10話──救世主にお縄とか冗談だよな?
「それでは、名前、出身地、職業を言いなさい」
「だ~か~らー!! 私はハトエル! 天界からやってきた聖天使です!」
椅子に縛られながらじたばた叫ぶハトエル。対面の厳ついオッサンが大きくため息を吐く。
「つくならもっとまともな嘘をついたらどうなんだ……」
「もーっ!! 最近の人間は不敬者が多すぎます! ちゃんと信仰してますか?!」
「はぁ~……。俺も面倒な役を引き受けてしまったなあ」
俺らは今、兵士の詰め所的な部屋に居る。
苦虫を潰したような顔の兵士らに囲まれ、椅子に縛り付けられながら、隊長とおぼしきオッサンから絶賛尋問中だ。立派な刺繍の入った軍服というか蒼い騎士の服みたいのに身を包んでいる、渋いオッサン。
「ふう。誰か甘いホットミルクでも持ってきてやってくれ。侵入者とは言え子供だ。もしかしたら緊張して混乱してるのかもしれない」
「子供じゃないです! これでも105歳なんですから! 貴方達なんてヒヨッ子です!」
「とりあえず、君は置いといて……お前、お前は大人だ。ちゃんと答えられるよな?」
オッサンが俺の事を懐疑的な目で睨んでくる。
「まさか、お前も天使だなんて言うつもりはないだろうな?」
「そんな幼稚な事言う訳ねーじゃん」
「そうか。それなら良かった」
「俺はこの世界を救うために神によって遣わされた救世主様だ。丁重にもてなせ下衆ども」
「こっちの方がどうしようもない奴だった!?」
オッサンが頭を抱える。
「なんて報告すればいいんだ……二人ともまともじゃない。話にならない……」
「貴方が話を聞いてくれないだけですーっ!」
「そーだ、そーだ! 俺に話しかける時はアポ取ってもらわないとなあ? まずはスケベランジェリー姉ちゃん8人による接待からだ!」
「うーん……。もしかして、侵入者と言うより、ただ単に頭のおかしな浮浪者達なんじゃ? 危険は無いのか?」
「隊長! こいつらは危険極まりないですよ!」
「そうですよ! ただ単に危ないやべー奴らですよ!」
壁際の野次馬モブ兵士どもめ。訳の分からん横柄な事言いやがって。
「ともかく。身元が判明するまでは解放するわけにもいかん。しばらく牢屋に入っててもらおうか」
「ええぇー?! ろ、牢屋ー?! わーんっ! 天使が人間に牢屋入れられるなんて前代未聞ですー! 恥ずかしくて天界に帰れなくなっちゃいますーっ!」
「おいっ! 牢屋なんて入れてみやがれ! 脱獄した暁にはテメエら全員フルチンダンスさせるからな!」
「子供はともかく、こっちの奴は普通に凶悪な犯罪者の素質があるな。やっぱぶちこもう」
「うえぇ~ん! 入れるなら望さんだけにしてくださーい! 私は無実です~!」
「おいっ、なに人のこと売ってんだよ?! 俺だって無実だぞ~!」
周りの兵士らに立たせられる。
「変なとこ触んないで~! えっちー! セクハラはんた~いっ!」
「俺ははめられたんだー! 弁護士を呼べー! 司法は機能してねえのかー?!」
「なんてやかましい奴らだ……。こんな不審者は見た事ない」
俺らの誠実な叫びも虚しく、部屋から引きずり出される。
「くそが~! おいっ、何が王女から至れり尽くせりの支援だ! 普通に詰みコースまっしぐらだぞ!」
「ねえっ、私のこの背中の翼! 見て! これ、天使でしょっ?! どっからどう見ても!」
「はいはい、よく出来てるなその羽飾り」
まるで相手にされないハトエル。
「うぅ~……! うわーんっ!! 望さんみたいな意地悪アラサーと一緒だからツキが無いんだー!」
「それはこっちのセリフだ! このポンコツアホポッポ天使め!」
「いーっだ! 意地悪オジサン!」
「オジッ……お兄さんだろうがああぁ!」
「静かにしろ! お前ら!」
『待ちなさい』
ハトエルとの不毛な争いで兵士に怒られたあたりで、透き通るような美しい女の声がした。
声の方に振り返ると同時に、周囲の兵士らがギョッと色めきだった。
「こ、これは!」
「アルメ王女!」
ガシャンっと鎧の音を立てて、兵士らがその場に跪く。
目の前に、やんごとなき高貴な雰囲気を纏った女性が現れる。
年は20の前半くらいか。若い。だが、滲み出すオーラというか、威厳のようなものはただの若い娘という平凡なものじゃない。
何より、一目で分かるくらい高価な桃色のドレスを着ているし、頭の上には宝石光るティアラが鎮座している。
王女とか言ってたな。
アッシュブロンドを腰元まで優雅になびかせて、憂いを帯びた目元は宝石を嵌め込んだ台座のように美しい。
「何事ですか? 騒ぎを聞きつけて来てみたのですが」
