50話──別視点⑦〈帝国にて……〉
シャドー帝国、帝都。
そこに聳える荘厳な城。
城下町はお世辞にも立派とは言い難いような、粗悪な建造物が乱雑に立ち並ぶ都市設計であったが、これはトワールの国民性なので、経済的な面や技術的な面による苦しい事情があるわけではない。
しかし、城だけは立派であった。
それは、権威や力を崇拝する国民性から、支配者の住まう場所だけはまともな物にしたからだ。
──皇城内、執務室──
「くそっ、なんだこの飲み物は!」
「紅茶だ。飲んだ事ないのか」
「茶など女の飲み物だ。男は酒に限る」
その執務室は整理整頓の行き届いた清潔な空間であった。
無駄な物は置かれず、壁にはめられた本棚には帝国や周辺国の地理や歴史、文化などの情報が記載された書物が分野ごとに収められ、来賓用のソファとテーブル周りは綺麗に清掃されている。
そんな来賓席に、粗暴な巨体の持ち主、オニックスが座って紅茶を飲んでいた。
「大体、これは王国やその周辺国の飲み物だろう。そんな物よく飲めるな」
「例え文化が大きく異なろうと、良い物は良い」
オニックスの言葉を受けながら、執務室の最も価値ある場所である執務机に着く人物もカップを優雅な手つきで口元に運んだ。
「俺は気に入ってるぞ」
そう答える人物。
見た目は人間の青年とそう変わらない姿をしていた。
スラリと整った鼻筋。サラリと揺れる髪はきめ細かく、切れ長な目は涼やかで、ピアニストのように繊細な指がカップをエスコートする。
眉目秀麗な青年のような姿をしていたが、その頭部に角が備わっているのは魔族の特徴であった。その青年の場合は、オニックスの一角ではなく、ドラゴンのそれに似た双角であった。
「ふむ。東戦線の戦況は芳しくないな。やはり情報通り勇者一行が来ているのだろう」
「そんな事よりだ! ガルネット!」
オニックスのイラついた声が響く。
「あんな水晶なんぞ必要ない! 今すぐ王国に戻ってティアラ・ホープと決着をつけてくる!」
「まあ、待て。焦らずともいずれは決着をつけねばならないんだ。それまでその気合いを溜めておけ」
猛るオニックスをなだめる青年。
その青年の名前はガルネット・ドラーグ。オニックスと同じく、帝国軍四天王の一人にして、他の三人の取り纏め役兼、全軍への指令を出す総大将でもあった。
「それに。レイド・ストーンを素手で破壊するという剛力は脅威だ。そんな事、俺やお前ですら出来るかどうか……」
「なにっ!? 俺が負けると言うのか!!」
「いや、そこまでは言ってない」
「貴様あっ! どっちの味方だあ!?」
「話聞けって!」
ガルネットはため息と共にカップを置いた。
「ともかく。このままでは我々は巻き返される。少し早いが、王都での作戦を決行した方がいいだろう」
「ああ、それはそうだな」
オニックスが眉を寄せる。
「だが、作戦に少し無理がないか? 俺は構わんが、果たして上手くいくか疑問だな」
「その意見には同意するが……我々には時間がない。万全の策とは言い難いが、他に良い方法もないしな。既に各国とも義勇兵まで募りだし、その数は侮れん。長引けば長引くほどこちらが不利になる」
ガルネットは机の上の書類を取って言った。
整理の行き届いているこの部屋で最も散らかり、纏まりのないのは彼の机の上であった。
そこには各地に放ってある斥候や隠密から上がった情報により、王国とその同盟国の動きが細かく記されている。
「何か他に大きな報告はあるのか?」
「さっきも和睦の使者からの返事が届いたところだが……」
「王女の返事は何だと?」
オニックスが尋ねると、ガルネットは頭を振った。
「駄目だ。何度話し合いを持ち掛けても、返事は『帝国の全面降伏』しか求めていないという事だ」
「ふんっ! 元より俺は和睦など反対だ!」
オニックスがギリギリと歯を鳴らす。
「キョッコーの村での殺戮は許し難い蛮行だからな」
「……とにかく、今の我々には打つ手が奇襲による一点突破しかない。もう少ししたらサフィラからの連絡が──」
と、ガルネットが言いかけたタイミングで、机の上に置かれた通信用アミュレットから鈴の音が鳴った。
「ちょうどだったな」
アミュレットの上部に嵌められたルビーをガルネットが指でなぞる。
「サフィラか」
『言われた通りここ何日かかけて調べたわよ』
アミュレットから若い女性の声が伝わる。
