38話──通り魔女騎士
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……し、死ぬかと……ふ、震えが止まらないぜ……」
「うぅ~、お洋服がボロボロ~」
なんとか最初のセーブポイントこと、地下階段の入り口まで逃げ伸びた俺とハトエル。
互いにあちこち服が千切れ、チクチクと小さな噛み傷だらけだ。ちなみに、俺は全身びしょ濡れのトリプルコンボ。
話せば長くなるが──俺らは筆舌に尽くしがたい死闘を繰り広げてきた。
記念撮影に来襲してきたベンラットの大軍勢。それを迎え打つ俺。
テンパった勢いでカメラを水に落とした馬鹿天使ことハトエル。
泣きじゃくるアホハトポッポのカメラを回収するために水ん中に飛び込み、そこで足を水に取られながらの応戦。
ハトエルのホーリーバリアーでなんとか凌ぎつつ、数十体を倒したまではいいが、そこでハトエルのMPが尽きてしまい(腹が減ったとかいう理由で)盾を失くした俺らは敵の濁流に飲まれた。
あちこち噛られまくれ、脛や膝に飛んでくるタックルに俺らはボコボコにされ、命からがらほうほうの体で逃げ帰ってきたのだ。
「く、くそ~。お前がカメラなんか落とすからこんな事になるんだぞ~!」
「そんな事言ったって~。うぅ~。あちこちヒリヒリするよ~」
「と、ともかく、ヒールしてくれ」
「ヒ、ヒール~……」
いつもより弱々しい光がぼんやりと俺らを包んだが、傷はちょっと小さくなっただけで完治しなかった。
「うう、お腹が空いて力が出ない……」
「おい、さっさと治せって! ほら、これでも食って回復しろ」
激戦の中なんとか集めたラットの尻尾を差し出す。稼ぎは減るが仕方あるまい。ハトエル、ポテト感覚で何本かつまめ。
「ありがとうございます……って、食べられませんってー!!」
──バシィッ──
「ああーっ?!」
アホ天使ビンタによってせっかくの証拠品が床に散らばる。
「何しやがんだあっ! このクソボケ天使~!」
「うえぇーんっ! 踏んだり蹴ったり~!!」
ほっぺが赤くなるまでグニグニの刑に処してやった。
「まあ、その。なんだ。ご苦労さん。よかったらまた来てくれよ。それだけ俺らの仕事が減るからさ」
「ああ……」
「しくしく……」
気を遣ってくれる兵士に見送られ、俺はまだメソメソ泣いているハトエルと共にクエストフィールドを後にした。
「冒険者も楽じゃねえな……。おい、いつまで泣いてんだよ」
「ぐすっ……こんな可愛い天使のほっぺをお餅みたいにぐにょぐにょするなんて、望さんは弱いもの苛めアラサーDVマンですね」
腹パンして本物のDVを教えてやろうか?
「まあ、とりあえずなんとか30本くらいの尻尾は手に入った。600リルクくらいにはなるぞ」
「なら、わたあめ、わたあめ食べたいですっ」
「仕方ねえなあ。一個だけだぞ?」
「わーいっ」
やっとご機嫌の治ったハトエルと共に町へと戻る。
「今何時だ?」
この世界にも時計があるのは助かる。区切りの数は少し違うが、針の位置は大体同じなので時間感覚が狂わずに済む。
どうやら昼飯時のようだ。
「腹減ったな……」
「はい……」
俺らはボロボロなままギルド目指して通りを歩いた。
しかし、冒険者なら傷だらけでも珍しくないのか、みんな特に気にする事もなく通り過ぎていく。
「くっ、冷たい奴らだ。救世主様がこんな目にあっているのにシカトかよ」
「うぅ、いくら天使の翼とリングを隠しているとは言え、こんな可愛い女の子がボロボロなら一言声をかけてくれてもいいのに~。最近の人間の公徳心が問われますね」
この馬鹿はともかく、ドライな奴らだ。
こんな時にアイリみたいな奴が声掛けてくれりゃあなあ。
『そこの二人。服が白く汚れている君らだ』
「ん?」
歩いていたら、本当に誰かが声を掛けてきた。アイリでなかったが。
振り返ってみると、そこには一人の少女が立っていた。
「お、おおっ!?」
思わず声が漏れた。
そう、そこに居たのは、一言で言えば“女騎士”だった。
堅苦しそうなメタリックな鎧、腰に差したカッケエ剣、たなびく蒼いマント。
しかし、鎧がカバーしているのは主に胴体で、短いスカートにより、太ももという艶かしい部位の肌が露出した、『防御力落としてエッパラメーターにステ振りしました』というような絶妙な塩梅。
青みがかったシルバーの髪をポニテにキュッと結んで、凛々しく引き締まった表情。
氷の彫刻のように理知的で切れ長なソードのような目元、スッと纏まった顎。
背は高めで、鎧でハッキリしないがプロポーションもかなり良いようだ。
ザ・女騎士。しかも美形だ。ずいぶんと若い。十代半ばと言ったとこか。
「君達、何かあったのか? ずいぶんとボロボロのようだが」
「おおっ! ハトエル、見ろよ女騎士だ! 女騎士!」
「聞いた事あります! 確か、強いはずなのになぜかオークには勝てないという弱点属性があるジョブだとか!」
「よく知ってるな?!」
ていうか、どっからそんな情報仕入れたんだ?
