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65話──別視点⑨〈隠れ家にて〉

 





 ──王都のとある小さな倉庫の中──




「ぐっ……いてててっ!? おいっ、もう少し丁寧にやれよ!」

「はあ? 文句言わないでよね。これでも十分優しくしてあげてるんだから」



 薄暗く、少しカビ臭い内部に二人の声が響き渡る。


「いてて……なあ、こっちもヒールで治してくれ。まだビリビリしやがる」

「簡単に言わないでよ。治癒魔法には適性があるの。あたしはあんまし得意じゃないから、軽い傷しか治せないわ」

「んだよ、使えねえな……いってえええ?!」

「ごめんなさ~い。あたし使えない女だから~、手が滑っちゃったの~」


 ジェイドの膝に巻いた包帯をギリギリと締め上げるように縛るサフィラ。


「がああ~っ! わ、わかった! 俺が悪かった! ギブギブ! ギブっ~!」

「まったく。本当にこのバカは……」


 必要な処置を施し終えたサフィラが、医療箱に道具をしまっていく。


「あたしが一緒で良かったわね。じゃなきゃアンタは今頃王国で牢に繋がれてるか、拷問されてたわよ」

「むぐっ……」


 言い返せずに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるジェイド。その食い縛った歯の間から怒りの息が漏れる。


「ちくしょう……ティアラ・ホープ~……!」






 王国軍の西フロントーチ砦への強襲と、レイド・ストーンの第二機能“侵蝕化イクリプス”の起動実験を行ったジェイドとサフィラ。


 王国の軍事拠点の壊滅と、水晶の運用テストを同時に行う作戦であった。

 その結果は半分成功し、半分は失敗した。


 ジェイドの水晶はイクリプスを問題なく召喚し、サフィラの水晶もモンスターを操作出来た。二人の水晶はどちらも求められた効果を発揮したのだ。


 帝国の切り札たるレイド・ストーンの性能テストという点においては何の問題もなく成功した作戦であったが、残る目的である『軍事拠点の壊滅』は失敗に終わった。


 その原因は明白だ。突如現れた魔法少女、ティアラ・ホープによる妨害だ。


 サフィラの操るモンスター軍団だけでは、砦の守りを崩すのは難しかったため、イクリプスと同時に攻撃して落とす作戦であった。

 狙い通り、イクリプスは強固な防壁を破壊して内部への侵入を果たし、一気に内側を殲滅するはずであった。


 しかし、そこに魔法少女が出現したのだ。


 ジェイドが魔法少女と交戦を開始してからややして、モンスターを操るために森の中で別行動していたサフィラの元に突然ガルネットから通信が入った。


『ジェイドがやられそうだ。すぐに助けに行ってくれ』


 通信を受けたサフィラはモンスターの制御どころではなくなり、移動を余儀なくされた。



 姿を隠しながら砦に駆けつけたサフィラが目にしたのは、既に戦闘不能になって今にも兵士達に捕縛されそうなジェイドの姿であった。


 機転を効かしたサフィラは魔法攻撃によって敵兵を怯ませ、その隙にジェイドを連れて逃走したのであった。





「く、くそ……ティアラ・ホープめ、いつかこの借りは必ず返してやる……」

「はいはい、その時のためにしっかり休みなさいよね」


 簡易ベッドの上で苦痛に呻くジェイドに苦笑しながらサフィラは医療箱を所定の位置に戻し、代わりにパンや干し肉、果物などの食料とぼんやりと蛍光色に光る石を持って戻った。


