46話──イクリプス
「まあたっ貴様かああっ!!」
懐に手を突っ込み、妙な道具に怒鳴りつけるオニックス。
「貴様あっ! ワザとかあっ!!」
『ど、怒鳴るなっ! み、耳がっ、耳があっ?』
手にしているのは通信機のようだ。相手側の悲鳴が俺にも聞こえてきた。
『た、頼むから、アミュレットで大声を出すのは止めてくれ』
「そんな事よりなんだ!? 俺は今魔法少女と戦闘中だ!! 用なら後にしろ!」
『なに?! 魔法少女と戦闘中だと?』
驚きの声が通信の向こうから発せられる。
『そうか。また遭遇してしまったか。オニックス。彼女はどんな姿をしている?』
「そんな事自分の目で確かめろ!」
『見れないから聞いてるんだ! とにかく、その少女は本当に伝説の魔法少女で間違いないか?』
「間違いない。俺の戦士としての直感がそう告げている。こいつはただ者じゃない」
こちらを好戦的に睨みつけてくるオニックス。
「それに、あのふざけた格好は語り継がれる姿に酷似している」
『そうか。それなら戦闘は避けろ。魔法少女の戦闘力は未知数だ。今ここでお前を失う訳にはいかない』
「馬鹿言うな! 武人が一度ならず二度も敵に背中を見せられると思っているのか! もう通信を切るぞ!」
『ま、待てっ、それなら、せめて水晶のもう一つの機能の実験をしてくれ!』
「なに?」
オニックスがふっと怒りの勢いを鎮める。
「あの機能か」
『そうだ。今すぐ逃げろとは言わん。だが、機能を試してその結果を見届けてから帰還してくれ』
「ふーむ……」
ムキムキ筋肉をボリボリと掻いていたオニックスが渋い顔をして頷いた。
「仕方あるまい。俺は武人でもあるが、今は一武将。敵に無条件に背は向けられないが、やるべき事を優先しよう」
『よし。通信はそのままにしてくれ。万一という事もある』
「黙ってろ!」
オニックスは通信機を片手に持ったまま、もう一方の手で水晶を掲げた。
「魔法少女よ!」
「……」
「お前のような強者に相応しい相手を紹介してやる!」
「え?」
オニックスの体から魔力と思われるオーラが滲み出し、水晶へと吸収されていく。
「? な、何をして……」
何だか分からんが、嫌な予感がしやがる。
歯を食い縛りながら、呻くように唸るオニックス。オーラがどんどん吸い込まれていき、やがて水晶の妖しい輝きが一杯になった。
「ぐうううっ! 顕現せよ! 我らが化身『イクリプス・オーブ』!」
「!?」
その詠唱と共に、水晶から黒い閃光が幾本もほとばしった。
「な、なんだ?!」
その、黒い影なのか光なのか分からない何かが渦巻きながら凝縮されていく。
そして、一つの真っ黒な球体のようになって宙に浮かんだ。
「あれは……?」
「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ、こ、これは思ったよりも体力を消耗するな……」
見てみると、黒い球を出したらしきオニックスの息が上がっている。疲労からか、額に汗をダラダラと流していた。
「はあっ、はあ、はあ、だが、この労力に相応しいだけの力はあるだろう」
「?」
一体なんの話をしているんだ?
「オーブよ! 姿を型どれ!」
オニックスがそう叫ぶと、黒い球体が独りでに動き出して、近くに転がっていたビッグアントの死体を飲み込んだ。
「???」
一体何をしているんだ?
何がしたいんだ?
「くくく、魔法少女ホープよ、お前の力で試させて貰おうか」
何がしたいのか分からないが、どうやら俺にとってはマズイ展開へと進行してるようだ。
オニックスが不敵にニヤリと笑った。
「出でよ! イクリプス!」
──ズオオオオオオオオオッ──
「!?」
オニックスの声に呼応するかのように、球体の黒い影が急速に膨れ上がって巨大化し、生き物のようにうねって形を変えていく。
──ドオオンッ──
「うっ!」
小さな爆発が巻き起こり、俺は思わず目を瞑った。
「っ……一体何を……」
目を開けてみると、目の前に薄い靄のような煙が漂っていた。
──ズズズズッ……──
そして、その靄の中で何かが蠢いていた。
巨大な何かが動いている。
「? なんだ?」
その疑問に答えるように、風が吹いて視界をクリアにし、その正体を明かした。
『ゴオオオオオオオオオッッ』
「なあっ!!? 」
目の前に現れたのは蟻。それもただの蟻じゃない。
ドラゴンくらいはありそうな巨体を持つ化物蟻だ。
そう、ビッグアントをスーパーウルトラマキシマムビッグアントとも呼べる代物にしたような、超大型種とも言える奴だ。
大きさだけではなく、ところどころ形も異なる。
ビッグアントは蟻を中型犬サイズに大きくしたような、単なるサイズアップのモンスターだった。
だが、今目の前に居るのは少し違う。基本的な形は蟻っぽいが、顎の牙の数が6本になってるし、脚が増えて8本くらいになって、前肢がカマキリのような鎌形の物になっている。
そして、胸元に先ほどの黒い球体のような物が嵌め込まれているのが最大の特徴だろう。
「こ、これは?!」
どこから現れたんだ?