だが、テンション上がるぜえ。なんで女騎士って戦うための装束なのにこんなエッチなんだろうな。
「うっ?! 貴様、なんだその視線は?!」
眩しい太ももと、ガードの固い胸元を思いっきりガン見していたら女騎士が警戒した。
「ものすごく嫌な感じがする!」
「気のせいだ。俺はただめちゃシコのイイ女をまずは視線でたっぷり愛撫していただけだ」
「何を言っているか全く理解出来ないが、とりあえず貴様が不埒で下品な人間だという事は理解出来た」
おいおい、初対面に対してずいぶん失礼な発言じゃないか。まったく、お里が知れるな。
「おいおい、騎士様よお。今日初めて会ったナイスガイに随分と失礼な事言ってくれんじゃねえかよ。もっと公務員としての節度を持ってもらいたいねえ。その胸筋を揉みほぐしてやろうか?」
「の、望さん。あの、相手のお姉さんが見るからに怒ってらっしゃるようですが……」
「んな事知るか。怒ったところで頭コンクリートの女騎士じゃ、俺様の弁舌には勝てまい」
「……そうか。そういう事か」
「ん?」
「え?」
女騎士がプルプルと震えている。
「最近、人里に魔族が侵入しているのではないかという噂があるが、今その疑惑が真実であると確信した」
「?」
何の話だ。
なんて首を捻っていたら、女騎士がクワッと目をかっ開らいた。
「貴様が魔族だなー?!」
「は、はあ?!」
訳のわからん事を叫んで剣をスラッと抜く女騎士。
「その妖しい目付き、見るからに心が腐り果ててそうな濁った瞳に、ふしだらな言葉! そして騎士である私への挑発! 貴様はシャドー帝国の隠密だな?!」
「おいおいいっ! 理論が飛躍しすぎじゃねえかい、騎士様よお?!」
「黙れえ! 成敗!」
──ジャキッ、スパーンッ──
「の、ノオオオオオオオオ?!」
腰にぶら下げていた、ベンラットの尻尾を詰めておいた袋が真っ二つになって地面にポトン。
「お、オデノっ、オデノほーしゅうがー?!」
「今のは警告だ! 次は、斬る!!」
「ちょちょちょっ、待てえい! 俺は人間だ! 見りゃ分かるだろ!?」
「分からん! 斬れば分かる! 悩んだらまずは斬る! それが私の哲学だ! 斬らせろ!」
「誰だよこいつに帯刀許可下ろした奴!」
一番刃物持たせちゃ駄目なタイプだろ。
「覚悟しろおぉ!」
「ひい~!?」
「あわわー! ま、待って下さい! こ、これ!」
斬りかかってきそうな女騎士の前にハトエルが滑り込んで、例の身分証を提示した。
「わ、私たちはこういう者でして!」
「ぬっ?…………·!? こ、これは王家公認のっ身分証!」
それを見た途端、女騎士は真っ青になって剣を落とした。
「わ、私とした事が、魔族と名誉市民を見間違えるとは……」
あの証書は名誉市民の証なのか。
いや、そんな事よりだ。
「おいおいおいっ、姉ちゃんよお!? どうしてくれんだあ? てめえの傷刃沙汰でこちとらチビってパンツが汚れちまったぜえ?!」
「あ、あの、その……申し訳ない……わ、私もついカッとなって……」
「んな事で俺のガラスハートが癒えるかよお?! 誠意ってのを見せて欲しいなぁ?! 」
「ど、どうしろと?」
「とりあえず、ここで脱いで貰おうかあ?」
「なっ?! こ、ここで?! こんな衆目の真ん中で脱衣しろと?!」
「そうだよ、早くしろやコラ」
「う、うぅ、しかし……」
「騎士が責任も取らないのかあ? あぁん?!」
「う、うぅ……」
半泣きになり、顔を真っ赤にして、震えながら鎧の留め金に指をかける女騎士。
マジで脱ぐのか?
お、おお、この背徳感!
──ドスッ──
「ごっほええ?!」
最高に高まってきたとこで、ハトエルヘッドスピンが俺のローボディに入った。
──ドサッ──
「ぐっへえ?!」
「女騎士さんっ、この人の言う事を聞いていたら際限がありません! さあっ、今の内に逃げて下さい!」
「し、しかし……」
「早く!」
「くっ、恩にきる、少女よ!」
女騎士が慌てて逃げていく後ろ姿を、悶絶しながら見送った。
お疲れ様です。次話に続きます。




