47話──男は拳よ
「おりゃあっ!」
『ゴオオッ』
──ズガアッ、バキャッ、ドオンッ──
割れる地面、折れる木々、震える空に、全身に走る凄まじい衝撃。
俺とイクリプスの激しい攻防が、周囲の環境をめちゃくちゃに破壊していく。
「せいやっ!!」
──バッキィ──
『ゴオオオオオッッ』
俺の回し蹴りがイクリプスの顔面にクリーンヒットする。巨体が悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。
「ふうっ!」
地響きと共に倒れるイクリプスに決めポーズの構えを取ってみせる。
しかし──
『ゴオオ……』
巨体が蠢き、またこちらへ尽きる事のない敵意を向けて起き上がる。
「まだ……」
力の押し合いでは負けてない。スピードもパワーも俺の方が勝っている。
攻撃に対する耐久力だって、ダウンの数からしてこちらが圧倒的に上だ。
にも関わらず、未だに勝敗が着かない。
優勢ながらも、相手側が弱ってきているようにもあまり感じられない。
そう。普通の相手じゃないのだ。
これまで倒してきたモンスター達との決定的な違い。それは、異常な生命力と再生能力。
俺の攻撃によってイクリプスの肉体は致命的な損傷を受ける。
パンチや蹴りで甲殻は割れるし、間接は分離し、肉体はズタズタに破壊される。脚などの末端部位に至っては欠損もする。
だが、それらは少し時間が経つと治ってしまい、何事もなかったかのように起き上がってくるのだ。まるで不死身のゾンビのように。
「一体どうなってるんだ……」
『ゴオオオオオッ』
負ける気はしないが、勝てるビジョンも見えてこない。
何かがおかしい。
「ふうむ。なんという再生能力だ。まさかこれ程の代物だとは」
近くで傍観している召喚者オニックスも、その性能には驚いているようだった。
「だが、これなら魔法少女を葬れる。やれ!」
命令と共に唸りを上げて襲いかかってくるイクリプス。
「しっ!」
その攻撃を躱し、肘鉄を比較的脆弱な腹部にめり込ませる。
『ゴッアアアアアッ』
巨体が震え、また地面にもんどりうつ。
そしてまた起き上がろうと動く。
「これじゃあ、埒があかない……」
何か、何かあるはずだ。
この化物を倒す方法が。
『ホープー!』
「えっ?!」
そんな風に考えていたら、聞き覚えのある幼い声が聞こえた。
振り返ると、こちらにピューッと飛んでくる大きな鳥。いや、ハトエル。
「なっ!? なんで?! ハトエ──」
「私の事はエンジェルと呼んでください!」
そんな事を叫びながら、純白の天使の翼を広げて飛んできたハトエル。
しかし、その顔には妙なひょっとこのようなお面が装着されていた。どこかの露店で拾ってきたのだろうか。
「お、お前っ、じゃなくて、エンジェルちゃん、何してるの?!」
「察してください!」
なるほど。
ハトエルは天使であることを隠した方がいいと王女も言っていた。目立つし、敵に悟られたら厄介だから。
そのための苦肉の策だろう。顔バレ対策は大事だ。
ハトエルことひょっとこエンジェルちゃんが俺の隣に舞い降りる。
「ホープ! あの怪物から不思議な波動を感じます! 私の天使の勘がその正体を見破りました!」
「正体?」
「はい! あれはモンスターなどの生物ではありません! 第一、魂の反応を感じないのです」
「生き物じゃない?」
ハトエルがビシッとオニックスに指差す。
「ずばりっ、その召喚獣の正体は“魔力結晶”による集合体ですね?」
そう宣言したハトエルに、オニックスがほうっと声を洩らした。
「よく知ってるな小娘よ。なるほど、王国にも少しは出来る人材が居るようだな。随分若いようだが大したものだ」
背中に天使の翼があっても、天使とは認識してもらえないハトエル。好都合だが、当の本人は少しヘコんでるようで、ビシッと決めていた指がしなっと萎れていた。
「うぅ、いいんだけど、それでいいんだけど~……なんか釈然としない……」
「それより、エンジェルちゃん。その魔力結晶ってなんなの?」
聞き慣れない単語について質問すると、ひょっとこ面がぐるんっとこっちを向いた。
「簡単に言ってしまえば細かい粒子状になった魔力です。砂のような物だと思って下さい。そして、それを集合体にしたのがあの怪物なのです!」
イクリプスがのそりと起き上がる。
「つまり、生き物ではなく、あくまで無数の結晶が一つの形に固まった物体。それを、特別な魔法によってモンスターのように動かしている訳です」
「えーっと、つまり。モンスターの姿をしてて、自動的に動ける泥団子的な?」
