73話──別視点⑩〈震える山〉
山道を下りていく騒がしい三人の姿が見えなくなるまで、サラはじっと見送っていた。
「……ふぅ。行ったわね」
そして一人ほっと安堵のため息を吐くのであった。
「やっぱり、王家やギルドの方でも動きをキャッチしてるようね。もう少し実験を重ねたかったのだけれど……」
そう言いながら、懐から黒い水晶レイド・ストーンを取り出すサラこと、帝国軍四天王サフィラなのであった。
「……ともかく、もう一つの機能も早く試さなきゃ」
山道を歩いていくサフィラ。途中、整備された道を外れて獣道へと入っていった。
崖沿いをなぞったような細い道。深みへと誘う奥への道を一人黙々と歩く。
少しして、朽ちた小屋が現れた。
「あたしよ」
そう声をかけてから、サフィラはその小屋に入っていった。
「遅かったな」
「用は済んだか?」
「ええ、まあね。そっちは?」
中には同じく帝国軍四天王の二人、オニックスとジェイドが居た。あちこち穴だらけの屋根や壁。雑草が飛び出た床には水晶のような石が落ちている。
部屋の隅には新しい木箱が置かれ、蓋が床に投げ捨てられていた。
「魔力の補給は済んだ。しかし、アジトでゆっくり補給出来ねえのはめんどくせえな」
「我慢しなさいよ。あそこじゃ感知される可能性あるんだから」
サフィラが二人を順に見る。
「で、あんたらも用は済んだ?」
「うむ。問題ない」
オニックスとジェイドはそれぞれのレイド・ストーンを取り出してみせた。
「ここ三日間の作動も特に不具合は無い」
「俺のもだ。直ってるようだ」
「そう」
サフィラは自分の水晶に目を落とした。
「これであたしの水晶がイクリプスを呼び出せれば準備は完了って訳ね」
「そうなるな」
「そんじゃ次は本番か?」
ジェイドがニッと笑った。
「早いとこ王城をぶっ壊して、あのふざけた王女様をやっちまおうぜ」
「同意見だな。各方面の戦線が維持されてる内に元凶を絶つべきだ」
「ええ、そうね。その前にあたしの水晶を仕上げてからね」
サフィラがアミュレットを取り出す。
「こちらサフィラ。ガルネット、聞こえてる?」
『ああ、サフィラか。聞こえてる』
ガルネットの声が向こう側から返ってくる。
「二人のレイド・ストーンは問題なく直ってるそうよ」
『そうか。良かった……いや、本当に。よ、よかった……これでやっと始末書地獄も終わる……』
『ガ、ガルネット様。ハンカチをどうぞ……』
『す、すまんコリエ……』
「……ご苦労様。あんたらも苦労してるわね」
何とも形容しがたい苦味のある表情を浮かべてサフィラが言う。
「まあ、ともかく。後はあたしの水晶がイクリプスを出せれば実験は終わりよ」
『ああ。四方位実験は完了という訳だ』
単独でのモンスター軍勢のコントロールと、不死身のモンスター“イクリプス”を召喚出来るという二つの機能。それを小型の水晶で可能にしたレイド・ストーンは帝国の切り札である。
この水晶さえあれば、少数精鋭で王都に攻め入り、王女アルメを打倒するのも難しくはないと帝国は考え、王都電撃作戦を立案した。
しかし、ここで大きな問題が二つ浮上した。
まず、一つ目の問題は水晶の使用者だ。
モンスターのコントロール自体は多くの者にも問題なく扱える機能であったが、召喚魔獣であるイクリプスの生成には人並み外れた膨大な魔力が必要とされる。
これをクリア出来る人間は帝国内でも極僅かであり、少数精鋭にもなる四天王が選ばれた訳である。
もう一つの問題が、レイド・ストーンの性能だ。
水晶は帝国にとっても未知の技術が使用されて作成されており、その真価は未知数であった。
さらに、作戦目標の王城周辺には外からの魔法攻撃を防ぐための結界が施されており、この術式は水晶の一部機能に悪影響を及ぼす可能性があるため、果たして本当に王城への奇襲作戦で起動出来るかが分からなかった。
帝国の魔道士達の検証と推測により『王都から半径8ミューヌ(1ミューヌは998メートルほど)以内で起動すれば問題ない』という仮説が出たため、その範囲内での実地試験が必要とされた。
四天王による稼働テスト。それは彼らの力で使いこなせるかという確認と、作動範囲の確認の両方をこなす実験であった。
その結果、東西南北の地域で問題なく稼働する事が分かった。王城まで3ミューヌほどの砦でさえ作動に全く問題はなかったのである。
後はサフィラの水晶がイクリプスを召喚出来れば、三人の水晶が全ての機能を問題なく使用出来る事が確定する。
「さて、と。それじゃああたしの番ね」
サフィラはそう言いながら指輪を左手の人差し指に嵌めた。
指輪のダイヤがぼんやり光ると、サフィラの姿も淡い光に包まれた。
ほんの数秒して、その光が弾けて消える。
光の中から現れたサフィラの姿はそれまでのエルフではなくなっていた。
羊の巻き角のような角、腰から伸びる黒い鞭のような尻尾。そして背中からはコウモリのような羽を生やしていた。服装までもが変わっている。男性なら胸や足に目がいくような誘惑的な衣装だ。
「ほう、標準的なトワールの姿だな」
「へえ、そっちの方が少しはイカしてるぜサフィラ」
「変な事言わないでよ。もう」
サフィラは少し恥じらいながら水晶を軽く振った。
「それじゃあまずは元となるモンスターを探さないとね」
「そうくると思って既に用意してあるぞ」
オニックスが腰に手を回し、縄のような物を出した。
「何それ?」
「ロック・ナーガだ。既に死んでる」
床にスルリと横たわった蛇のようなモンスター。山や洞窟に生息し、その体表は岩のように硬い鱗に覆われる。
サフィラが顔をしかめる。
「そんな可愛くないのを操んなきゃいけないの?」
「文句を言うな」
「遊びじゃねえんだぞ」
「まあ、それはそうね。仕方ないわ」
水晶が取り出される。
「ここで召喚しちゃってもいいの?」
「ああ。この補給拠点は使い捨てだ。どうせこの後に痕跡を消してくからな」
「そう。なら……」
サフィラは水晶を掲げ、集中するためにゆっくりと目を閉じた。
「すぅー……ふっ……!」
全身に淡い魔力の光が波動となって現れる。
それらが揺らめきながら、水晶へと吸い込まれていく。
「くっ……けっこう、キツいわねこれ……」
その表情が歪み、冷や汗が額に滲み始めたあたりで、水晶が一際怪しく強い光を帯びた。
「よし、今だ」
「っ、出でよ我らが化身っ、イクリプス・オーブ!」
サフィラの叫びと共に水晶から黒い影とも光ともとれない何かが噴き出し、それが空中で集まって丸く纏まる。
すぐに黒い球体が完成して、宙を浮遊した。
「はぁ、はぁ、はぁ……これでいいのかしら」
「うむ。それであとはモンスターに憑依させるだけだ」
サフィラは指揮者のように指を振った。
「来なさいっ、イクリプス!」
漆黒のオーブは独りでに動きだし、床に落ちたナーガの死体を飲み込んだ。
ややして。
ヌーンタイド山のあちこちから鳥が狂ったように騒がしく鳴きながら飛び立っていった……。
お疲れ様です。次話に続きます。




