43話──別視点⑥〈助けてくれたのは……〉
市場の側の森の中で、妖しく光輝く水晶を見つめる巨大な影。
そう、帝国軍四天王オニックスである。
「ふん。作動は問題なし。しかし、ここは確かに交通の関所ではあるが、落とすほどか?」
『そこは東地域への物資輸送ルート、あるいは北から王都への物資輸送ルートでもある。落としておけば敵の行軍を遅れさせられる。それに、それよりもその位置で水晶が作動するかどうかが問題なのだ』
通信用のアミュレットから声が応える。
『王城は物理だけではなく、魔法による攻撃に対しても大がかりな術式を構築して防御している。王城を含んだ王都内では我々の使う魔法の多くが正常に作動しない』
よって──
『我らの切り札であるレイド・ストーンも王都では正常に作動しない可能性がある。しかし、王都の防御魔法はその周辺にも効果を及ぼしているため、お前の実験による範囲測定が──』
「ええいっ!! まどろっこしい! 要点を言え、要点を! 細かい事など頭に入らんわ!」
『……つまり、お前が作動実験を行っている場所で水晶が機能すれば、王都内でも使える可能性が高い』
「ほう。それは朗報だ。王都さえ落としてしまえば戦争は自ずと終わりだ」
『そういう事だ。あくまで我らの目的はこの戦争の終結だ。今回の戦いは一方的な侵略を受けての抗戦。あくまで防衛。その諸悪の根源であるアルメ王女と周囲の首脳陣の捕獲、もしくは抹殺が目的であり、王国その物を滅ぼそうって訳ではないからな。短期決戦で無駄に血を流さない方が良い』
「ふん……」
オニックスは手の中の水晶を日の光に透かしてみた。
「しかし、よくこんな物が作れたな。あのチビも大したものだ」
『いや、コリエの能力はもちろん素晴らしいが、その水晶の作成には“あの男”が関わっている』
「あいつか」
オニックスは苦虫を潰したような顔をした。
「どうもあの男は好かん。陰気で何を考えているか分からん」
『同意見だが、彼の協力によるところは大きい』
アミュレットの向こうで物音がする。
『俺は少し席を外す。お前もほどほどに引き上げてくれ。そうそう、もう一つの力の機能も試すのを忘れるな』
「言われるまでもない」
アミュレットから発せられる魔法の光が消え、声も途絶えた。
オニックスはそれを懐に仕舞うと、近くを行進していくモンスターの群れを見やって鼻を鳴らした。
「ふん。こんな雑魚どもと、相手の雑魚どもをぶつけ合う戦など……」
どうせなら最前線で勇者と命を賭した戦いがしたい。それがオニックスの望みであった。
「……どれ」
おもむろに巨体を揺らして歩き出すオニックス。
モンスター達が流れる方向、市場へと向かう。
「うおおお!!」
『ギャギイッ』
市場と森の境目に当たる地点。
そこでは数人の兵士と冒険者らがモンスター相手に必死の抗戦をしていた。市場への流入を防ぐためだ。
次から次へと涌いてくるモンスターらを、少ない人数でなんとか食い止める。
しかし、数の差は戦況に直結した。
段々とモンスター達が押し始める。
「くそ! 援軍はまだか?!」
「もうこちらに向かってきているはずだ!」
「退け! 後退しながら戦え!」
襲ってきているのはいわゆる下級モンスター達であったが、対処出来るだけの戦力が存在していなかった。
「くっ、負傷者から運べ!」
すでに数人の死傷者を出している兵士達。
深傷を負った者が支えられながら運ばれていく。
「くそっ! 誰かっ、誰かヒール出来る者は居るか?!」
「私がやります!」
そんな戦場に、相応しくない少女の声が響いた。
怪我した兵士の元へ滑り込むようにして現れた冒険者の少女。
「待ってて下さいね! すぐに癒しますっ……」
その少女、アイリが魔法の杖を持って祈りの呪文を唱える。
淡い光が滲み、胸を大きく裂かれた兵士の傷が治ってゆく。
「うぅ、う、痛みが、引いていく……」
「おおっ、助かる! 君は冒険者か?!」
「はいっ! 後方支援タイプです!」
「他の冒険者も応戦してくれているっ。助けてもらえないだろうか?!」
「もちろん!」
アイリは杖を構え、迫りくるモンスター軍団を見据えた。
(多いっ……! でも、上級モンスターは居ない! これなら……!)
アイリの中に闘志が湧く。
(ノゾムさんやハトエルちゃんが少しでも遠くへ安全に逃げられるよう、ここで踏ん張らなきゃ!)
