59話──四天王 ジェイド
石造りの廊下をハトエルと共に走る。
「うおっ?! 走るとちょっとツルツルしやがる! くそっ、兵士どもめ! 少しは掃除の手を抜けってんだ! クソ真面目君どもめ!」
「望さん、転ばないように気をつけて下さい!」
外から怒号や爆音が聞こえてくる。ハトエルが察知した気配からすれば、またモンスターの大群が押し寄せてきて、戦闘が始まってると考えられるだろう。
「相手はあの筋肉達磨かっ? またモンスターを使役してるのか?」
「……分かりませんが、どうもこの前とは少し違うような……」
「違う?」
「はい、あの禍々しい気配もあるんですが、妙に違うような……」
よくは分からないが、それもこのまま騒ぎの方へ行けば分かる事だ。
「たくよっ、次から次へとっ……よりによって俺の居る近くでトラブルばっかお越しやがって!」
「きっと逆ですよっ! 望さんの内なる魔法少女魂が異変を嗅ぎ付けてるんですよ!」
「んな訳ねえだろ! たまたまだ、たまたま!」
が、しかし。あり得そうで嫌だ。
「ちくしょうめっ、俺は変身しないからな! 様子だけ見て、出来る限り手助けしたりするだけだからな!」
「それでもいいですっ。望さんがこうして自ら赴いてくれるだけでも私、嬉しいですから!」
「……ともかく、急ぐぞ」
雄叫びや物音が激しく大きくなっていく。切羽詰まったピリつく空気。
廊下から中庭へと出る。芝生と砂地だけの闘技場のような──実際、訓練場でもあるのだろう──外に出た瞬間、今まで聞こえてきていた戦闘音が鮮明になった。
──バシュンッ、バシューッ、ドオンッ──
大砲と思わしき爆音や、ロケット花火を発射するような火薬が空気を切る音がする。それに、城壁の上では閃光も瞬いている。
砦の門の上に何人もの兵士らが集まり、弓矢を射ったり、杖を振って魔法の弾丸を放ったりしている。
「一体何と戦ってんだ?」
城壁の外へと放たれている攻撃。こっち側からは状況が分からない。
「くそっ、優勢なのかどうかすらも分からん」
「それならお任せを!」
ハトエルがどこからともなくパッとお面を取り出す。モーニング市場で被っていたひょっとこのお面だ。
「私が少し様子を見ますね」
そう言うと、そのお面を装着し、天使の翼をバサリと広げて空へと飛んだ。
お、おお。
こんな時にこんな事でアレだが、素晴らしい光景が見えた。やはり白か。解釈一致だ。
上空へと飛んでユラユラしていたハトエルがひゅーっと戻ってくる。
「見て来ましたっ。やはりモンスターの軍団が押し寄せています! それを兵士の皆さんが迎撃していて、優勢のようです!」
「そうか」
辺りを見回してからお面と翼を仕舞うハトエル。
「この調子なら本当に何もしなくても大丈夫かも」
「そいつは朗報だな」
それならゆっくり見物させて貰おうか。我が王国軍の華麗なる勝利の瞬間を。
「ところでアイリは見えなかったか?」
「それらしい人は見えました。あっちの方で援護してるようです」
そう言って右側を指差す。
どうするか。
優勢ではあるようだが、ここまで来たんだ。
一応、側に行っておくか。
「あっ?!」
「トイレなら──」
「じゃないですっ! そうじゃなくてっ! な、なんだか一層禍々しい気配がっ……こ、これは市場に出たあの大きな怪物のっ……!」
「なんだって?」
まさか、あのイクリプスって奴じゃ──
『ゴウオオオオオオッ』
「!!」
嫌な予感がした次の瞬間、身体をビリビリと震わせる咆哮が辺りに轟いた。
そして──
──ズドオオオオンッ──
「うおあっ!?」
「わわっ?!」
足の裏から突き上げるような衝撃と共に、正面の城門が吹き飛んだ。
「なあっ……!?」
軽々と舞っていく兵士達に、石ころのように転がる岩の塊。あっけなく倒れる門。それらが雪崩れて砂煙が舞い上がる。
砦の最重要ポイントが一瞬で粉々に破壊されていた。
『ゴルルルルルルル……』
その砂塵の向こうから巨大なプレッシャーと恐ろしい唸り声がした。
──ズズンッ、ズオォッ──
強固な城壁をボロボロと泥城のように崩して現れた巨大な化け物。
一軒家分サイズの巨大な熊といった怪物であった。
