5話──その名はホープ
「うおおおおおおおおおおおおおおっ?!」
虹色の光の洪水に体が飲み込まれ、重力から解放された浮遊感で流されていく。
上下左右すら分からなくなるような不思議な感覚だ。何がどうなってんだ。
「望さん! しっかり!」
すぐ横からハトエルの声がした。まだ俺の腕にしがみついていた。
「お、おいっ、どうなってんだこれは?! てゆうか、ここどこだ!?」
「お、おち、おおち、落ち着いてっ、つてててっ、たちつてとっ……!」
「お前が落ち着け!」
「だって、どっちが上で、どっちが下か分かんないんですよ?! うぅ~、気持ち悪い~!」
お前もかい。
「とりあえず、今は状況を教えてくれ! ここはどこだ?!」
「は、はいっ! ここはリンク・クリスタルによって生み出された超越空間です!」
「超越空間?」
「簡単に言えば、魔法少女が変身するために一時的に展開される聖域です!」
よくわかんねえ。だが、多分──
「あれだな?! 魔法少女がすっ裸になって光り輝いてキラキラとドレスアップしていく、あの謎のサービスショットスタジオだな?!」
「そんな俗な物じゃないですっ! と、とにかく、今の内に変身しますよ!」
「お、おう。どうやって? 自動でやってくれるんじゃないのか?」
「ほぼ自動ですが、変身のポーズをとらないと進みません!」
「くそっ、面倒なパターン認証だな!」
そんな事してる間にドラゴンにやられないか? あれ? そういや見当たらないぞ。
「なあ、ドラゴンはどこだ?」
「あ、すぐ目の前に居ます」
「居るのかいっ!」
「はい。見えないかもしれないんで私が説明しますね。全身の体重を乗せた猛進によって私達をペッちゃんこり~んっと押し潰そうと加速して向かってきています」
「くそヤベえじゃねえか!?」
「あ、大丈夫です」
「何がだよ!?」
「超越空間は時間の流れが通常の10000分の1になるので。ここでの1万秒が元の空間での1秒になるので、ドラゴンの攻撃は2万秒くらいしなければ届きません」
そりゃ安心だ。もうなんだっていい、チクショウが。
「もう訳わかんねえ。ともかく、安心して変身して良いんだな?」
「はいっ! ささ、キラッ☆と変身してください!」
やっぱ止めりゃよかった。
「で、どうすりゃいいんだ?」
「両手を大きく広げてくださいっ。足も肩幅より気持ち広めで!」
ハトエルが離れる。その場にフワフワと浮きながら変身ポーズを指導してくる。
「大空にダイブする感じで! こう、バッと!」
「ちっ、こうか?」
言われた通りにやってみる。
すると、どこからともなく光のリボンのような物が現れ、俺の全身に絡みだした。
ああ、あれか。このリボンがシュルルっと体に纏わりついて一瞬でピイッンとドレスに変わって着替えるやつ──
──バキッ、ボキッ、ベキッ、メキッ──
「ぐげえええええっ?! ごぎょおおおお!?」
え、あの。めちゃくそ痛いんだけど。
なんか締め付け強すぎませんこと?
ていうか、腕とか足とかあらぬ方向に曲がってるような?
──ミシシシシッ……──
「がああああっ?! ギブッ! ギブッ!! ま、待てっ!? 身体が折り畳み傘みたいに?!」
リボンの締め付けが殺人的になる。あ、内臓潰れたなこりゃ。
「ほんげええええっ?! ひでぶううぅ!?」
これアレじゃん。伝説の暗殺拳で人体のツボ突かれて爆散するやつ。
「が、頑張って望さん!」
「ハ、バドエ゛ル゛!! じ、じぬっ!!」
「身体が魔法少女フォームに最適化されているだけですっ、苦しいけど頑張って!」
最適化ってなんだよ! こっちはクソ痛えんだよ!
だが、苦痛はやがて消えて、身体がフッと軽くなる感覚がした。
なんか視界のあちこちで光のシャボン玉がピンピンと元気よく弾けている。どうやら変身が進んでるようだ。肌に纏う生地の感触がサラサラの心地よいものになっている。
全身に違和感こそあるものの、死んじゃいない。
「た、助かった……」
あれ?
今声が……? なんか妙に高かったような?
腰回りがフワフワする。あーあ、スカートの裾が見えた。げんなりしてきた。
「さあ! まずは手をパチンっと叩いてください!」
「チクショウ、こうか?」
──パチンっ──
あーあ、キラキラなネイルが見えたぞ。だがおかしいな。一瞬見えた俺の手、なんかいやにちっこかったような?
手首ら辺になんか光が弾けた。
「足も同じように! 打ち鳴らす感じで!」
──パンッ──
「そしたら、目を軽く瞑って35度ほど上に顔を傾けてください!」
「んだ、そりゃ」
早く終わらせてえ。
言われた通りにやる。
──シュイイイイイィン……──
おおっ、なんか髪の毛がすんごいのびてるのが分かる。なんか、こう、毛根からズワアアッといってる感が半端ない。
頭のとこでパチンっと何かが軽く弾ける感覚。
「最後は最初の時と同じようなポーズをとって、胸を張ってください!」
「こうかぁ?!」
──キラーンッ──
胸元で一際大きな光が弾けた。
「はいっ! お疲れ様です! バッチリ変身出来ましたよ!」
「マジかよ……」
ああ、ついにやっちまった。
背に腹は変えられないとは言え、アラサーニートのナイスガイな俺が魔法少女コスプレか。間違いなく人生最悪の黒歴史確定だ。
「すっごい! すごく可愛いですよっ、望さん!」
この空気読めねえクソガキはいつか絶対腹パンして分からせてやる。
「可愛い訳あるかよ……」
「訳ありますって! ほらっ」
どこからともなく鏡を出すハトエル。
くそ。何が悲しくて魔法少女コスプレしたアラサーオッサンの姿を見なきゃいけねえんだよ。しかも、それが自分だって言うんだから泣けてくるぜ。
「くそ……自分自身でも吐く自信がある──」
仕方ないので鏡を見てみる。出来上がりがいかに酷いかを確認するために。
だが──
「ん?」
んん?
