41話──気を取り直してクエスト
天よ感謝するぜ。
あの憎たらしい轢き逃げ犯を時効前に捕まえる事が出来たんだからな。
「くっくっく。また小麦粉ぶっかけてくれやがって。俺のことエビフライか何かにしてえのか?」
「あ、あわわ、あばば、あわあわわ……」
今にも卒倒しそうなくらいに顔を真っ青にして半泣きで震える少女。
さあ、償いの時だ。
「おらあっ! 有り金全部出しなあ! しめて2万リルクだ! 払えねんなら身ぐるみ剥がして売り飛ばすぞ!」
「ひ、ひええ~! ご、後生ですから、それだけはもう勘弁して下さいっ、わっちは花街には戻れないんでやんす!」
「うるせえっ! 知ったこと……あん? 戻れない?」
妙な事を口走ったな。まるで遊郭にでも居たかのような……。
「ノゾムさん」
小麦粉少女を拘束していた俺の手を、アイリの柔らかな手がやんわりとほどいた。
「わざとではないんですし、そんなに怒っては可哀想ですよ」
「おいおい。一日の内に同一人物から二回も全身小麦粉まみれにされたのにワザとじゃないだって?」
「ま、まあ。運は悪かったとは思いますが……」
「運じゃねえ! こいつが悪いんだ!」
「ひょええ~!」
もう一度小麦粉女の肩を掴む。
「姉ちゃんよお、俺はお前のせいで町の晒し者にされたのよお。んでもってその後は全身に付いた小麦粉のせいで鼠どもにパンケーキと勘違いされて服を穴だらけにされたんだぜえ? しかも白い粉だらけなもんだから女騎士には薬の売人だと勘違いされて切りつけられたりもした。被害総額は天文学的だあ。さあ、どう落とし前つけてくれんだ、ああん?」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! わっちが悪かったでざんす! 時間かけてでも償いますんで、どうかご慈悲を~!」
「そうか、償うか。なら~……」
どんな要求をしてやるか。
とりあえず2万リルクくらいの借金をローン返済してもらうのでもいいな。
それか今持ってる有り金全部巻き上げて、足りない分はご奉仕だ。
俺の専属のメイドになってもらう。もちろんスカート丈は膝上30センチ。胸元は観音開き仕様、袖はオフショルダー、脇を露出。
飯や掃除、洗濯、それに疲れた俺を癒すオイルマッサージに膝枕と添い寝は欠かせない。お風呂での背中流しも当然だ。
今さらだが、こいつ、なかなかの上玉だぞ。金なんかより専属メイドの方がお得だ。
よし。今回は俺が満足するまでご奉仕コースで手を打ってやろう。
「なら、姉ちゃんよ。お前さんには俺の専属メイドとして働いてもら──もがあっ!?」
いいところで、何者かによって口ん中に綿飴を突っ込まれた。
そして、鳩尾に入る重い衝撃。
──ズドッ──
「ごっふう!?」
──ドサッ──
「もうっ! いくら相手に非があるとは言え、弱みに漬け込んでやりたい放題過ぎですっ!」
「な、なにしやがるっ……このクソガキ~……」
やはり俺に見当違いな天罰を与えたのはハトエルだった。仰向けに倒れた俺の上に跨がってる。エロガキめ。
「こんな目にあわされて許せって言うのかよ」
「当たり前です! いいですか、貴方は──」
ハトエルが耳元に口を寄せて小声になる。
「この世界を救うために現れた魔法少女なんですよ? それなのにギャングみたいな事してはいけません」
「俺が何しようと俺の勝手だ」
大体、その救おうとしてる世界の奴らがちっとも俺に美味しい思いをさせてくれねえ。
「ともかくっ」
「わわっ!」
ハトエルをどかして、まだ震える小麦粉少女を見下ろす。
「当然、タダって訳にはいかないよなあ?!」
「は、はいぃっ! わかってやす、わかってやす! お金の方は今月中に何とか工面しますんで、どうか、どうかご慈悲を~!」
命乞いする勢いの少女。その哀れな姿勢から苦労人なんだなと思った。
「よーし。なら、3000リルクだ。それで綺麗サッパリ許してやる」
「わ、分かりました。なんとか工面しやす」
「パパっ! そんな意地悪しないで許してあげましょうよ!」
「ノゾムさん、何もそんなに要求しなくても……」
なんだなんだ、どいつもこいつも。まるで俺の方が悪いみたいな言い方しやがって。
「ちっ! あー、気分わりい! とっととクエスト行くぞ!」
「まーた、パパがヘソ曲げてるー」
「うるせえ!」
