60話──正義なんざ分からんが
──ズドオオオンッ──
「はああああああっ!」
『ゴウアアアッ』
暴れ狂う巨大な熊の怪物。そして、その懐で閃く美しい剣の光。
イクリプスとセイディによる死闘は、周囲の者を挟む余地も与えないほどに凄まじかった。
「くっ……! 近づけねえ……!」
「せいやあっ!」
──ズバンッ──
『グルオオッ』
イクリプスを怯ませる程の研ぎ澄まされた剣閃。空を震わす怪物の咆哮。
地響きを立てながら巨体がよろめき、その間を素早い閃きが駆け抜ける。
「はあああっ!」
まるで、若き鷹が翼を翻しているかのように、セイディの動きは洗練されて美しかった。
「すげえ……」
とても十代半ばの少女の強さとは思えない。青年騎士団の団長という肩書きは伊達ではない。
が……。
「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ……」
傍目からでも分かるくらいに息が上がってる。
「お、おのれ、わ、私の、体力を、う、奪う魔法かっ、なんて卑劣な……!」
「いやいや! お前のスタミナが切れてるだけだろ!」
確かに動きはすげえんだが、後先考えない全力投球なペース配分だ。
妥当なくらい、早くもスタミナ切れを起こしたのだろう。
その場に剣を突き刺して膝をつくセイディ。
「くっ! こ、こんな卑劣な相手に、私が負ける訳にはっ……」
「オイオイ、なんだよもうバテてんのか?」
近くで観戦してるジェイドが煽りを入れる。四天王が単独で居る絶好の機会だが、他の兵士達は外への攻撃で手一杯で、こちらに手を回せない。
「もう少し出来ると思ったんだけどな。まあ、しゃあねえか」
冷たい目がセイディを見る。イクリプスの動きが止まる。
「おい、ガキ。さっさと消えな」
「な、なんだと?!」
「見逃してやるって言ってんだよ。んでもって騎士ごっこは辞めるんだな」
「ハアッ、ハァッ、ご、ごっこだと?」
「ああ。多少は腕に自信があるみてえだが、お前の戦い方はアホ過ぎる」
ジェイドがスッと目を細めた。
「馬鹿正直で真っ直ぐな攻撃ばっかりだ。相手をぶっ殺してやろうっていう真っ当な闘志すら無え。ここはな、戦場なんだよ。殺しあいするためのな。演武会じゃねえんだよ」
「はぁ、はぁ、はぁ、私は騎士だっ……」
ヨロヨロと立ち上がるセイディ。
「魔族の説教なんて、聞かん!」
「……そうかい」
ジェイドの目に凶暴な光が瞬いたように見えた。
「なら、望み通りここで散らしてやるよ。おい、イクリプス。やっちまえ」
『ゴウアアッ』
再び動き出すイクリプス。その巨体からは信じがたいスピードの猛攻が繰り出される。
「くっ……」
既に疲れはてたセイディには反撃する力も残されていない。避けるだけでやっとだ。
だが、それも長くは──
『ゴオオッ』
──ズドンッ──
「うわあっ?!」
「セイディ!!」
化物熊の剛腕が唸り、セイディの体を掠めた。
直撃こそ免れたが、その剛撃は彼女の足下に砲弾か何かが着弾したような爆発を巻き起こした。
その衝撃波によって軽々と吹き飛ぶセイディ。
俺よりもさらに後方に砂煙を上げながら落ちた。
「セイっ……」
声よりも体が動いて、彼女の元へと滑り込んだ。
セイディは頭から血を流してぐったりと倒れていた。苦し気な表情のまま瞼を閉じている。
「お、おいっ! しっかりしろ!」
「うぅ……ぅ……」
微かに唸り、目を開けた。まだ意識はある。
「動くな! 今誰か呼んできてやる!」
「く……う、ぐぅぅ……」
「馬鹿っ、動くなって!」
俺が制するのも聞かず、歯を食い縛りながら震えるように起き上がるセイディ。
「い、行かなくては……わ、私……は、騎士だ……この剣に誓った……どんな悪にも屈する事なく、正義を貫くと……」
「お前……」
なんでそこまでする。
正義なんて、あるのかどうかも分かんねえような物のために。
「正義なんてモンあると本気で思ってんのか?」
嘲笑うような声が掛けられた。
ジェイドがイクリプスを従えたまませせら笑ってこっちを見ていた。
「この世にはんなモンねえよ。お前らにとっちゃお前らが正義。俺らにとっちゃ俺らが正義。んでもってそれはどっちも間違っちゃいねえ。ならよ、正義なんてモン初めからありゃしねえのさ」
ベッと地面に吐き捨てられる唾。
「ま、強いて言うならよ。正義っつうのは強さだと思ってるぜ。勝った奴が全部正しい。当然だよな? 負けた野郎が何言ったって意味はねえ。どっちが正しいかなんて決められねえ時に力で決める。戦争ってのはそんなモンだろ? 負けた方が悪って訳よ」
ジェイドは冷たく言い放った。
「つまり、テメエは正義の騎士でもなんでもねえ。ただの負け犬よ」
「っ……!」
剣を掴んで立ち上がろうとしていたセイディから、力が抜けた。その瞳に宿っていた闘志の炎がみるみる小さくなっていくのが分かった。
「て訳だ。せいぜいそこで大人しく寝てな。俺は負け犬なんか殺す趣味はねえからよお。ラッキーだったな」
背を向けるジェイド。もはや用は無いと言わんばかりだ。
──ザッ、ザッ、ザッ──
「……待てよこの野郎」
「……」
──ザッ……──
ジェイドがゆっくりとこっちを振り向いた。
「ああん?」
鋭い視線が俺に突き刺さる。
「なんだテメエ。俺に言ったのか?」
「ああ、そうだ。おめえに言ったんだよ、この野郎」
何やってんだ俺?