「んんんんん?!」
あ、あれ?!
俺がいねえ。
鏡の中に、俺の姿は無い。
代わりに、見知らぬ少女がびっくり仰天してる姿が写し出されていた。
「んんんんんんんんんんっ?!」
そう、その少女はまさしく魔法少女だ。
年の頃は10代半ばくらいか。
ふんわり長ピンク髪をリボンできゅっと結んだツインテール。天使の片翼のような羽の飾りが光る。
パッチリおめめとバッチリ睫毛。ほんのり色香のナチュラルメイク。
色白で、ふっくらとして滑らかな頬と輪郭。ちょこっと開いた桜色の唇。
次は全身だ。
ピンク色基調のドレス。上はノースリーブのブラウス的な感じで、下のスカートはフリルとハートの装飾が可愛いらしいキュートなデザイン。
手首にはシュシュというか、付けカフスみたいな装飾。
ブーツにもリボンが揺れている。もう、頭から爪先まで『ハートっ、ピンクっ、女の子っ』みたいな思想に統一された姿。
うーん。見知らぬ少女だが可愛いじゃないか。まさに魔法少女って感じだな。
ちょーっと不思議なのは、胸元の一際大きなリボンの真ん中に輝くハート型の宝石がすごーく見覚えがあるという事か。俺がさっきまで持ってたリンク・クリスタルなる物とそっくりだ。
「ね? 可愛いでしょう? やったね望さん!」
「ちくしょう! やっぱりこれが俺かよ?! げっ?! 声まで変わってやがる?!」
「はいっ! 今の望さんは完全に魔法少女になってるんですよ! 声帯も完全に魔法少女仕様に変わってるから声も女の子です!」
「マジかよ?! えっ、魔法少女に変身って、服が変わるとかコスプレ的なアレじゃなくて身体ごと魔法少女になっちゃうって事なのか?!」
「当たり前じゃないですかっ! え? もしかして元の姿のままスカートとか履きたかったですか?」
「い、いや、んな事はねえけどよ──」
スカートなんて生まれて初めて履く。スースーしやがる。
それにしても、なんだこの違和感。
なんというか、風通しが良すぎるって言うかー、何か無くなってる気が──
「……?!! ちょ、ちょちょっ、ちょっと待て!?」
俺は大事なマイ・サンが居るべき部分に手を当ててみた。
「………………無い」
「え? 何がですか?」
「無いっ!! 無いぞ!?」
「だ、だから、何が無いんですか?」
「だから、ナニが無えんだよ!!」
無い。
「お、俺のっ、俺の大事なムスコが?!」
「あ、そういう事ですか。そりゃあ、魔法少女にそんな物付いてる訳ないじゃないですか」
「か、返してっ! 俺の大事なムスコを返して?! うおおんっ! こ、こんな去勢手術を受けるなんて聞いてねえぞ~!!」
「お、落ち着いてください! 大丈夫です! 変身解除したら元の体に戻りますから! だから泣かないでください!」
「ほ、ほんとか? よ、良かった……ムスコよ、またすぐに生えるからな……」
「か、感動場面?」
ちくしょう。マジ焦った。そんな大事な事は先に言いやがれこのガキ天使が。
「と、ともかく! これでバッチリ変身出来ました! さあ、最後は名乗りです!」
「名乗り?」
「超越空間の解除コードです。つまり、この変身モードを終わらせる詠唱です」
「ああ、あれか」
通り名とか名前を名乗るやつか、武士みたいに。
「んで、なんて言えばいいんだ?」
「はい。えーっと、確認しますね」
手帳を取り出して目を通すハトエル。
「読みますね。『みんなを照らす、心の光っ。“ティアラ・ホープ”!』です」
「くっそ恥ずかしい……」
なんかコテコテだし、みんなの光だあ?
「却下だ、んなもん」
「なんで?!」
「だせえし、俺のキャラに合わん」
「そういう問題じゃないでしょ!? 言わないとここから出られないんですよ!?」
「マジかよ……」
なんで俺がこんな目に。
「望さんっ、早く~! ここの時間だって無限じゃないんですから~!」
「はぁ~……言えばいいんだろ、言えば!」
もうどうにでもなれ。
「あ、ポーズもお忘れなく。こう、両手で愛を包むようにして、キュンキュンな感じでパーッと両手を広げて」
「クソがぁ……」
言われた通りの胸キュンキュンポーズ的な物をやる。
「みんなをてらす心のひかりティアラホープ」
「棒読みっ?! まあ、大丈夫ですけど……」
棒読みでも大丈夫らしい。
周囲の光が一層輝きを強め、世界が開かれていく……。
お疲れ様です。次話に続きます。




