35話──別視点⑤〈帝国の暗躍〉
シャドー帝国の隠密部隊の秘密拠点。
その渓谷に、恐ろしげな咆哮が響いていた。
「おのれええええ! ティアラ・ホープうぅ!!」
隕石のような拳が岩に落ち、砕け散った石の破片が周囲のテントやコンテナを傷つける。
「なんという屈辱だ! この俺が……四天王オニックス様が、あんなふざけた小娘に背中を見せるとは!」
「オ、オニックス様、落ち着いてください」
「怪我の手当てを……」
「手当てなど無用!」
雷鳴のように轟いた怒声に、部下達は蜘蛛の子を散らすように逃げた。
「くそ……魔法少女め……」
ドカリと岩に座るオニックス。その瞬間、腕や肩に電気が走るような痛みが生じた。
「ぐ、ぬうっ……」
あらゆる傷や打ち身などに効く万能回復ポーションを自分で浴びるようにかけていくオニックス。痛みが少し引く。
そして、まだ残っている傷などは包帯を巻いて処置した。痛みに顔は歪むが、意外にもその手際は良かった。
しかし、体の痛みは、少し前の屈辱的な記憶をその度に引き出させた。
「おのれえ、魔法少女め……」
『オニックス、帰還したか?』
そんな怒り心頭の彼を、さらに苛立たせる声が発せられた。四天王達が渡されている魔道具のアミュレットからであった。
特殊で高度な魔法によって作られた通信機のような代物。
『どうした。応答しろ、オニックス』
「また貴様かあ! うるさいぞ!」
『だ、だから耳が……拠点に帰還したか?』
「おう、したわ! 貴様の下らん指示のせいで不名誉な逃走を果たしてな!」
『そう怒るな。それより、戦闘中だったようだが、一体何と戦っていたのだ? まさか王国軍とやり合っていた訳じゃないだろうな?』
「ふん。そんな事はせん」
『そうか。それで安心した』
アミュレット越しに安堵のため息が聞こえた。
『今はまだ隠密作戦中だからな。四天王が王都近郊に潜伏していると分かったら不利になる。何と戦っていたかは知らないが、正体はバレてないだろうな?』
「名乗りもせずに猛者が戦うわけなかろう」
『は?! まさか名乗ったのか?! 顔は見られてないだろうな?!』
「顔を隠して戦うなど武人の恥だ」
『そういう問題ではない! な、なんて事してくれたんだ……これで作戦が台無しになったらどうするんだ!!』
「ふん! 俺は元々こうやってこそこそするやり方が気に食わんのだ! 失敗しても困らん!」
『俺が困るんだ! うぅ、め、眩暈が……』
オニックスは不機嫌に鼻を大きく鳴らした。
「そんな事よりもだ! ガルネット、やはりサンセットレイクに現れたのは魔法少女だったぞ!」
『話を逸らすな! ん? 魔法少女?』
アミュレットの向こう側の声音が変わる。
『ああ、昨日聞いてきた伝説か。なんだ、まだ調べて欲しいのか?』
「そうではない! やはり俺が睨んだ通り、サンセットレイクでの実験を邪魔したのは魔法少女だったのだ!」
『なんだと?』
通信相手の声が強ばる。
『確かか?』
「自分でも言っていた。名前はティアラ・ホープだそうだ」
『ティアラ・ホープ……確かに、伝説に語り継がれる魔法少女の名前に少し似ているな。しかし、本当に魔法少女か? 文献によれば魔法少女の居た時代は今から800年ほど前だが』
「同一人物かは分からん。だが、あの力はまさに伝説の力だ」
悔しそうに歯ぎしりしながら言うオニックス。
「くそ。容姿に油断していた。まさかあんな戦士の風上にも置けない羞恥心のカケラもないような格好の小娘があれ程の強さだとは……」
『なんだか想像つきにくいが……それで、その後その少女は?』
「知らん! 戦っていた時に貴様が邪魔したのだ!」
『お前が戦っていた相手は魔法少女だったのか。なるほど』
通信相手の声は少しの間沈黙していたが、やがて冷静に言った。
『もし魔法少女が本当に現れたのなら、王国の味方をしているだろう。我々にとっては恐るべき脅威だ』
「ぬう……」
『その事に関してはいずれ詳しく調査しよう。だが、お前の任務は別にある。自分の責務に集中しろ』
「ちっ!」
アミュレットからはまた別の話が伝えられた。
『例の水晶だが、“ジェイド”、“サフィラ”からも成功の報告が上がっている。次はいよいよ“もう一つの機能”を起動させる実験だ』
「ぬうぅ、そんな事よりもあの小娘を捜す方が……」
『今は我慢しろ。いずれ戦わなくてはならない日が来る。その時まで体力を温存しておけ。魔昌石の補給もやっておこう』
その後、補給や戦況報告などの事務的やり取りが少し続き、通信は終わった。
オニックスはのそりと立ち上がると、近くに吊るしてあった枝肉を掴んでそのまま齧りついた。
「おのれ、ティアラ・ホープ……次に会った時は必ず仕留める」
ギラギラと燃え盛るような闘志が、その全身から沸き立っていた。
お疲れ様です。次話に続きます。




