3話──響き渡った悲鳴
「ちっ…………」
イライラする。
「なにが魔法少女だ。なにが世界を救えだ。馬鹿じゃねえの。ガキじゃあるまいし」
世界の危機? 沢山の人が困ってる?
「くだらねえ」
世界が魔王によって滅ばされたら、どちらにせよ俺の人生は終わりだ。そういう点では、自衛という意味で俺が魔法少女になって戦うのも合理的な考えかもしれん。
だが、例えそうであっても、俺はそんな役割はごめんだ。
魔法少女になるのが嫌だからという訳じゃない。いや、まあそれも嫌ではある。
それよりも、もっと根本的に。『なんで俺がそんな事しなきゃならないんだ』という率直な気持ちだ。ボランティアでも、正義の味方でもねえんだぞ。
第一、魔法少女なんていう、無垢な女児や変態の大きいお友達を興奮させるだけの職業が強い訳ねえよ。
「くだらねえ……何もかも」
そんな独り言が自然に漏れた。
いつからだろうな。
俺もこんなひねくれた性格になったのは。
俺の人生は随分と下らない事の連続だった。
幼い時、六歳かそんくらいに両親が事故で死んだ。そこからは婆ちゃんとの二人暮らし。
親の財産は、顔も名前も知らない『お友達』がほとんど持っていってしまった。大人になって知った事だが、俺の親には借金があったらしい。お人好しな父が代わりに請け負った他人の借金だが。
両親の死をきっかけに、きっと俺の人生は大きく狂ったんだろうが、俺の周りの人生は何一つ狂わなかった。つまり、俺だけが世界から弾き出された。
俺が両親を失った頃。友人らは親から貰った誕生日プレゼントのゲームや野球グローブを嬉しそうに自慢してきた。
もちろん、単にプレゼントその物を自慢したかっただけだ。見せびかしたいのはあくまで“物”であって、『親からのプレゼント』を俺に突きつけたかった訳じゃなかっただろう。
家族旅行でどこへ行ったとか、誕生日はどこへ食いに行ったとか。そういう“普通”の話は変わらず俺の近くにあった。
薄々と、『何で俺には“普通”が無いんだろう?』と思った。そして、親が居ない孤独な自分を意識し始めた。
友人らしい友人も少なかった。元々の性格なのか、それとも親を失った事による人格の変成があったからなのか。気の合う奴が少なかった。
少なくとも、親友なんてものは無かった。
大学生になった頃。婆ちゃんが亡くなった。
両親が死んだ時は、正直言ってよく理解出来なかった。母も父も、もう帰って来ないと悟るのに時間がかかった。理解するまで時間がかかった。
だが、婆ちゃんは違う。俺にはちゃんと状況を理解するだけの能力もあり、人生の大半を共に過ごしてきた育ての親だった。俺の人生で唯一例外的に信頼し、絆を感じていた人間が消えた。
ショックのあまり、大学にほとんど行かなくなった。単位は当然のように足りなくなって留年した。
遺産相続絡みの難解な話の時にも、親戚を名乗る連中も助けてはくれなかった。ただ分け前の話だけは押し付けてきた。
友人は同情してくれた。でも、そこまで。
何かしてくれた訳ではない。
『元気出せよ』という無責任な一言だけだった。
そんなもの、出せるならいくらでも出したかった。
それからの事は思い出したくもない。
ただ、ただ、墜ちていくだけの人生が始まった。
大学を中退。正規採用など望めず、フリーターへ。
でも、それすらまともに出来ず、最終的にはほぼニートの状態に。誰からの連絡にも応じず、家に引きこもってゲームばかりする毎日。婆ちゃんの遺産を食い潰すだけの日々。
そして、人生の意味とか、あるいは無価値さとかを考えながら歩いていたある日の夜。
酒の飲み過ぎでフラフラしていた俺は、赤信号の交差点に猛スピードで突っ込んできた車に気づくのが遅れた。
向こうも酒でも飲んでたのだろうか。車は止まることなく俺に衝突。凄まじい衝撃で意識がすぐにプツリと切れた。
そして、気づいたらあの不思議空間でハトエルに会っていたんだ。
なんて事はない。面白くもない人生の最後を下らねえ死に方で幕を下ろしただけだ。
誰が悪い訳でもない。自分が悪かった。
だから誰も恨んでもない。誰かのせいにするつもりもない。
だが、誰も好きにもなれない。
友情だの助け合いだの。絆だの優しさだの。誠実だの信頼だの。
どれもこれも恵まれた奴が知ったようにほざく綺麗事だ。いざとなったら何もしてはくれない。少なくとも、俺はそう思ってる。
婆ちゃん以外に……赤の他人で、俺に手を差し伸べてくれる人間なんて居なかった。
誰も俺を助けてくれる奴なんて居なかった。
誰も俺に寄り添ってくれる人なんて居なかった。
そんな義理。無いもんな。所詮、他人だ。
赤の他人がそんな事をしてくれる理由なんて無いもんな。当たり前の話だ。
だから、俺がこの身を呈してまで誰かを助けてやる義理だって無い。