「まだ生活出来るようになってないから、これで我慢しなさいよ」

「おう、それで十分だ」


 サイドテーブルの上に置かれたランプに照らされた食料。それを手掴みで口へ運んでいくジェイド。


「これ食って魔分を吸収すりゃ、一日で治る」

「タフねえ」


 そうやって戦いの疲れを癒してる二人に、鈴のような音が聞こえた。


『ジェイド、サフィラ、無事か?』


 その音は通信用アミュレットの呼び出し音であり、すぐにガルネットの声が発せられた。


『二人とも、安全な場所へ逃げられたか?』

「ええ、なんとかね。念のために設置しておいたポータルにすぐアクセスしたから完全に撒けたはずよ」

『流石に用意が良いな。よくやった』

「別に……」

「ちっ。おい、ガルネット」


 ハムを食いちぎりながら、アミュレットへジェイドがへの字を向ける。


「イクリプスとかいうやつ、全然使えねえじゃねえかよ。まあ、元から当てにはしてなかったけどよ、あっさりやられちまったぞ」

『なに? またやられただと?』


 通信の向こうから驚く声が返ってくる。


『つまり、お前が劣勢になる前に既にイクリプスは倒されていたのか?』

「そうだよ。お前どこ行ってたんだよ、報告しようと連絡したのに出なかったぞ」

『う……いや、実は少しクイーン・ディアマンテに呼ばれててな……。今月の予算とか、戦況報告とか諸々をお聞きしたいと言われて……』


 声音から苦労が滲み出ていた。


『軍事費についてかなりご立腹だったが、輸送ルートの改革によって大幅にコスト削減したのが幸いして一応許していただけた。その説明に時間がかかってな……』

「あんたも大変ねえ」

『ああ、それは仕方な…………待て。ジェイド』

「あん? んだよ」

『お前は魔法少女と交戦したのだな? そして、イクリプスが倒された、と……』

「そう言ったろ。それがなんだよ」


 アミュレットからサーッという青ざめる音が聞こえてきそうなほどにガルネットの声が震えた。


『ま、まさか、まさかだとは思うが……こ、壊してない、よな?』

「何をだよ」

『レ、レイド・ストーン……』

「あー……」


 ジェイドはつまらそうにリンゴを二、三咀嚼してから答えた。


「そういや割れたな」

『……な、な、なな、な…………』

「あん?」


 リンゴを噛るジェイド。そっと耳を塞ぐサフィラ。


『なんだとおおおおーー!??』

「うおおっ?! う、うるせっ……い、いててて、き、傷に響くっ……」

『ま、また壊したのか?! また壊してしまったのかぁ?!』


 もはやヒステリックになったガルネットの声が伝わる。


『な、なぜなんだあぁ?! や、やっとの思いで! コリエにも頑張ってもらって何とかオニックスの水晶の修理が予算ギリギリで済んだばかりなのに、また壊しただと~?!』

「お、おいおい、んな慌てる事でもねえだろ? また直せばいいじゃねえか。それかもう使わなくていいんじゃねえか?」

『これしか王城を落とす作戦は無いんだ~! だから修理は絶対必要だ! だがっ、そんな事を女王に伝えたら……ま、また、とんでもない仕事を押し付けられるっ……また、俺のき、休暇が……』

「ま、まあよ、そんな悲観すんなよ。あ、そうだ、そういや水晶はそのまま置いてきちまったから修理の必要ねえぞ。やったな!」

 〈ガターンッ〉

『わ、わわ~!? ガルネット様~、しっかりして下さいっ! あ、き、気を失って?!』 


 通信機越しに伝わる惨劇にサフィラが頭を振る。


「はぁ……ちょっと、アンタは黙ってなさい」

「お、おう……」


 代わりにサフィラがアミュレットへ呼び掛ける。


「コリエ? そこに居るのね?」

『あ、は、はいサフィラ様』


 可愛らしい声が返ってくる。


「水晶ならあたしが回収しといたから心配はいらないわ。ガルネットが目覚めたらそう言ってちょうだい」

『わ、わかりました』

「とりあえず、明日になったら壊れた水晶を届けにあたしがそっちに行くわ。オニックスの奴はどうなったの?」

『オニックス様は先ほど出発されました。おそらく、もう拠点への転移は済んでる頃だと思います』

「そう。ありがとね教えてくれて。じゃ、悪いけどガルネットの面倒は任せるわね」

『は、はいっ。サフィラ様も、ジェイド様もどうかお気をつけて』

「ええ、任せなさい」

「おう、じゃあなチビ助」


 そこで通信が終わり、サフィラが呆れたように鼻を鳴らした。


「ちょっと、ガルネットの血圧上げるような事言っちゃダメじゃない」

「んな事言われてもよ……」

「ま、いいわ。オニックスも来てるみたいだし、何とかなるでしょ」


 そう言いながら、サフィラは割れたレイド・ストーンをジェイドの枕元に置いた。


「ほら、アンタのなんだから大切に持ってなさいよ」

「これ要らねえよ。イクリプス弱えぜ?」

「……本当にそう思う?」


 サフィラが静かに言う。


「砦の城壁を簡単に破壊出来るモンスターが弱いなんて。そう思う?」

「いや、そりゃまあ……けどよ、あのティアラ・ホープには全然よ」

「……」


 サフィラは虚空を睨むようにして見上げた。


 ──魔法少女……想像以上に厄介な相手ね──



 少女の中に重い不安がのしかかるのであった。





お疲れ様です。次話に続きます。

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