「あっ! そんな感じです!」
そんな感じなのか。
「ということは……」
いくら痛めつけても死なないのは、そもそも生物ではないから。
つまり、泥団子の例をそのまま引っ張るなら、欠けた部分にまた泥を足して再生出来るという事か。
「ホープの攻撃で多少は結晶も減ってはいます。でも、それでは倒すのにとてつもない時間がかかってしまいます!」
「なら、どうすればいいの?」
「あそこです!」
ハトエルが指差す方向。そこには、召喚時に現れた黒い球体がはめ込まれている。
「あれがいわゆる核です! あれを浄化すれば倒せます!」
「浄化?」
どうやってやるんだ。
その疑問にすぐにアンサーが出された。
「魔法少女に備わっている必殺技を使うんです! それこそ魔法少女の真の力! 聖なる浄化の力を持った魔法で悪しき魔力を打ち破るんです!」
あれか。アイリが話した浄化魔法とかいうやつ。
「何をごちゃごちゃと! やれっ、イクリプス!」
オニックスのイラついた命令が響く。
『ゴオオオオオッ』
「うわっ!」
「わままー?!」
猛然と繰り出される攻撃を躱す俺ら。
「エンジェルちゃんっ、どうやって必殺技を出せばいいの?!」
「念じて下さい! 悪しき魔物を倒したいと願ってください! そうしたら、頭の中に詠唱とその動作が浮かんでくるはずです!」
「分かった! エンジェルちゃんは下がって!」
必殺技か。なら、その魔法でこいつを消し飛ばしてやる。
「はあっ!」
──ベキイッ──
『ゴアオッ』
まずは暴れるイクリプスを蹴り飛ばして集中出来る隙を作る。
──ズズウンッ──
「今です! ホープ!」
ひっくり返ったイクリプスを前に念じてみる。
──この化物を倒す力、倒す力、さっさと終らせて帰りたい、金欲しい、腹減った、倒したい──
多少の雑念はあったが、頭の中にふっとイメージが流れ込んでくるような感覚がした。
「おっ! これか?!」
確かに、文字となって、音声になって頭の中に浮かんだ。必殺技のワード。そして、それを放つ時のポーズ。
──だが──
「……って! こんな恥ずかしい事言えるかー!」
「えっ、ええっ?! な、何を言ってるのですか、ホープ!」
頭の中に浮かんだ文言はこれまた恥ずかしいセリフ。しかも振り付けまでくっそ恥ずかしい。
「こんな正義の魔法少女みたいなセリフとポーズなんか出来るか!!」
「な、何言ってるんですか! そんな事言ってる場合じゃっ……!」
『ゴオオオオオオオオッ』
言い合ってる間に復活する化け蟻。
「くっ! 要はあのコアとかいうのを壊せばいいんだよな?!」
「そうですけど、恐らくあれは超高密度の魔力結晶。多分、ダイヤモンドよりも遥かに硬いでしょう」
『ゴオオオオオッ』
──ズアッ──
「うおおっ?!」
──ガシイッ──
脳天目掛けて落ちてきた一撃を真剣白羽取りのようにして受け止める。衝撃で足が地面に浅くめり込む。
「わわっ、わあっ!?」
その衝撃に、ハトエルはピューッと逃げて物陰に隠れ、そこから声援なのか野次なのか分からない声を上げた。
「ホープー! 恥ずかしがってる場合じゃないですよー! 早く浄化しないと貴方の魔力が先に尽きちゃいますー!!」
「う、うるせえっ! やなもんはやなんだよ!」
「言葉遣いっ!」
こんなピンチにそんなどうでもいい注文すんじゃねえ!
『ゴオオッ』
「ぐぐっ、お、重え!」
「いいぞイクリプス! そのまま叩き潰せ!」
こんないたいけな少女相手に、こんな化物の重い凶器押し付けやがって~。
「い、いい加減に~!」
『オオオッ……』
「しろーー!!」
──メキャッ──
身体を捻り、相手の腕をへし折ってもぎ取る。
『ゴオオオオオッ』
「やってみなきゃわかんねえ! だりゃあ!!」
怯んだ相手の懐に入り込み、コアなる弱点へ肉薄し、全体重を乗せたパンチを叩き込む。
──バコオッ──
『ゴアオオオッッ』
これまでと違う咆哮を上げるイクリプス。
「でやあああーー!!」
──ズドドドドドドドッ──
そのまま渾身のラッシュをかける。
コアはとんでもない硬度を誇り、殴ってるこっちの拳が痛くなってくる。
だが──
──ピシッ──
「えっ、えええっ?! ひ、ヒビが!?!」
「おりゃあっ!!」
最後に遠心力大の後ろ回し蹴りを思いっきり叩きこんだ。
──バッキイィンッ、ピシッッ──
『ゴオオオオオオオオッッッ……』
コアが粉々に砕け散り、それと同時にイクリプスの身体がサラサラと砂のように崩れていった。
お疲れ様です。次話に続きます。