「くくく、これは俺も驚きだ。まさかこんな召喚獣を産み出せるとはな」
「召喚獣?!」
そうか。こいつはさっきの黒い球体から産み出された化物か。
まさか、本物の魔獣召喚にお目にかかるとは。くそ、異世界ファンタジーの定番ネタを敵側が使って化け物を産み出し、それを俺が相手する事になるとはな。
「さあっ、やれイクリプスよ! お前の力を俺に見せてみろ!」
『ゴオオオオオッッ』
オニックスの命令によって雄叫びを上げる化物こと、イクリプスなる者。
それが鎌のような脚を振り上げて、俺にめがけて真っ直ぐ振り下ろしてきた。
「うわあっ!?」
かなりのスピードだ。
その攻撃を躱すと
──ズガアンッ──
俺が今まで立っていた地面が大きく抉れ、周囲にピシピシとヒビが入った。
「いいっ?!」
とんでもねえ破壊力だ。
「逃がすな! やれ!」
『ゴオオッ』
イクリプスがギロリと、生気の無い瞳をこちらに向ける。
──ズアッ──
「?! しまっ……!」
もう片方の脚が飛んでくる。避け方が悪かった。俺は空中で無防備になっている。
道路標識くらいはありそうな鉈が迫る。
──ズガアッ──
「うわあっ!!」
巨大な衝撃が鳩尾あたりに走り、体がポーンっと飛ばされた。
──バッキィッ──
「ぐえっ!?」
ぶっ太い木にぶつかる。木がミシっという音を立てて、細かい木クズをパラパラと頭に落としてきた。
「いっててて……」
腹も背中もジンジンしてちょっと痛い。木の幹が痛々しく割れて中身が飛び出ていた。かなりの勢いで当たっちまったようだ。
「ぐう、ドラゴンよりもつええな」
『ゴアッ』
巨体からは想像も出来ないスピードで追撃を仕掛けてくる化け蟻。
再び風を切り裂いて振り下ろされる攻撃。
「うっ!」
──ズバンッ──
すぐ後ろの木が簡単に真っ二つになる。
「うええっ?! マジで即死技じゃねえか?!」
この姿じゃなかったら、さっきの一撃で俺は空中分解していただろう。
──ブウンッ──
「くっ!」
『ゴオッ』
一つを避けたらもう一つが来るのは予測済みだ。
今度はちゃんと迎撃態勢をとって、その死神の鎌のような脚を迎え撃つ。
「しゃあっ!」
──バキッ──
正拳突きを繰り出すと、拳に少し痛みが走った。
『オオオッ』
死の脚が跳ね上がり、相手の巨体がグラリと傾いた。
「せいっやあっ!」
がら空きになった下腹部を蹴り上げる。
イクリプスの巨体がドンっと跳ね上がった。
「おっりゃあ!」
そこへ腰の捻りを加えた右ストレートをお見舞いする。最初にドラゴンを倒した時と同じ、渾身の一撃。俺の無名なる必殺技だ。
──バッコオオオンッッ──
『ゴアオオオオオオッッ』
イクリプスの巨体が地面を抉りながら吹き飛んでいく。
──ズウンッ──
そして、さっき最初に対峙した辺りに地響きを立てながら、化け蟻はひっくり返った。
「ふっ!」
跳躍し、その後を追う。
地面に倒れたイクリプスを見てオニックスが驚きと怒りを交えた顔をして怒鳴る。
「ええいっ! 何をしている! 貴様は自然界には存在しない強大な力を持った召喚獣だろう!? 魔法少女ごとき叩き潰せ!」
『グオオッ……』
「うっ!?」
今度はこっちが驚く番になった。
今の一撃は間違いなく、俺の最強技だ。にも関わらず、イクリプスはまだ生きており、緩慢ながらも起き上がってきた。
「今ので立ち上がるなんて……」
「ふんっ! やれ! 勝負はまだまだだ!」
『ゴオオオオオッ』
地を震わせるような、恐ろしい咆哮が辺りに響き渡っていった。
お疲れ様です。次話に続きます。