「はっ。城内にて不審な輩を見つけましたので尋問を。ただいま牢屋に更迭中です」
「不審な? そちらの二人……え?」
途端に王女様がその顔を驚愕に変える。
「そ、そちらの女の子は…………」
「はあ。自分を天使だと名乗ってるのです。最近の子供の嘘にしては凝ってますね」
「な、な、なななっ」
「?」
ぷるぷると震え出した王女が声を振り絞る。
「何をしてるのですかー!! その子っ、いえ、その方は本物の天使様です!!」
「「「「ええええええええええ?!」」」」
周りの兵士らがすっとんきょうな声を上げる。
「こ、この馬鹿そうな子供が?!」
「いかにもポンコツそうな?!」
「なんかありがたみの無い子供が?!」
「わ~んっ! 何も悪い事してないのに、ぼこぼこに悪口言われてる~!!」
泣き出すハトエルに王女が慌てて駆け寄る。
「も、申し訳ありませんっ、天使様! なんとお詫びをしたらよいのか……貴方達っ、何をしているのですか?! 早く縄をほどきなさい!!」
「はっ、は!!」
するすると縄をほどかれて、涙目のまま王女の腰元にしがみつくハトエル。
「王女さま~! ありがと~! ここに来て私の事を天使だと見抜いてくれたのは貴方だけです~!」
「まあ、お労しい天使様。もう大丈夫です。どうか泣かないで下さいませ」
「うぅ~……王女様は私の事を天使だと信じてくれますか?」
「もちろんです。天界と盟約を結んだ王家の人間は直感的に天使様を悟る事が出来ますから」
子供をあやすように、ナデナデする王女様。
そして、キッと周りの兵士らを睨みつける。
「貴方達。天使様にこれほどの無礼を働き、一体どんな償いが出来ると言うのですか?」
「も、もも、申し訳ありません!」
「ま、まさか本物の天使様だとは……」
「そ、その、手違いでして……」
「言い訳は無用!!」
ピシャリと落ちる渇。
「貴方達はとても優秀な戦士であり、王家の宝です。しかし、これ程までの無礼。天使様が望むままの罰を与えねばなりません。その覚悟はありますね?」
「そ、それは……」
隊長を始めとした兵士らは暗く沈んだ。
王女がハトエルの前に跪く。
「天使様。この者達は如何なる罰も甘んじて受けます。どうか、気の済む罰をお与え下さいませ」
「そんな、そんな。罰なんていいんですよ~」
ハトエルはニコニコと笑って、王女の手をとった。
「皆さんはお仕事熱心だっただけですもん。私ももう少しちゃんと説明するべきでした。罰なんか何もありませんよっ!」
「な、なんと寛大なお心……」
「皆さんも! そんな暗い顔しないで」
ハトエルが兵士らの肩をポンポンと叩いていく。
「私は何も気にしていませんから、顔を上げてくださいっ。ほら、暗い顔をしていると幸運が逃げちゃいますよ!」
「おお、な、なんと優しい……」
「まさに天使……」
涙を流す兵士らの前でハトエルがむんっと胸を張る。
「これにて一件落着ですね!」
「天使様……このアルメ、生涯このご恩を忘れません」
王女が立ち上がり、兵士らを見回す。
「皆さん。これからも職務を全うし、天使様を崇めるように」
「「「「ははーっ!!」」」」
「それでは天使様。こちらへ。誠心誠意、出来うる限りの精一杯のおもてなしをさせて頂きます」
「はーいっ! 私、甘いホットミルクが飲みたいですー!」
「ふふ。すぐにご用意致しましょう」
どうやら王女様により、兵士達の誤解は解けたようだ。
いやー、よかった、よかった。これにて一件落着だな。
──グイッ──
「さ、お前は早くこっちに来い」
「天使様をかどわかす変態め。牢屋でたっぷりしぼってやるからな」
「さっきの天使様への暴言、俺は忘れてないからな」
あれ? なんか普通に連行されそうなんだけど。俺。
「ちょちょちょっ、おいおいおーいっ!! 誤解は晴れただろー!? 俺も早く放しやがれー!」
「何を言ってるんだ? 晴れたのは天使様への誤解だ」
「お前のような性根が腐ってそうな奴はこのまま牢屋行きだ」
「この不審者め。頭を冷やせ」
「うおおおいっ!! ハトエルー! この馬鹿野郎どもを何とかしろー!」
ハトエルがにんまりと笑った。
「『素敵な天使ハトエルさん。どうか助けて下さい』は?」
「こっ、このっ……!」
このクソガキが~!
すんげえムカつく顔しやがって~!!
「言うかバーカ!!」
「え~ん。意地悪なお兄さんがいじめるよ~」
「きさまっ! 天使様をいじめるとは!」
「来い! すぐに縛り首にしてやる!」
「ノオオオオーー?! ハトエル~! 素敵で美人な超絶天使様~! 助けて~!!」
その後すぐに俺も解放された。
お疲れ様です。次話に続きます。




