58話──自分の価値は自分が一番知っている
──カンカンカンッ、カンカンカンッ──
鐘がやかましく打ち鳴らされる音。
兵士らがザワっと色立つ。
「警鐘だと?」
セイディが立ち上がる。美麗な顔に険しい警戒色を纏わせて腰の剣を左手で手繰りよせる。
「何かあったらしい。行ってくる」
「あ、セイディ!」
同じく立ち上がりかけるアイリをセイディが制する。
「帝国軍の襲撃かもしれない。アイリはノゾム達とここに居て」
「で、でも」
「民を守るのが騎士の務め。それが騎士の使命。それに……大切な友達を守れるなら騎士でなくとも本望」
そう言ってセイディは微笑んだ。
「すぐに戻るから」
アイリが止める間もなく、行ってしまった。
他の兵士らや、コックまでもが慌ただしく武器を持ったりして食堂から出ていく。
ガランとした食堂に残ったのは俺とハトエルとアイリの三人だけだった。
「ど、どうしましょうパパ!」
「いや、どうするったって……。ここは軍事施設なんだし、兵士が対応するだろ」
「でも……」
今回は俺の出番は無いだろう。
「俺らみたいな一般人はここで大人しくしてんのが一番だ。邪魔にならないようにな」
何か言いたげなハトエル。
「……。一応言っておくぞハトエル。俺はな、自分の事で精一杯なんだ。生活、と言う意味でもそうだが精神的な意味でだ。お前が俺の事をどう思ってるか知らないし、どう思ってようが構わんが俺はお前が思ってるような人間じゃない」
「…………」
「自分で自分を満足に幸せに出来ない野郎が周りの人間に何かしてやれる訳がない。俺はそんな事出来るような人間じゃない」
「私はそう思ってません」
「すぐに考えが変わるさ」
「……? あ、あの。二人とも何の話をしてるの?」
俺らの微妙な雰囲気を察したアイリが戸惑うように言う。
「何かあったんですか?」
「いや……何でもない。家庭事情だ」
「……」
俺はそんな高潔な精神や思想を持った人間じゃない。
よく居るつまらん人間だ。
何者にもなれないし、何かを成す事も出来ない。誰かの何かにすがったり、意味の無い日々をダラダラ過ごすだけの人間。
嫌な事は避ける。避け続けて生きてきた。誰とも真剣に向きわなくて。
何より、自分と向き合わず……。
そんな人間が他人のために命を張る訳がない。
今までのは全部成り行きだ。その場のノリとか勢いで思わずバカな事しただけだ。
魔法少女に変身して痛え思いして戦っても、当の守ってる王国から貰える金なんて生きてくのに必要最低限な額にすら達してない。
お陰で俺はこうやって自分で働いて日銭を稼ぐ生活をしてる。
つまり。
俺が積極的に戦う理由なんて無い。
「……ノゾムさん」
「ん?」
前世の事やそもそもの魔法少女になった経緯などを思い出して不愉快な思いになってると、アイリが遠慮がちに声をかけてきた。
「なんだよ」
「あの、すみません。私、やっぱりセイディが心配なので見てきます」
「は?」
立ち上がり、兵士らが走って行った通路へと向かうアイリ。
「お、おいっ。ここで待てと言われただろ?」
「はい。でも、やっぱりいても立ってもいられなくて……」
「あのなあっ!」
思わずアイリに詰め寄り、その肩を掴んだ。
「俺らは民間人でここは軍事施設だ! そして軍人であるあの女騎士に待てと言われたんだ。勝手に動くのは軽率だって分からないのか?」
「ノゾムさん?」
アイリは困惑していた。少し怯えたように瞳を震わせていた。
「っ……」
手に力が入ってしまっていた。離すと、アイリは肩をさすった。
「行くなら勝手にしろ。俺は動かないからな」
「はい。ここで待ってて下さい」
アイリは今しがたの俺の振る舞いなど忘れたかのように微笑んだ。
「すぐ戻りますから」
「……」
足音が去って行くのを背中越しに聞きながら俺は座り直した。
「なんなんだよあいつ」
イライラが止まらない。近くの椅子を蹴る。
自分をなだめるために深く呼吸する。ハトエルが何か声を掛けてきそうだったので、それを手で制する。
「……なんでイラつくんだろうな」
自分で自分がよく分からない。俺はどうしてこんなにイライラしてるんだ?
