40話──ここであったが半日目
腹も満ち、傷も癒えた俺らはそのままアイリをリーダーとしたパーティーを組んで午後のクエストに挑む事にした。
東門に赴き、そこで次の定期便を待つ。
「モーニング市場は馬車で20分かそのくらいで着きます。便の数も多いので、この間のサンセットレイクみたいに帰れなくなることもないでしょう」
「そうか。行った事あんのか?」
「はい。あそこも薬草が採れたりしますし、弱めのモンスター討伐依頼が多いので」
「アイリさんが一緒なんて心強いです! リーダー、今日はよろしくお願いしますっ」
「あはは、ありがとうハトエルちゃん」
それにしても、アイリの実力はどんなもんなのだろう。
まあ、よくある異世界美少女のチート級の実力ではないだろうが。
だが、俺よりは出来るやつだろう。
「あれ? 何だろう、あれ」
と、そこでアイリが何かを見つけたようだ。
「どうした?」
「いえ。あそこの道、なんか真っ白になっているんで」
そう言って示す方には小麦粉爆発現場があった。
「あれ? もしかして……あれってさっき話していた不慮の事故の現場じゃ……」
「その通りだ。実はコナカケトウソウムスメってモンスターに襲われてな。俺の一撃によってなんとか追い払ったが、ハトエルの奴が足を引っ張ったせいで粉だらけにされた」
「何一つあってなーい! 違うんですアイリさんっ、パパったらわざとぶつかった訳でもない女の子にお金を払えって脅したんですよ!」
「ノ、ノゾムさん……」
悲しげな目を向けられた。他の奴はともかく、この子にこんな目をされるとくるものがある。
いや、だが。これはこれで……。
少ししたら定期便馬車が来て、俺らは三人で乗り込んだ。他に客は居なかった。
「市場まで時間がありますね。アイリさん。私、この間の魔法少女伝説をまた聞きたいです」
「またかよ。もういいって、十分伝わったぜ」
「もちろん! 何度でも、いくらでも教えてあげるね!」
くそ。このポンコツ天使め、余計な事を言いやがって。オタクに話題を振ると聞いてもねえ事まで話し出して止まらなくなるのは常識だぞ。
「私っ、魔法少女が使う魔法について知りたいですっ。どんな魔法を使うんですか?」
ハトエルがそう聞くと、アイリは楽しそうにうーん、と迷った。
「絵本や文献によって異なるし、魔法少女の使う魔法はたくさんあるから一口には言えないかなあ。でも、どの書物にも共通してるのは“浄化魔法”だね」
「浄化魔法?」
気になる単語が出てきた。
「その浄化魔法ってのは何なんだ?」
「えっと、その名前の通りです。不浄なものや、悪しき心を浄化し、傷ついた人の心を癒して魂を救う魔法です。かつての魔法少女も、その魔法によって“強大なる悪意”を浄化したと伝えられてます」
またもや奇妙なワードが出てきた。強大な悪意?
「その強大な悪意ってのはなんだ?」
「私も気になります!」
「それじゃあ、もう少し詳しい魔法少女のお話をしましょうか」
そう言ってアイリはまた昔語りを始めた。
「むかし、昔。この世に底知れない悪意の化身が降り立ち、ある国の王様に取り憑いてしまいました。取り憑かれた王様は強大な力を宿し、自分の国の戦士達を悪しき兵団にして、たくさんの国を侵略しました」
この間聞いた時よりさらに詳しい話だ。
そこへ天使が降臨して、変身出来る宝具を選ばれし少女に授けた。魔法少女だ。
魔法少女は天下無双の力を持ってその国王と戦い、取り憑いていた悪意の化身を引きずり出して決戦に挑んだ。
その引きずり出された“悪意”なるものを倒したのが、さっき聞いた浄化魔法だそうだ。
「その強大な悪意って何なんだ? もしかして、今この国を襲ってる魔王か?」
「いえ、そうではないと思います。魔族……トワールの民がいくら長生きと言っても、伝説の時代は今より800年近くも前の事です。そこまで生きてられるのは限られた精霊族だけです」
「ふーん。その時代にも魔王みたいな奴が居たって事なのかねえ」
「実はよく分かっていないんです。その強大な悪意に関する文献はほとんど無くて……」
「ふーん……」
ま。今の時代には居なくて良かったってとこかね。
「魔法少女はついに強大な悪意を討ち滅ぼし、世界に平和と光を取り戻したのです」
その魔法少女は『ティアライズ』と呼ばれ、その後ずっと語り継がれたそうだ。
「なるほど。ティアライズか」
だから俺の名前もティアラと付くのかね。
「よー、どうどうー。お嬢ちゃん達ー、着いたぞー」
と、アイリの魔法少女講座を受けていたら目的の場所に着いたようだ。
「さ、降りましょう」
森や平原の間に挟まれたような川辺。真っ青な空を天井にして、吹き渡る風をドアにした、自然の中の商店街。
それがモーニング市場を一言で表した姿だ。
