「わ、わまま~! アイリさん助けて~!」
「ノゾムさん、頭グリグリはダメですよ」
何とも言えない、呑気な時間だ。
と、穏やかな時間に和んでいた時だ。
『貴様っ、怪しい奴め! 斬る!』
『ひ、ひいぃ~!? お、お助け~!』
「ん?」
なんか聞き覚えのある声と、哀れな悲鳴が聞こえてきた。
いや、つうか。悲鳴も何となく聞き覚えがあるような。
「何だ?」
「あちらで何か騒ぎがあるようですね。というか……あの声って……」
少し離れた場所から聞こえた声。しかし、アイリも何か引っ掛かったらしく、俺らは声のした方へ行ってみた。
すると──
「もう一度聞こうっ。君の名前と職業はっ!」
「は、はひいっ! わ、わわわっちちは、わっちでありやして、決してあややしいいっ者では?!」
「ぬう! 聞き慣れない言葉だ。さては……貴様が四天王最後の一人かぁーっ!!」
「な、なんでぇー?!」
「……」
「こ、これは……」
「セ、セイディ?! それに、リンさん?!」
往来の真ん中、今にも剣を抜きそうな通り魔女ことセイディと、小動物のように震え上がっているリンの二人が対峙していた。
お疲れ様です。次話に続きます。




