71話──山登り
ギルドの掲示板。
そこに、でかでかと何枚も張り出された同じクエスト要請書。
「なになに……『サマール街道、スプリングル山道のモンスター討伐。スタンピード扱い、以下討伐対象モンスター一覧』……」
お馴染みのビッグアント、アッシドスラッグ、スライムなどの雑魚三銃士から、バングリズ、それに他にも見慣れない名前のモンスター諸々。
「けっこう多いな」
「王家から出てる一律依頼ですから、日を跨いでゆっくり挑む事も出来ますよ」
「そいつは良いかもしんないが、生憎と俺らは金がねえからな。宿泊費が勿体ないし、日当じゃねえと厳しいぜ」
「パパ、世知辛い世の中ですね」
くそ、俺がこんな思いしながら生活しなきゃならんのも貧乏姫のせいだ。
「それもこれも、王女が悪いんだ」
「え、アルメ王女がどうかしましたか?」
「あの貧乏王女のせいで俺が生活苦に陥ってるって話だ」
「そんな、駄目ですよ? あれだけ国民に良くしてくれる方は居ませんよ?」
「なんだアイリ。お前は保守派か。なら俺は革命派だ。いつか王女を玉座から引きずり下ろして、俺が権力の甘い蜜をすすってやる」
「ノゾムさん……」
「アイリさん、気にしないでください。パパはその、少し個人的な都合で今の政権に腹を立ててるだけですので」
アイリも、俺という可哀想な魔法少女が裏でボランティアやってるとは知らんからな。くそ、好感度は王女様だけの物か。俺にも甘い蜜を啜らせろ。出来たら質量のある物で。
「なんかまたイライラしてきた。アイリ、とっととクエスト行くぞ」
「あ、はい。よろしくお願いしますね」
俺らは早速モンスターの討伐へと出掛けた。
「んで、どっちへ行くよ。主なクエストフィールドは二つみたいだが……」
「そうですね……山道は山を登りながらのクエストになりますし、足場の悪い中での戦闘になってしまいます。ですが、街道のクエストは他の冒険者も多く、モンスターを巡ってのトラブルも多くなりそうです」
「ほう。街道は競争相手が多いって事か」
「ええ。王家要請の一律クエストですし、この間までの私のようにお金が欲しい人も居るでしょうしね」
「アイリ、ずいぶん余裕そうじゃないか。まさかお前がブルジョワの仲間入りとはな。資本主義は青い時代をも殺すのう」
「え、えっと。すみません、たまにノゾムさんが何を言ってるのか分からない時があります」
「気にしないでくださいアイリさん。パパは考えなしに喋ってる事が多いので」
だが、商売敵が多いんじゃ困ったもんだ。
「よーし。それなら方針決定だ。俺らは山道に行くぞ」
「え? でも……平気ですか?」
「ちっとだけ難易度は上がるだろうが、他の奴らもそう考えてあんまり行ってないかもしんないからな」
「そうですか。分かりました。では、管理小屋で登山用のアイテムを整えましょう」
俺らは登山口の小屋に向かった。
中は山小屋的な造りとなっており、水筒や非常食、ブーツやグローブなどが売っていた。
「ノゾムさん、靴は平気ですか? それほど登るつもりでないにしろ、動きやすい靴の方が良いですよ」
「一応、俺の靴は冒険者用の物だから大丈夫だ」
アルメから貰った冒険者装備一式には靴もあった。あらゆる悪路や環境にもそれなりに対応出来る履き物らしい。
「あ、良い靴をお持ちですね。ベルモート工房製の靴ですか。気づきませんでした」
どうやらブランド物らしい。
「それなら登山も問題ないでしょう。では、十分な水を補給して行きましょうか」
「おう」
念のための非常食を選んでいく。
「パパっ、パパ! あの麦わら帽子かわいいです!」
「麦わら帽子を買うお金なんてウチにはない! 我慢しなさい!」
「え~んっ。じゃあ、こっちのサンドイッチが欲しいよう」
「我慢しなさい! ウチは貧乏なんだから、この携帯食料で10日間は持たせなさい!」
「お二人とも大変なんですね……」
