61話──魔法少女も楽じゃない
──バキバキバキッ、ベキッ──
──ドサッ──
「ウオエエエエッ!」
床に吸われていく俺の胃袋シェイクもんじゃ焼き。鼻腔をくすぐるは、嗚呼、酸っぱい胃酸の香り。
「うっぷ……ふぅ、ふぅふぅー。うっし、やるかぁ」
自分でもどうかしてると思うのだが、俺はまた自ら魔法少女ティアラ・ホープへと変身した。スカートがふんわりと揺れる。
「たく……なんで俺が行く先々に四天王とか訳分かんねえ連中が現れんだよ。嫌がらせか?」
小屋のドアをそっと開き、回りに誰も居ないのを確認してから外へ出る。
「うっし!」
軽く地面を蹴る。それだけで数十メートルを悠に飛ぶ。
砦の見張り台と同じくらいの高さから見た光景は、押し寄せるモンスターの軍団と、中庭で存在感を放つイクリプスの姿などの大局を全て映していた。
「……ともかく、まずはセイディを助けねえとな」
あいつには俺への無礼打ちによる損害賠償を払って貰わにゃならんからな。ここで見捨てる訳にはいかん。
イクリプスの巨大な腕が砂煙を巻き上げている。まだ戦っているはずだ。
「!」
見えた。巻き上がる砂の向こうに閃く剣の線。しかし、力なく揺れる一筋の線。
地面に跪く騎士の小さな姿が見えた。
『ゴウオオオオッ』
勝鬨のように響きわたるイクリプスの咆哮。今にもその巨大な一撃で止めを刺そうと猛々しく立ち上がっている。
「させるかあああっ!」
空中で身を捻って風をしなやかに打つ。そんなイメージで体を動かすと、思ったように加速してイクリプスへと猛進した。
「でやあああ!」
地面の上のセイディがこちらを見上げる。イクリプスの目もこちらを映す。ジェイドの顔も俺に向いていた。
大きく振りかぶった蹴りをイクリプスの眉間に叩き込む。
──べッキィッッ──
『グルオオオオッ』
巨大な木がへし折れるような音と共に、怪獣熊が後ろへ仰け反って倒れる。
地響きと砂が交差する戦場。そこに座り込むセイディを守る形でスタッと着地する。
「なっ!?」
「き、君は?」
俺の姿を認めたジェイドと、セイディが同じように驚きの声を上げた。
「な、誰だテメエ?」
「君は、いったい……」
「話は後! セイディ、立てる?」
振り向くと、全身ボロボロで泥にまみれたセイディの姿が克明に分かった。
「大丈夫か?! 怪我してるのかっ?」
「え、あ、ああ。いや、私は平気だが……君は一体……今、あの怪物が吹っ飛んだのは君が……?」
混乱しているようだが、今の状況で一々説明してる暇はない。
「とにかく、ここは危険だから早く避難してっ!」
「し、しかし……」
「…………まさか、お前がひょっとして例の“魔法少女”か?」
距離を置いてこちらを様子見てたジェイドが見事に俺の正体を当ててきた。
「そのふざけた格好、どう見ても戦士には見えんガキの容姿。魔法少女だな?」
「……そうだけど」
「ハッ! マジかよ?! マジでこれが魔法少女?!」
ジェイドが腹を抱えて笑い立てる。
「オイオイっ! オニックスの奴はこんなガキに負けたってのかよ?! 冗談だろ? 確かに言い伝えじゃあ、やれ可憐だの品行方正だの訳分かんねえごたくが並んでたけどよ、本当にこんなんが伝説の戦士ってか? どう考えたってそんな格好おかしいだろっ、仮装舞踏会かよっ、幼児趣味のお嬢様のドレスかよ! なんだよリボンって! ぜってえふざけてんじゃねえか! 場違いなお子ちゃまだろ!」
「……」
やべえ。
全くもって同意見過ぎて何も反論出来ねえ。
横でセイディが驚きの表情を浮かべている。
「ま、まさか……君があの伝説の? アイリが言っていた、モーニング市場で四天王を退いたという?」
「え、あー、うん。まあ……」
くそ、なんか途端に恥ずかしくなってきた。さっさと終わらせて帰りてえ。
とりま、このセイディちゃんを早くここからログアウトさせねえと。
「と、ともかく! ここは危ないから早く逃げてセイディ!」
「だ、だが、私は騎士として……」
「ハハッ! まあいいぜ。お前みてえのがそんな実力者かどうかはコイツで試せば分かる事だしな!」
こちらの都合なんてお構い無しに、ジェイドの奴がイクリプスを再起動させる。
『ゴゴゴ……』
「どうやら不意打ちだけは上手いみてえだが、果たして正面からこいつとやりあえるか?」
ムクリと起き上がり、黒い影を俺らの頭上に落としてそびえ立つイクリプス。
その生気の無い瞳がギラリと力を瞬かせた。