「あ、あわわっ、あ、あんなにモンスターが!?」
「っ!?」
戦闘態勢に入っていたアイリの耳に、聞き覚えのある声がした。
振り向くと、露店の一つで大きな袋を引きずり出している少女の姿があった。
(!! あの子はっ?!)
それは少し前に望に小麦粉をかけてしまったあの少女であった。
「んーっ!! くうっ! お、重いっ……で、でも、3000リルクの借金もあるし、せめてこの最後の袋だけはっ……」
その少女のすぐ側にまでビッグアントが迫っていた。少女は気づいてない。
「!! 危ないっ!!」
「へ?」
気がついた時には、凶悪な顎がカッと開いていた。
「えっ?! きゃああ!?」
アントの牙が少女の脇腹に突き刺さる。
「駄目ええ!!」
アイリが走りながら魔法を発動させる。
風の刃が飛び、アントを切り裂く。
それと同時に、少女が倒れる。
「そんなっ……!」
慌てて駆け寄ったアイリが抱き起こすと、少女は苦痛に呻いた。
「う、あ、うぅ……」
「今、治すね……!」
攻撃された腹部から多量に出血していた。
アイリはその少女を抱きしめるようにして癒しの呪文を唱え続けた。
(傷が深い……! 完全に塞がるまでヒールを続けなくちゃ……!)
「う、うぅ、う……」
「しっかり! もうすぐ治るからね!」
『ジュルル』
「!」
集中ヒールで動けないアイリ。
そんなアイリに、迫る影があった。
スライム。最下級モンスターの一体。
しかし、そのゼリー質の全身を使って獲物に絡みつき、溶解液と毒をすり込む攻撃は長く受ければ人間でも容易に命を落とす。
「くっ!」
「うぅ……」
アイリは逃げようとはしなかった。
『ジュルル』
飛びかかるスライム。
アイリはぐっと歯を食い縛った。
「駄目ですー!!」
「っ?!」
そこへ、小さな影が弾丸のように飛んできて、スライムの前に立ちはだかった。
『ジュルルッ』
「ホーリーバリアー!」
それはハトエルであった。
ハトエルの声と共に、アイリ達を覆うように光の幕が生成された。
『ジュルッ』
スライムの体は光の防壁に阻まれ、大きく振動しながら弾き飛ばされた。
「ハ、ハトエルちゃん?!」
「アイリさんっ、助けに来ました! 大丈夫ですか?!」
「う、うん。ありがとう。でも、今のって……」
周囲に滲む聖なる光。それが光魔法である事に、アイリはすぐに気がついた。
聖なる光の魔法は努力や訓練で会得出来ない稀な物。才能のある選ばれた聖女や賢者、そして天使だけが使用出来る。
その事を、アイリは知っていた。
「っ?! その子はっ……」
アイリの胸の中でぐったりする少女に気づいたハトエルが悲痛な表情を浮かべる。
「怪我をしてるんですか?!」
「う、うん。けっこう傷が深いの。だから今ヒールしてて……」
『ブモオッ』
『ジュルルルル』
『ギギッ』
「「!!」」
ゆっくり話す時間は二人にはなかった。
既に突破され始めた防衛線から漏れたモンスター達が三人の元へ忍び寄って来ていた。
「うっ?! もうこんなに!?」
モンスターらが狂暴な敵意を撒き散らしながら飛びかかる。
『ブモオッ』
『ギイッ』
『ジュルルッ』
光の防壁はその攻撃を防いでいたが、それを支えるハトエルの表情に焦りの色が浮かび始める。
「ううっ、長くはもたない! アイリさん、ヒールはあとどのくらいで終わりますか?!」
「も、もう少しっ……」
『ブモオッ』
巨大な牙を持つイノシシに似たモンスターが再度突進する。
ハトエルが表情を歪める。
「ううっ、うっ……」
「ハトエルちゃん!」
「あ……ぅ……」
(どうしよう?! ハトエルちゃんはもう限界が近い! この子の回復にはもう少し時間が……)
暗い焦燥がアイリの心に巣くい始めた時であった。
「おっりゃああああああ!」
「!!」
雄叫びと共に何者かが横から飛び込んできた。その人物がイノシシモンスターの首に剣を突き刺す。
モンスターは唸るような声を上げて呆気なく絶命した。
「ノゾムさん!!」
「!! 望さんっ! やっぱり……!」
「たくっ! なんでお前らは面倒事ばっか呼び込むんだよ!」
剣を引き抜いて、二人を守るように立ちはだかったのは、何時ものように不機嫌そうな表情を浮かべる望であった。