馬鹿なやり取りをハトエルとしていたら、小屋の店主が同情してあめ玉をおまけしてくれた。
用意が整い、いざ山道へと出発。軽い階段を登り、なだらかな道を小さく上がっていく。
俺が先頭、ハトエルが真ん中。アイリが後ろだ。
「くそ、この歳で登山か。体力がついてくるかどうか」
「パパ、私、登山なんて初めてです! なんだかワクワクしますね!」
「そうか。なら登る前に教えておいてやろう。登山って言うのはな、汗水垂らして空腹になり、しかも一銭も貰えない苦行だ。こんなもん好むのはマゾか修行僧だけだ」
「えー、そんな事ないと思うけどなー。アイリさんはどう思います?」
ハトエルが尋ねると、アイリは楽しそうに笑った。
「人にもよると思うけど、私はけっこう好きかな。自然の中は気持ちいいし、一歩ずつ少しずつ登り道を進んでいると、頑張ってる感じがして」
「頑張ってる感じ?」
「えっとね。上手くは言えないけど、『ああ、この一歩は無駄なんかじゃなくて確実に頂上を目指してるんだなあ』って。だから、ちょっと大変だけど頑張ろうって。そういう頑張るっていう気持ちを綺麗な自然の中で感じられるから好きかな」
「なんだか素敵な考えですね」
「ありがとう。それに……」
「それに?」
「頂上から見る景色は達成感があって気持ちいいし、そこで食べるご飯は最高に美味しいよ」
「わあっ、楽しみになってきました! パパっ、もっとハキハキ登りましょう!」
「おいおい、俺らの目的はモンスター討伐であって登山じゃねえんだぞ」
出来りゃあんまり登らずに、この麓付近で狩りしたい。
「でも、山頂で食べるご飯は格別だそうですよ?」
「そういうアウトドア補正は要らねえんだよ。それに、俺らの持ってる携帯食料はあくまで非常食。昼飯なんていう贅沢な物は持ってない」
「う、確かにそうでしたね。これはパパに一理あります。残念です……」
「ハトエルちゃん、今度また三人で来ようよ。その時は私がお弁当持ってくから」
「ほんとですか?! わーいっ、わーいっ!」
天使のくせに人間のガキみたいに喜ぶハトエル。そんなハトエルを慈悲深い目で微笑んで見守るアイリ。
まるで親子みたいだな。すると、俺は父親か。まるで家族になった気分だ。
ぐふふ。こんな可愛い若妻なら毎晩大変で寝る暇も無いだろうがな。
「ぐふ、ぐふふ……」
「ノゾムさん? どうかしましたか?」
「ん~? あっ、パパったらまた気味の悪い顔してる。きっと邪な事を考えてるんでしょう」
「聖なる愛の営みを想像する事の何が邪か」
まったく。アイリちゃんには困ったもんだぜ。まだ出会って日も浅いおじさんの家に来たり、一緒に登山したり。遭難したら山小屋で温めあうルート確定だぞ、まったく。卑しいったらありゃしない。
『あんたって、その気色悪いニヤニヤ顔が一番似合ってるわね』
と、俺の妄想への冷や水な暴言が唐突にかけられた。
「なんだとハトエル! 今の暴言は許せんっ、またグリグリタイムだ!」
「うわわっ?! ま、待ってください! 今のは私じゃないです!」
「なに?」
そういや、ハトエルの声ではなかったし、少し離れた所からしたような。
「まったく。誰かと思えばあんた達? つくづく奇妙な縁があるみたいね」
「?」
声の元を探して辺りを見回していると──
──シュタッ──
「うっお?!」
木の上から影が舞い降りてきた。
「ア、アイリっ、エンカウントだ! 奇襲を受けた! すぐに迎撃用意!」
「ちょっと! あたしよ、あたし」
「気をつけろ! 喋れるって事はそこそこ知能も高い──ん?」
剣を抜き払って構えたあたりで、降ってきた相手の姿がハッキリと分かった。
「はぁ。あんたさぁ、大人のくせに後ろの二人より取り乱してない?」
「お前は……」
そこに居たのは例のツンデレエルフこと、サラであった。
お疲れ様です。次話に続きます。