市場。と言うよりは、屋外イベントの会場とか縁日のような賑わい。まるで緑豊かなキャンプ場に思い思いの屋台を乱立させたような感じだ。
「安いよ、安いよー! 東方から取り寄せた調味料だー! ここでしか手に入らないよー!」
「法国直輸入のポーションだ! 死人だって甦るって噂だー! ホントさ、ウチの婆ちゃんだってこれ飲んで棺から起きたんだから!」
「冒険者のみんなー! 隣のプラネッタ国で打たれた業物の剣だ! 今なら特別価格1万リルク!」
「産地直送の野菜だー! 今日買わないと明日も明後日も後悔! さあ、今だけ並びなー!」
叫びながら客を呼び込むシーンなんて創作物の中だけだと思っていたが、まさかこんなうるせえ市場が本当にあるとは。まあ、異世界だが。
「すげけな」
「いつもこんな賑わいなんです」
なんかごちゃごちゃしてるが、珍しい物をたくさん売っているようだ。
本来なら俺も異世界ショッピングを楽しみたいところなんだが、今は金が無い。
「わーっ、なんか美味しそうな野菜が売ってるー。あっ、あれってわたあめ?! おっきいわたあめ! 見て見てのぞ、パパ! あのわたあめ凄く美味しそう!」
「そうだな」
「美味しそ~!」
「そうだな~」
「食べたいなー」
「そうだなー」
「買って!」
「やだっ!」
「ケチ!」
余計な事で散財なんか出来るか。
なんて思っていると、アイリがその屋台に行ってわたあめを二つ買ってきたではないか。
「はい、ハトエルちゃん、ノゾムさん」
「わ~っ! いいんですか?!」
「うん。はい、ノゾムさんも」
「お、おう。けど、いいのか? こいつは甘やかすと図に乗るタイプだぞ?」
「貴方だけには言われたくない!」
あはは、と笑うアイリ。
「二人を見てると元気が出るんです。なんか仲良くて、ああ、いいな~って。だから、父娘で楽しめるようにって思って」
こんなお人好しだと将来生きていけなくなるぞ。まあ、別に俺には関係ねえけど。
「そうか。なら──ほい」
「え?」
かなりでかい綿飴だったので、半分千切ってアイリに差し出す。こんなガキっぽいもん食いきれん。
「私に?」
「元々お前の物だろ」
「そんな、気にしなくていいんですよ」
「いいから、ほれ」
アイリは少し不思議そうに俺を見ながら受け取った。
「ん? なんだよ」
「いえ。ノゾムさんって、なんて言うか……少し変わってるなあって」
「そうか?」
「うぅ、パパが善行をしてるなら、私が見習わない訳にもいきませんね」
横で食ってたハトエルが名残惜しそうに半分ほどをアイリに差し出す。
「アイリさん、口つけた所は千切ってあります。だからこれどうぞ」
「いいんだよハトエルちゃん。せっかく買ったんだから、ハトエルちゃんが食べて」
「で、でも。パパが良い事をしているのに、私だけが欲望を満たすのは……」
「そうか、要らねえのか。なら、あ~ん!」
──バクッ──
「ああ~?! 私のわたあめが~!?」
「あむあむ、う~ん。ハトエルからぶん取った物だと思うと格別にうめえな~」
「えーんっ! ひどいや、ひどいやー!」
──ポコポコポコッ──
「いてて。ほれ、俺のやるから怒んなって」
「ほんと?! わーいっ!」
ガキは単純だな。
いや、こいつが単細胞なだけか。
「ふふふ」
ほっぺを綿だらけにして食べるハトエルをアイリは優しく微笑んで見ていた。
「良かったねハトエルちゃん。優しいお父さんで」
「え……あ、はいっ。う、うん。そ、そうですね……」
「おい、なんだよその歯切れの悪さはよ」
綿飴返しやがれ。
そんな平和なやり取りをしていた時だった。
『あっ、わ、わわわっ!』
「あん?」
なんだか聞き覚えのある声がしたと思って振り返ると、砂袋のような物が目の前一杯になった。
あれ? デジャブかな?
なんて思っていたら──
──ドフンッ──
「ぬはあっ?!」
「わー!?」
「わあっ?!」
「ああっ! ま、また、やっちゃった……!」
頭の上からドサーっと流れてくる砂。いや、砂じゃない。
舞い上がる白い煙。いや、煙じゃない。
粉だ。
白い粉。
そう、小麦粉だ。
小麦粉粉塵の向こうから影がすぐ目の前に寄ってくる。
「あわわっ! ご、ごめんなさいっ! わっち、ちょっと足下がふらつい……て……?」
「よ~お~う。まーた、会ったなあ~?」
「へ?………………!!? あ、ああっ!?」
──ガシッ──
しっかりと、その相手の両肩を掴まえる。
「まさかまた会えるとはなあ? しかも全く同じシチュエーションで~。これって運命かなあ?」
「あ、あわ、あわばば……」
そう、俺にぶつかって小麦粉をぶっかけてきた人物。
それは、午前に当たってきて轢き逃げのごとく消えたあの少女であった。
お疲れ様です。次話に続きます。