しかし、普通の熊とは違い足は六本あるし、牙はサーベルタイガーのように異様に長くなっている。
「あ、あれは?!」
よく見ると胸の辺りに昨日の化け蟻と同じ漆黒の球体がある。
「イ、イクリプスか?! まずいっ! ハトエルっ! すぐにアイリを探せ! 俺はセイディを探す!」
「は、はいっ!」
ハトエルはすぐにアイリを見かけたであろう方向へと走っていった。
直で戦ったから分かる。こいつは普通の敵とは違う。普通の人間が戦ってどうにかなるような相手じゃない。
ともかく、俺も早くセイディを見つけて逃げなくては。
そう思い、走りかけた時だった。
「せりゃあああああああああ!!」
崩れた城門辺りの砂塵から雄叫びを上げながら、一つの影が飛び出した。
体一つ、剣一本で勇猛果敢にイクリプスへ斬りかかるその人物は──
「セ、セイディ?!」
女騎士セイディであった。凄まじい気迫と気合いが離れたここまで痺れるほど伝わる。
セイディの剣が光り輝く。
「アズール・スパーダ!!」
その身が空中で翻り、光り輝く剣の軌跡が円を描く。
鋭い一刀がイクリプスの顔面を大きく切り裂き、激しい咆哮がビリリと辺りを震わせた。
セイディは地面に着地すると、息もつかずに目にも止まらぬ速さで剣を閃かせた。
反撃する隙も与えられず、イクリプスは足元を鋭く切り裂かれ、地響きを立てながら後ろへ倒れた。
「す、すげえ」
生身で、剣一本でイクリプスとやりあってる。
だが……。
「っ、セイディ! そいつは不死身だ! 何度痛めつけても襲って来るぞ!」
「!! ノ、ノゾム!?」
俺の声に、セイディが驚いて振り向いた。
「な、なぜここにっ! ここは危ないっ! 中へ戻るんだ!」
「それより聞け!! そいつは不死身だっ! 今のを何回やっても勝てない!」
駆け寄り、叫ぶように訴えた。
しかし俺の叫びも虚しく、セイディはやはり引き下がろうとはしなかった。
「ノゾム! 早く中へ戻るんだ! 兵士の誘導に従ってここから避難しろ!」
「そういう訳にはっ──」
『ハッ! ガキのくせに良い根性してるじゃねえか。気に入ったぜ』
「?!」
何者かの声が辺りに響いたかと思うと、砂塵の中から鋭い影が飛び出した。
──ザッ──
「イクリプスを見てもビビらねえで斬りつけるなんざ見上げたもんだぜ」
「貴様は誰だ!」
セイディの目の前に現れたのは魔族と思わしき男。オニックスじゃない。
浅黒く日に焼けた細い身体。獣のように鋭い野性味のある眼光。好戦的な気質を証明するかのように顔に傷痕が多く残ってる。
ボタン全開シャツを羽織るように引っかけ、胸から腹を恥ずかしげもなく風に晒し、ジャラっとしたチェーンのアクセサリーが首のチョーカーから垂れて揺れている。
一見すると痩せた細身に見えるが、そうではなく無駄な肉の無い引き締まった肉体だというのが分かる。しなやかで鞭のような腕や、裸の上半身など薄皮一枚の下に筋肉が浮かび上がっている。
頭部には犬か何かの耳に似た物が生えているが、可愛らしい物ではなく、ボロボロで傷だらけの歴戦を伝える代物と化している。
例えるなら、数多の修羅場を勝ち抜いてきた狼のような男だ。
「俺の名前はジェイド。帝国軍四天王の一人」
「なっ?!」
「四天王! こいつもかっ……」
おそらくハッタリや嘘ではない。オニックスと対峙した時と同じプレッシャーを感じる。
「ハハッ! こんなガキまで駆り出す王国なんざ人材不足なのかと思ったが、そうじゃねえみたいだな。嬢ちゃん、お前なかなか出来るじゃねえか」
「馴れ馴れしく口を利くな魔族め!」
「へっ、ご挨拶だな」
ジェイドと名乗った男がトンっと後ろへ飛ぶ。
「ぬっ! 逃げる気か!」
「いーや。本当は相手してやりてえんだけどよ、今回はコイツにやってもらわなきゃ意味ねーんだよな」
「コイツ?」
──ズズズズズッ──
『グルオオオオオ』
「「!!」」
ジェイドの後ろで巨大な影がゆっくりと起き上がって、不気味な唸り声を這わせた。
「とりまコイツの相手してもらおうか。どんだけスゲエもんなのか俺も見てえしなぁ」
「ノゾムっ、下がっていろ!」
目の前に聳えるような怪物相手に、セイディは剣を構えた。
お疲れ様です。次話に続きます。