『やっぱり王城には流石に近づけないわね。中枢区画全体に感知魔法がかけられてるわ。多分だけど、地下水路とか地下道とかそういう複雑に入り組んだ所に魔道具でも設置してるんでしょうね。あの規模じゃあ、あたし達の変装魔法はもちろん、瘴気の魔力でさえ反応しちゃうんじゃない?』
「そうか。魔道具の破壊は難しそうか?」
『まあ、無理っしょ。数もどんだけあるか分からないし』
「……。それではお前達三人による王女暗殺は無理そうだな。隠密に忍び込むのがベストだったんだが……」
『おいおい、んな面倒くせえ事言ってないでよ、もう俺らでパーっと王城落としちまえばいいんじゃねえのか?』
会話に、突如として第三者の声が割り込む。
『俺ら三人で攻めりゃイケるだろ。なんなら俺が纏めて解決してやるぜ?』
『ちょっと! あたしが報告してんのよ!? あんたは引っ込んでなさいよ!』
『そんな怒んなよ、俺だって手伝ってやったじゃねえか』
『あんたは道中で喧嘩しそうになって足引っ張ってたでしょうが!』
『あれは仕方ねえだろ!』
『とにかくっ、引っ込みなさい!』
『いててっ!? 何しやがるこのクソアマ!』
『はあっ?! ぶっ殺すわよ!?』
「お、おいおい、仲間割れするな。そんな場合じゃないだろ」
ガルネットがげんなりとして言う。
「はぁ。ジェイド、お前も居るという事はあっちの“変装リング”も上手く機能してるんだな?」
その問いかけに、アミュレットの向こうから返事がした。
『ああ。どっから見ても“リヒト”(トワールの民が、王国などの民族を呼ぶ時の言葉)になってる。まあ、サフィラの奴は元より必要ないだろうが』
『だからあたしに任せれば良かったのよ。大体、この馬鹿と一緒だとロクな事にならないんだからさあ!』
『ああっ?! んだとコラあ!?』
「止めろって! 喧嘩なんかしてる場合じゃないって言っただろう!?」
ガルネットは疲れたように背もたれに寄りかかった。
「ともかく。レイド・ストーンを使いこなせるのはお前達だけだ。危険だが、お前達にやってもらうしかない。だが、慎重にな。明日になればオニックスもそっちへ向かう事になっている」
『おっ、それで思い出した』
向こう側の声が好奇心に弾んだ物へと変わる。
『魔法少女が現れたってマジかよ?』
『えっ? 魔法少女?』
「ああ。ジェイドはもう聞いたか。サフィラには言ってなかったな」
ソファではオニックスが苦い顔をしていた。
「オニックスの話では実験を邪魔してきたらしい。それどころか、一度直接戦っている」
『マジ?!』
『嘘?!』
二人の声が興奮したものへと変わる。
『んで、オニックスの野郎が殺りやがったのか?』
「いや。残念ながら取り逃がした。と言うより……いや。ともかく、報告からして本物の魔法少女である可能性が高い」
『ふーん。負けたの?』
「負けてなどおらぬわあっ!」
いきり立ってカップを壁に投げつけるオニックスをガルネットがなだめる。
「お、落ち着け。サフィラも余計な事言うな!」
『ふーん。ホントに負けたんだ? なら、その魔法少女って本物かもね』
『んだよ、オニックスの奴だらしねえな。ま、仇なら俺が取ってやるよ』
「き、貴様らああっ!」
また暴れ出しそうなオニックスをガルネットがなんとか制して、口早に通信する。
「と、ともかく、作戦は改めて伝える。二人は休んでくれ。以上」
そこでアミュレットの輝きが消え、通信が終わった。
「ええいっ! イラつくわ!」
頭から湯気を立たせるオニックスがズンズンと部屋のドアに手を掛けると、ちょうどそのタイミングで外から開かれた。
「失礼します。ガルネット様、オニックス様のレイド・ストーンの修復が完了しまし──」
入ってきたのは少女であった。見た目は十歳前後の人間の少女のようであったが、やはり頭には何らかしらの特徴がある。
その少女の場合は、猫に似た耳を備えていた。着ているのも慎ましやかなメイド服のような衣装であった。
そんな少女を怒り心頭のオニックスが仁王像のように立ちはだかって見下ろした。
「おう、コリエ。俺の水晶は直ったか!」
「……きゅー……」
オニックスの気迫に真正面から鉢合わせてしまった少女は、そのまま気を失ってパタリと倒れてしまった。
「コ、コリエー!?」
「お、俺は何もしてないぞ?!」
慌てて少女に駆け寄るガルネットから逃げるようにして、オニックスはいそいそと部屋から出ていくのであった。
お疲れ様です。次話に続きます。