申し訳なさそうに頭を下げ続けている少女を後に、俺らは市場から離れ街道へと出た。
市場の喧騒や屋台の香りも届かなくなった頃には、静かな風の音や葉の擦れ合う音などの自然の囁きが聞こえ始めた。そんな穏やかな街道だった。
依頼書によると、モンスターはこの街道によく現れるらしい。
「最近変な事件が多いんです。この前のサンセットレイクの事件もそうです。モンスターらが奇妙な行動をとるようになって」
歩きながらアイリがそんな事を話す。
「王都周辺の村や、地方都市などで同様の異変が多く起きてるそうです。帝国軍の仕業かと考えられていますが、大量のモンスターを使役するためには多くの魔道士の力が必要となり、その魔力は王国の魔術師らによって感知されてしまいます」
しかし、大がかりな集団の行動の痕跡は見られず、帝国軍の仕業だという証拠はない。
「だから、モンスター達の生態が変わってるんじゃないかと言われてるんです」
「ふーん。けどよ、この間の化け蟹どもの襲撃は生態うんぬんじゃ説明出来ねえんじゃねえの?」
「そうなんですよね。分からない事だらけです。なんであんな事が起こったのか。それに──」
何かを思いだしたのか、ふと空を見上げるアイリ。
「どうしてホープは私の名前を知ってたのかな」
「えっ?」
「あ、すみません」
苦笑するアイリ。
「私、あの時魔法少女に助けられたんですけど、なぜか私の名前を知っていたんです。それがなんでなんだろうなーって」
「な、なんでだろうなー? 当てずっぽうで言ったのがたまたま正解だったんじゃないのか?」
いけねえ、いけねえ。
そういや普通に名前呼んじまったよ。
アイリはどこか遠くを見るような目をして言った。
「ティアラ・ホープ……。また会えるかな」
「どうだろうな」
会ってるよ。何度も。なんなら横に居るぜ。
「あ、いけない、いけない。クエストに集中しないと。ノゾムさん、ここら辺がモンスターの目撃情報の多いエリアになります。気を引き締めて行きましょう」
「おう。背中は任せるぜアミーゴ」
「ふふ、頑張りますね」
「ハトエル、お前もアイリと一緒に支援しろ」
「お任せあれ!」
街道は、右手のなだらかな丘、左手のちょっとした林に挟まれたもので、ポツポツと目印のポールのような物が立てられている。
「この道を行くとどこに続くんだ?」
「海に着くと聞きました。それで、海沿いをさらに東南へ行くと東方だそうです」
「東方?」
「私達のサンライズ王国周辺を中央と呼び、東側を東方と言うんです。地形の関係で気候や土壌が大きく異なり、交易路が確立されたのも最近なので文化も風習も大きく異なる場所だそうです」
「へー。そうか」
「あっ!」
と、そこで。何気ない会話の途中でハトエルがいきなり声を上げた。
「なんだよ、またもよおしたのか? ほら、そこら辺で適当にしてこい」
「だから、違います! モンスターです! 近くに何体か居ます!」
「なに?!」
「ハトエルちゃん、後ろに!」
流石にアイリの動きは早かった。
俺の後ろにさっと下がり、杖を構えて何やらブツブツと呪文を唱え始めた。
「剛力よ、宿れ。ウォークライ!」
光の靄のような物が俺の体を包み込む。すると、途端にエネルギッシュなパワーが体の底から湧いてきた。
「お、おおっ! なんだか力が出てきたぞ!」
「身体強化魔法ですっ、ノゾムさん、左から来ます!」
「おっ?!」
アイリの予言通り、左手の茂みがガサガサと揺れて、中から中型犬サイズのでけえ蟻みたいなのが現れた。
「あー、一度見た事あるな?」
確か最初の大森林で遭遇したモンスター軍団に居たな。
「ビッグアントです! 特別な能力はありませんが、牙の力は危険です! 噛みつかれる前に倒してください!」
「おうよ、任せとけ! 今の俺は筋肉モリモリマッチョメンだぜ!」
体から漲るパワーがすげえぜ! これならいける!
『ガチガチガチ』
顎を鳴らして突進してくるでか蟻。
俺も剣を構え、一気に振り抜く。
「しゃっ!」
──ズバッ──
『ギッ……』
ビッグアントなるモンスターの頭部が縦に割れ、そのまま転倒するようにして地面に転がった。
「おおっ! すげえ、一撃だ!」
「油断しないでっ。アントは大抵集団で行動しています!」
──ガサガサガサガサッ──
その忠告通り、そこらの茂みから続々とビッグアントが現れ始めた。
お疲れ様です。次話に続きます。