『ゴウオオオッ!』
まだ救助も終わってねえのに早くも臨戦態勢に入る怪獣熊。
「ああっ! もう! 仕方ねえ!」
「え? わっ?!」
呆然としているセイディを掬い上げるように抱いて地面を蹴る。
唸りを上げたイクリプスの一撃が、今の今まで俺らが居た場所をいとも簡単に抉り、吹き飛ばした。
「セイディっ、掴まってて!」
「こ、こんな格好で抱っこされるなんてっ! ううっ、もう嫁には行けないっ……」
「こんなんで?!」
「許してくれ私の愛剣ライトレイよ……君と歩むはずのバージンロード……」
「いやっ、結婚相手剣かいっ!」
このアホ女騎士、余計なツッコミさせるな。
重い防具を着てる人間一人抱えての跳躍に関わらず、俺の一足飛びでイクリプスとの距離は十分にとれた。
大砲みたいのが準備されてる地点へ降り立つと、周囲の兵士達がどよめいた。
「なっ、空から女の子が降りてきた?!」
「あ! 騎士団長も一緒だぞ!」
混乱する兵士達の一人にとりあえずセイディを押し付ける。
「この子の怪我を手当てして!」
「あっ、待ちなさい! 君は一体?!」
「えっ、あー、私は通りすがりの魔法少女っ!」
「「「えっ?! 魔法少女?!」」」
馴染みつつある決め台詞を早口で告げると、兵士達は声を揃えて驚愕した。
「じゃ、後はよろしく!」
未だに大勢の視線には慣れないので、また飛び上がってそこから緊急離脱し、イクリプスの元へと戻る。忙しいったらありゃしない。
『ゴウオオオッ』
「んだよ、逃げたかと思ったぜ」
そんな事を言いながら不適に笑って待ち構えていたジェイド。どうやら俺が戻ると踏んでいたらしい。イクリプスもそのまま待機している。
「さて。んじゃあこれで用意はいいな? とっととおっぱじめようぜ?」
「……話し合いで解決は?」
「寝言ほざくな」
『ゴウアアッ』
ジェイドが飛び退くと同時にイクリプスが襲いかかってくる。
「っ! やるしかないか!」
『グルオオッ』
熊の手そのままの攻撃。もっとも、それは形のみであり、サイズは軽自動車くらいあるし左右合わせて四本もあるから大変だ。
「しゃあっ!」
頭上に降ってきた手をアッパーで迎撃する。
──ズドオッ──
『グルオッ』
俺の拳が熊の掌をぶち抜いて青空が顔を覗かせる。
ジェイドから驚愕の声が上がる。
「なっ!? 嘘だろ!? イクリプスの身体はドラゴンよりも頑強じゃなかったのかよ!?」
『ガアアッ』
──ブウゥンッ──
今度はまた別の手が横から唸りを上げて迫るのを、手刀で迎え撃つ。
──バシイッッ──
『ゴアアアッ』
迫ってきていた熊の手は、手首からグニャリと折れて捻れた。
『ゴオオオオッ』
「おいっ! 何やってんだ!? あんなガキの攻撃くらい耐えろ!」
ジェイドが騒ぎ始める。その声に呼び覚まされるようにイクリプスが体勢を整えて反撃を繰り出してくる。
「らあっ!」
次に迫ってきた腕を躱し様に蹴り砕き、懐に飛び込む。
こいつの弱点はコアだ。だからコアをまた壊せば勝てる。
だが、コアは熊の胸の位置。ここからでは攻撃が届かないし、飛び上がっても一発か二発くらいしか攻撃出来ん。
あのコアは何発も攻撃をぶちこまないと壊せない。
ならば、まずは──
「でやあっ!」
ぶっ太くて毛むくじゃらの足へ蹴りを叩き込む。ミシミシと木が軋むような音と共にイクリプスが吠える。
「らあーっ!」
さらにデンプシーロールばりのウエイトシフトの連続パンチを繰り出す。左右から腰の捻りを加えた突きをぶち当てた事によって、骨が粉々になったのだろう。イクリプスの巨体がグラリと揺らいで、前のめりに倒れてきた。
「チャンスッ!」
倒れ様、残った最後の腕を振りかざしてくる熊怪獣。
その剛撃をカウンターブローで叩き潰してから、跳躍して膝蹴りを額にお見舞いする。
──メキイィッ──
『ゴオオオッ』
こちらに倒れてきた巨体がガクンっと反対方向へ仰け反る。そして、小規模な地震を起こしながら仰向けに倒れた。
「はっ!!」
ここだ。
大の字になったイクリプスの胸の上へと飛び乗り、コアに飛びつく。
「おららららららら!!」
──ズドドドドドドドドッ──
『ゴアアアアアオオオッ』
息を継ぐ間もないラッシュ。
──ピシッ、ピシッ、ビッ……──
「おっ、りゃあっ!!」
──バッキィッ……バリンッッ──
ひび割れたコアに最後の一撃を叩き込むと、キラキラ輝く黒い水晶が砕け散った。
お疲れ様です。次話に続きます。




