36話──日常、クエスト、時々こな
「ふぁ~あ……朝か……」
いやー、よく寝た。
「お、まだ外は明るいな。午前の白い日差しだ」
二度めの人生で健康的な起床を味わえるとは思っていなかった。夜更かしもしない、寝る前にスマホもPCもいじってないとこんなにも良質な睡眠がとれるんだな。
古びた掛け布団を払いのけ、ボロいベッドから下り、三歩で届くドアを開ける。
そこはまだ廃墟臭の抜けきらない俺らの居間だ。
「おはよーございまーすっ。望さん、ご飯出来てますよー」
「おう、ご苦労」
「もう、もっとちゃんとした感謝の言葉を求めます!」
そこで俺の飯を用意してくれるのはロリっ子天使。
黙ってれば本当に可愛いらしいロリに毎朝ご飯を作って貰えるんだから、俺もなかなかな生活を送ってるよな。
「今日はスープにパン、そして茹でたお芋とハムの盛り合わせです!」
ザ、庶民って感じの食事がまたいい。
「モグモグ、ふーむ。まあ、普通だな」
「もうっ、美味しいって言ってくださいよ!」
「俺は嘘が嫌いなんだ」
「その発言が嘘ですよね?!」
それにしても昨日は大変だったな。
まさか帝国軍の四天王とかいう奴とバチバチの戦闘をするとは思いもよらなかった。
結局、俺らは一旦湖に戻ってからまた王都へ帰ってきての行ったり来たりの慌ただしい一日だった。
アイリはちゃんと家に帰れたのだろうか。
またあの四天王とかいう奴とエンカウントしなければいいんだが。
というか、あんな奴があと三人居るんだよな? 他の三人はどんな奴だろうな。
大体、こういう四天王とかなんちゃら何人衆とかみたいなのって、最初の噛ませ犬がああいう脳筋マッチョとかデカブツなんだよな。
今頃、会議で『ふ。しょせん、オニックスは四天王最弱』とか言ってるんじゃねえのか?
あいつよりも強い奴がまだ居るのかもしれん。つうか魔王ってもっと強いんだよな?
魔法少女……思ったよりも大変な役割っぽいな。
「望さん。今日はどうしますか?」
サイズの合わないエプロンを揺らして皿を運ぶハトエルが聞いてきた。
「またクエストに行きますか?」
「そうだな。俺らは貧乏だし、働くしかない。夢のニート生活を実現するためにな」
「ニートになるために働くんですか?」
「当たり前だ。一刻も早くニートになるために今日も頑張って働くぞ」
「え、えっと。呆れるとこなのか、感心するとこなのか……」
身支度を済ませ、俺らは町に繰り出した。
「うーん」
「どうしました? 望さん」
「いや。なんつうのかな。せっかく異世界に来たのによ、町の中をゆっくり見物とかしてねえなって思ってよ」
「確かにそうですね」
まだ異世界の風情を味わってない。
もっとこの世界の文化を感じるような息遣いを体感してない。
「ま、観光はもっと金貯めてからにするか」
異世界にも大人のお風呂屋さんはあるのだろうか。ぐふふふ。
ギルドに到着し、掲示板のクエストを眺める。
「ふーむ。なかなか良いのが無いな」
「ならパパ、これでどうですか?」
ハトエルが指差すのは昨日と同じ薬草のクエスト。どうやら毎日発行されているようだ。しかも何枚もある。
「やっぱりそれにするかあ。ん?」
隅の方に適正レベル欄が空白、つまりルーキー向けの依頼書があるのが目に止まった。
「これは? なになに……ベンラットの討伐。一匹につき20リルク。討伐クエストか。しかし20リルクってのは少ねえな」
だが、気になる。期限なし、報酬付与は5匹から、場所は東側貯水場、上限5000リルクまでとなっている。
その依頼書を剥がして受付に見せる。
「ちょっと聞きたいんだが、このクエストにあるベンラットってどんな奴だ?」
「ご存知ありませんか?」
少し驚くような受付嬢。
「ベンラットは小型で、不衛生で劣悪な環境にも適応出来る鼠のようなモンスターです。他のモンスターと比べても環境適応力が高く、繁殖力もあるためどこにでも住み着きやすいです」
「ふむふむ」
「町を囲む城壁の外の東側に貯水、浄水施設があるのですが、そこは古い地下用水路になっておりまして、ベンラットが度々大量発生しております。それによる水質汚染や、天敵モンスター達の誘引を防ぐための討伐クエストです」
なるほど。要は鼠の駆除か。
「ベンラットって強いのか?」
「いえ。全てのモンスターの中でも最弱に分類されます。しかし、数が多くて集団との戦闘になる事も多いので十分に気をつけて対処しなければならない相手です」
雑魚モンスターの大量駆除か。これならいけそうだ。