自分を犠牲にしなきゃいけない義務もない。
なにより、そんな気もない。
俺は自分のためだけに生きてく。
自己中だとかクズだとか何と言われようとも、俺だけのために生きる。俺自身の幸せしか考えない。他の奴がどうなろうと知った事か。
世界平和だとかヒーローだとか魔法少女だとか、自己犠牲なんて余裕のある奴が好きにやりゃいい。
「……あいつ、帰ったのかな」
しばらく歩いていたが、ハトエルは追いかけてこなかった。
言い様のない孤独感や不安感が押し寄せ、その圧迫感に潰されそうになる。
「何を今さら……孤独なんて慣れてる」
足は勝手に歩調を速めた。
黙々と歩いてる内に、冷めた心持ちになってきた。冷静になってきた、とでも言おうか。
「……ここ、異世界なんだよな?」
周りの景色は全て木だ。ファンタジーの情緒を与えてくれる夢に満ちた物など何も無い。
ハトエルに騙されて原生林しか無い未開拓な世界の真ん中に放り出されたんじゃないのか。
このままずっと森の中を彷徨うだけなんじゃ……。
「はっ。だからどうしたってんだよ」
どうせ棚からぼた餅な命だ。大した価値なんて無いさ。
むしろ一度死んだ野郎が転生転移して甦りました~、なんて方がイカれた話だ。
俺は本来なら死んで終わっただけの人間だ。豪華でハッピーなセカンドライフなんて夢見すぎだろう。野垂れ死にが妥当ってとこか。
ここで生き延びたところで、俺みたいなダメ人間にまともな人生なんか待ってないだろうしな。
「……何も変わらねえのかもな」
人生なんて。人間なんて。
結局俺は、何かしたい訳でも何かになりたい訳でもないんだな。
何もかもから逃げたいだけなんだ。
多分、本気で生きることからも……。
そんな風に投げやりな考えに支配されかけた時だった。
『きゃあああああああああああっ!!?』
「!?」
森に女の悲鳴が響き渡った。
今まで聞いた事のない本物の悲鳴。切羽詰まった命の非常を告げる警鐘。
「なにがっ……」
気がついたら駆け出していた。悲鳴が聞こえてきた方へ。
何やってる?
悲鳴がした。だからなんだ。
この先で、悲鳴の元で何があろうと俺の知った事じゃない。
さっきハトエルにそう言ったはずだ。
この世界がどうなろうと知ったこっちゃない。
この先で誰かがピンチでも、俺には関係ない。
そうだ。関係ない。他人だ。知らない他人が勝手に叫んでるだけだ。
「はっ、はっ、はっ!」
しかし、そんな思考とは裏腹に、俺の身体は悲鳴の発生源へと辿り着いてしまっていた。
「っ?! あ、あれはっ……」
『グオオオオオオオオオオッッッ』
そこに待っていた光景。
それは現実とは思えない、そう、ファンタジーなワンシーン。
全身灰色の鱗のような物に覆われた巨体と、大きく拡げられたコウモリのような翼。長い首をしならせて耳をつんざく咆哮を轟かせる怪物。
もうドラゴンとしか形容のしようがない生物が恐ろしい牙を剥き出して木に食い付いていた。
そいつが一歩動く度に地面が小さく揺れる。体に震動が伝わり、本能的な恐怖が呼び覚まされる。
「ド、ドラゴン?!」
夢じゃない。これは現実だ。
本当にファンタジーな異世界だった。
いや、今はそんな事より──
「きゃあああああああああっ!!」
ドラゴンが齧りつく大木。
その大きな二股の根っこの間に震える人影が見える。
──バキバキバキッ──
よくは見えないが、女の悲鳴だ。多分、まだ子供だ。噛み砕かれて落ちる木屑を受けながら震えている。
「や、やばいっ……」
何時までももつ訳がない。
何とかしないと……。
「何か、何か武器は──」
駄目だ。装備は何も無い。丸腰だ。
チート能力すら無い。
でも、どうにかしなければ──
早く、早くっ、どうにかして助け……。
「っ……」
俺は何考えてんだ?
どうしようも無いじゃないか。だって、今目の前に居るのは化け物だぞ?
しかも俺は何の武器も力も無いただの野郎。
生身の人間じゃあ熊にも勝てない。それなのに、像の何倍もある化け物に素手で挑んだところでどうなる?
今襲われてるのだって知らない奴だ。一切関わりの無い他人。
それなら、答えはもう出てる。
「……すまん」
心は痛むが、俺は自分の身が可愛い。例えロクでもない人間であったとしても。
無駄死にとしか思えない事はしたくない……。
元来た道へと振り返る。
走ってなるべく遠くへ──
『グオオオオオオッ』
──バキッバキバキッベキッ──
「いやああああああっ!! 誰かっ、誰かっ……!」
このまま走って逃げれば……。
「誰かっ……助けてえええええ!!」
「っ!!」
気がついた時には、俺は足元の石を拾ってドラゴンに投げつけてしまっていた……。
お疲れ様です。次話に続きます。