別にあのセイディやアイリがどうなろうと俺の知った事じゃない。俺が一応義務付けられてるのは王女様からのオーダー。もしくは王都に敵が攻めて来た時に魔法少女となって戦う事だ。
ここが重要拠点なのかどうかは知らないし、特にオーダーは無い。つまり、今んとこ義務ではないはずだ。
そもそもの義務だって、明らかに不釣り合いな報酬と引き替えの事だしな。
「望さん」
「なんだよ。今イラついてんだ」
すぐ隣の席にハトエルが座る。
顔を見たらもっとイライラしそうなので壁の方へ向く。
「言っとくけどな、俺はやらんぞ。もしここの連中が負けて、自分がヤバくなったら戦うかもしんないがな。それ以外なら知った事じゃない」
「……望さんは、神を信じますか?」
「は?」
思わず振り向く。ハトエルがじっと見ていた。
「知っての通り私は天使です。天界には沢山の神様が居ます。本当に色んな神様が……」
「……こんな時に何の話かと思えば宗教かよ。言っとくが俺は無神論者だ。まあ、て言うか興味無いだけだけどな。居るなら居るで『ああ、そうかい』で終わりだ」
「でも、その中でも特別な神様が居ます」
俺の返答など聞いてないかのように続ける。
「私達天使、いえ、全ての神の主であり母である女神様。全ての頂点に立たれるお方が居ます」
「……そうかよ」
「そんな女神様が私に仰せられました。『望を信じてあげて』と」
「は?」
ハトエルは笑っていた。
でも、真剣だった。
「私には女神様の崇高なお考えが理解出来る訳ではありません。でも、一つ分かる事があります」
本当に。
嫌になるくらい屈託のない笑顔しやがって。
「望さんは素晴らしい心を持った人です! 魂の奥深くに決して消す事の出来ない光を持ってる」
「またそれかよ……。あのなあ、そんな物が俺の中にある訳ねえだろ」
「いいえ、ありますっ。私には分かるんです!」
勝手な事抜かすな。
「俺が素晴らしい魂とやらを持ってたら前世では素敵な人間になってたし、あんな哀れな最期を迎えちゃいねえよ」
「それはただの不運ですよ! 感じるんです。望さんの中にある素晴らしい輝きを。貴方は自分で気づいてないだけですっ。貴方の中には情熱的で、眩い光があるんです!」
そんな物ある訳ない。
本人が言うのだから間違いない。
もし、俺がそんな素晴らしい精神の持ち主だったら……。もう少し全うな人間だったなら……。せめて一人前くらいの人格者だったなら……。
そんな人間じゃない事を、俺が誰よりも知ってる。
「お前は本当におめでたい馬鹿だな。それとも天使ってのはみんなそうなのか?」
自分の口から冷たい声が漏れるのが分かった。
「きっと悲しい事なんかなーーんも知らねえで育ったんだろうな。まあ、天国なんて所に居たんじゃ当然か。心底羨ましいぜ。けど、お前みたいに人間のことなんか何も分からないアホばっか住んでる所が天国なんざ、死人はさぞガッカリするだろうな。不幸なのはそんな底抜けの馬鹿のせいで苦労してる異世界転移者よ。転移の儀式もロクに出来ねえ、人の邪魔ばっかする、何の役にも立たねえ、訳わかんねえ事ほざいて人を死地へ行かせようとする。まるで疫病神みてえなアホのせいでこうして居るような、な」
ハッと自分で気付いた時には全てを声に出してしまっていた。
ハトエルの方を振り向いてみると、今にも泣き出しそうに涙を溜めていた。唇を噛んでグッと堪えていた。
それでも、下手くそに笑おうとしていた。
でも、涙が零れてしまうから出来ないでいる。
「いや、その……」
「っ、そ、そうですっ……よねっ……私、本当に迷惑ばっか……」
「……」
俺は無意識に、その小さな手を取って立っていた。
ハトエルがポロポロと涙をこぼしながら丸い目で見上げていた。
「の、望さん……?」
「……言い過ぎた。ごめんな」
「い、いえ、い、いいんですっ……の、のぞむ、さんは何も間違ってませんから……」
泣くなよ。天使がよ。
何時もはムカつくくらいニコニコ笑ってるのに。
そんな悲しい顔して泣くなよ。
何時もみたいにかわいい顔で笑えって。
「……様子だけ見に行くぞ。それだけだからな。俺の力なんか必要ないって分かったら戻るからな」
「っ……!! はいっ!!」
結局こうなるんだよな……。
俺も煮え切らない人間だな……。
お疲れ様です。次話に続きます。