「よし。これを受けたい」
「かしこまりました。こちらは王都支部発行のクエストになります。他の支部では取り扱っておりませんので報告はこちらでお願いいたします。なお、ベンラットの討伐数を確認するため、証明出来るように尻尾の提出をお願いいたします」
「分かった」
ハトエルと共にギルドを出る。
東側の貯水場と言っていたな。
「道わかんねえけど、こっちに真っ直ぐ行けばいいのか?」
「こっちの右側の道が南門への通りだったはずなので、多分そうです」
南門方面を参考に、東門へ続いてそうな道を行く。
職人の工房や、公衆の水場や竈、それに旅人用の厩や宿を横目に歩いていくと、大きな門が見えた。
「あそこですね」
「おう、そうだな」
馬車や人が出入りする巨大な門を潜り、門番に話しかける。
「なあ、ちょっと聞きたいんだが、東の貯水場ってどこにあるんだ?」
「貯水場はほら、あれだ」
門番は少し離れた所にあるレンガ造りの倉庫のような建物を指した。
「あそこがそうだ。冒険者か?」
俺の腕章を見て門番が言う。
「なら、ベンラットの討伐か。助かるよ。最近多くて困ってるんだ」
「おう、任せておけ。ねずみ算式に増えるならこっちはピタゴラスの定理的に駆除してやる」
「お、おお。言ってる意味は全然分からんが頼もしいな。頑張れよ」
戸惑うような門番から離れ、ハトエルと共に貯水場を眺める。
「行くぞ」
「はいっ」
『あっ、わっ、あわっ、あわわわっ?!』
「ん?」
誰かのテンパるような声がトトっ、トンッというステップ音と共に聞こえた。
振り向くと、目の前に巨大な袋がズオッと迫ってきた。
──ドフンッ──
「ぬぐあっはあ?!」
「わあー!?」
『あわわわっ?!』
次の瞬間には、顔面に砂袋が直撃した衝撃と、頭の上から同じく砂が土砂降りなるよう感覚。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲッホッ?!」
白い粉だ。砂じゃねえ。中学ん時に外倉庫で友人と遊んだグランドに線引くあの石灰の粉に似てる。
俺とハトエルは真っ白に粉まみれになっていた。
「ケッホ、ケホッ! こりゃ、なんだ?!」
「ごご、ごごごめんなさい!」
白い煙の向こうから、何者かの影が見えた。
「ほ、ホント申し訳ありません!」
そう言って謝ってきた相手の姿がやっと見えた。
少女だ。十代半ばくらいか。
なんだか目元にクマがあると言うか、全体的に悲壮感漂うような感じの顔だ。ただ、目鼻立ちは整ってるし、その幸薄さというか憂いを帯びたような目元とかは独特の色気のようなものがあって、けっこう可愛い。
和風と言うか、着物って言うか、ちょっとモダンな感じの服を着た変なファッション。
あれだ。大正ロマン的な雰囲気の。上が着物で、下が女学生スカート的なやつの。
ダークグリーンとも言える特徴的な黒髪をしていて、頭には中華帽子のような物を被っている。服は和風だが、ヘアスタイルは中華娘的な。
そんな少女だが、真っ青な顔で、空になった大きな麻袋のような物を震える手で持っていた。どうやらこの袋から出たのが俺にぶっかけられた粉らしい。
「ぶ、無事でやんすか?」
「無事なように見えるかーっ?!」
「わっひゃあ!?」
どこのどいつだか知らねえが、人様の頭に白い粉かけてくれやがって。
「おいおい、姉ちゃんよお?! どう責任とってくれんだあ? ああん?! お前のせいで俺のおニューの服が真っ白なタキシードに模様替えだぜー?!」
「ご、ごめんなさいっ! わっち、ちょっと余所見してて、そしたらつまづいて……」
ペコペコと頭を下げる少女。
こいつは素直そうな奴だ。
「んな事知るかよお?! オラオラあ、どう落とし前つけてくれんだあ? この服に代わる衣服代くらい貰わねえとなあ?!」
「あ、あわわ……今は手持ちこれだけしかなくて……」
財布を出して手の上に出す少女。
ざっと1000リルクあるか無いかくらいだ。
「これでどうでしょうか?」
「こんなんじゃ足りねえなあ?! 仕方ねえ、足りない分はお前の身体で……ごっふう!?」
いいところでハトエルヘッドアタックが鳩尾に入った。そのまま仰向けにぶっ倒れる。
「お嬢さんっ、今の内に逃げてください! この人は人の弱味にどんどんつけこむタイプです! 早く逃げて!」
「え、で、でも!」
「大丈夫です! さ、早く!」
「ご、ごめんなさ~い!」
俺の目には、パタパタと走って逃げ去る少女の姿が真っ逆さまに映っていた。
お疲れ様です。次話に続きます。