そんな疑問が頭をよぎったが、口は勝手に動いた。
「正義がどーのとか、悪がどーのとか、んな小難しい話なんて俺にも分かんねえけど、勝った方が正義だあ?」
中指を鼻面に向けてビシッと立ててやる。
「馬鹿かお前。んな単純な話で終わるならなあ、キノコとタケノコだって争わねえし、メガネ教徒達だってメガネ外すだけでムキになりゃしねえんだよ」
「はあ?」
殺気が薄れるほどに、困惑する四天王。
「何言ってんだテメエ?」
「はっ! おめえみたいな単細胞野郎にはちーっと高度な話だったか? なら、耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!」
両手の中指を思いっきり立ててやる。
「暴力とか喧嘩の勝敗で正悪を決められるくらいなら誰も苦労なんかしねえつっーの! それが出来ねえから心身鍛えて精神修行したり、騎士になったりすんだよっ! 自分で正義ってのを考えるためになあ! どっかで聞いたようなお前の理論なんざ、達観ぶっただけの脳死野郎のゴミレスだ! まずはその教養のなさそうなチャラ男スタイルを改めてから出直してきな!」
「…………クク……ハハハハハッ!」
途端に声を立てて笑いだすジェイド。
「クククク……おい、テメエ」
「あ? んだよ?」
「死ね!!」
──ボシュッ──
カッと目を見開いたかと思うと、こっちに向かってフックのようなブローを振りかぶってきた。
その拳から放たれるように、魔力の光弾が飛んでくる。
「いいっ?!」
寸でのところで避ける。外れた弾は後ろの城壁に当たって、火花を散らせながら風穴を空けた。
「対物ライフルか何かかよ?!」
「このクソ野郎! 俺はなぁっ、テメエみたいに意味分かんねえ言葉を並べる奴が一番気に食わねえんだよおお!」
振り返ると、怒り心頭といったジェイドが凄まじい殺気を剥き出しにして吠えていた。
「イクリプスっ! あのクソ野郎を食い殺せ!」
『ゴオオオッ』
「の、ノオオオオーッ!?」
バカでかい口を開けてこちらへ突っ込んでくるイクリプス。
「ぎゃああ?! こっちくんな化物!!」
「アズールスパーダ!!」
──ズダアンッ──
『ゴウオオオオッ』
逃げ出そうとしたところで、青い斬撃が横を駆けていき、俺に迫っていた化物熊を吹っ飛ばした。
「?! セイディ!?」
「はぁ、はぁ、は、早く! 今の内に逃げるんだ……!」
荒い息をつきながら剣を構えてイクリプスへと突っ込んでいくセイディ。
「あっ、おい! 無茶だ!」
「逃げろ!! 君のような民を護る事がっ……私の正義なんだ……!」
「!」
「死ねクソ野郎!」
止めようとした矢先、再びジェイドの攻撃が飛ぶ。
「うおっ?!」
──ズドオンッ──
今度は足下に落ちて小さな爆発が起こった。その爆風に体が捻り上げられるように浮く。
「ぐわあっ?!」
グルグルと視界が回転していき、空と地面とイクリプスが世界中でワルツを踊った。
そして、小さな小屋が視界いっぱいに迫った。
──ズッガラガラッガシャーンッ──
「いって!?」
デタラメな視界の後は鮮烈な痛みが身体を襲った。
「う、ぐぐっ……」
くそ、肩を打ったか。脱臼したか? 動かせねえ。
「いっつつ……」
どうやら物置小屋の屋根の上に落ちたらしい。穴の空いた屋根から差し込む光に埃が舞っている。
「ちくしょう、派手に飛ばしてくれやがって……」
それでも意識があるのは、ジョブが魔法少女のお陰だろうか。
「……」
『君のような民を護るのが、私の正義なんだ!!』
「~~! だぁ~! もうっ!!」
ポケットに手を突っ込んで、クリスタルを掴んで掲げる。
「シャイニーリンクル!!」
お疲れ様です。次話に続きます。




