11話──この国の危機
──グリグリ~──
「痛いっ、痛い~! やめてください~!」
「うるせえ! このポンコツ天使が! 調子に乗りやがって~!」
俺の必殺グリグリ攻撃によってハトエルが悶絶する。
誤解の解けた後、解放された俺らは王女様に案内され、彼女の部屋に招待された。
何と言うか、ずいぶん味気ないと言うか、想像してたのと全然違う部屋だ。王女の部屋だと言うのに、高価な物がなーんにも無い。
金持ち王家によくありそうな絵画とか、職人の技を込めた彫刻とかも無いし、金や宝石をあしらった美術品も無い。それどころかお洒落なアンティーク家具も無い。
粗末なカーペットの上に小さなベッドがあり、それ以外にあるのはクローゼット一つ、鏡台一つ。そして、俺らが座るソファ一つに椅子とテーブル。
以上。
貧相と言うか、ミニマリストでも目指しているのかってくらいに物が無い。
だが、王女様の部屋に居るってだけでテンション上がる。後でドレスのカホリでも堪能させて貰おう。きっと王女様のラグジュアリーな香りが染み込んでるだろうぜえ。
まあ、それはさておき……。
まずはこのハトエルのお仕置きからだ。
「なーにが『素敵な天使ハトエルさん』だ! このポンコツクソガキ天使が!」
「うわあ~ん! この恩知らず~! さっき助けてあげたのに~!」
ハトエルをたっぷりお仕置きしていると、王女様が戻ってきた。
「お待たせしました。ささやかですが、お飲み物を……って、な、何をしているのですか?」
「教育だ」
「虐待の間違いですーっ!」
王女はお盆をテーブルの上に置き、向かいの安っぽい椅子に座った。
「だ、大丈夫ですか? 天使様」
「うぅ、見ましたか、王女様っ。この人はこういう神をも恐れない人なんです!」
「そのようですね……。えっと、ノゾムさん、でしたか? 天使様にそのような振る舞いが出来るとは、貴方は何者なのですか?」
「だから言ったろ? この世界の救世主だ」
「そうなのですか? 天使様」
「う~。間違ってはないけど、なんか肯定したくない……」
王女が首を傾げる。
「しかし、変わった格好ですね。天使……ではないようですね? 私と同じ人間のようですが……」
「人間だ。普通の人間ではないがな。俺は別の世界から来た。異世界転移ってやつだ」
そう言うと、王女は少し驚いた後、神妙な面持ちで頷いた。
「確かに、色々と積もる話がありそうですね。お飲み物も用意出来ましたし、ゆっくりお話しましょうか」
ティーカップが差し出される。紅茶らしき液体が入っている。ハトエルはホットミルクだ。
「王女様自らが茶の用意なんてな。ここのメイドは働かないのか?」
「いえ、そういう訳では。私の事情と言いますか……」
なぜか言葉を濁す王女。しかし、すぐに取り直すように姿勢を正した。
「改めて自己紹介させて頂きます。私はアルメ・ティアル・サンライズ。このサンライズ王国の第一王女。今は病に伏している我が父、王の代わりに王家の代表を務めております」
「親父さん、病気なのか」
「はい。ですが、ご心配なく。父の代わりにしっかり私が王としての務めを果たします」
「アルメ王女、私達はこの世界の危機を救うために来ました。大体の事は知っていますが、細かい事までは分かりません。今、この世界で何が起きてるのか詳しく教えてください」
ハトエルがさっそく本題に切り込む。
俺はこの世界を救うために来た覚えなんてないんだが、ここは黙っておく。
「そうですね。ここにきて天使様の降臨。これも神の思し召しでしょう」
アルメがカップを静かに置く。
「お話します。私達を襲った悲劇。“シャドー帝国”の侵略を」
支援を受けに来たはずなのだが……。俺はアルメによる身の上話ならぬ国上話を聞かされる事となった。
「北の山脈を越えた先、瘴気の渓谷と呼ばれる奥にその帝国はあります。魔族によって支配された世界で、文化も思想も私達とは大きく異なる国家です」
「魔族?」
「この世界には私達人間と姿は似ているけど、その能力が大きく異なる種族が複数存在しています。その中でも“瘴気”と呼ばれる特殊な魔力物質を力の源とする種族を魔族と呼んでいるのです。帝国はそんな複数の種族によって形成された国家です」
「ふうん……」
「正式には帝国民のことを“トワールの民”と言い、逆に数が最も多い私達は“リヒト”と呼ばれているのですが……。話を戻しましょう。彼らは魔力が強大かつ体も頑丈で、寿命も私達人間より長いです。しかし、数も少なく社会形成の苦手だった彼らは長い間国家らしい国家も作れず、互いに争う事も多かったため、その活動範囲は限られていました。彼らにとっての力の源である天然の瘴気発生源が少ないのもその理由でしょう」
魔族か。いよいよファンタジー味が出てきたな。
「魔族……トワールの民と、その他の民はあまり良好な関係とは言えません。しかし逆に、利害における接点や摩擦もあまり無かったため、大きな争いになることは滅多にありませんでした。結果として、彼らと我々は関与せずといった歴史が続いていました。ところが……」
アルメがトーンを落とす。
「数ヶ月前。突如としてシャドー帝国が少数ながら軍勢を差し向けてきて、国境近くの砦を襲撃したのです。当然、こちらも守備隊を回して応戦し、軍事衝突となってしまいました。それからというもの、度々帝国は攻めてきて、私達もそれを迎え撃ち、さらにはこちらから越境して相手の領土へ攻め入り……」
「泥沼化したってわけか」
頷く王女。
「国力では我が国が勝っていますし、近隣諸国も攻撃を受けたため、こちらは連合軍となって数では圧倒しております。しかし、彼ら魔族はモンスターを一時的に使役出来る能力もあるため、それによって数の差を補っているのです。モンスターは少数であっても脅威。特に、ドラゴンなどのモンスターが相手では一体だけで兵士100人を失うと諺にあるくらいです。さらに、帝国軍の幹部達は一騎当千の精鋭揃いであり、それも苦戦の原因となっています。戦局は膠着状態とは言え、重要拠点の多くが占領されてしまい、いつ王都に進軍してきてもおかしくない状況です」
「けっこうヤバめなんだな」
「むむ。予め天界で事情は聞いてきましたが、そこまで深刻だったとは……」
「でもよ、相手はなんだっていきなり攻めてきたんだ? その理由は分かってんのか?」
「もちろん、中立国家の法国に使者を何度か送ってもらい話を聞こうとしました。しかし、相手の主張は一点張り。『魔王様のご命令だ』その答えしか返ってきません。魔王というのは、これも俗名のような物でして、正式には帝国の女帝『クイーン・ディアマンテ』の事を指します」
出た。ファンタジーお約束キーワード。魔王。
う~ん。改めて聞くと物騒な響きだ。
しかし、敵は女帝なのか。
「彼らの思惑は分かりませんが、黙ってるわけにもいきません。我々も軍だけではなく、モンスター討伐のプロフェッショナルである冒険者などにも協力を求めてなんとか凌いでいますが、厳しい戦いが続いているのが現状です」
話し終えたアルメは深いタメ息を吐いた。が、すぐに表情を明るくした。
「ですが。こうして国家存亡の危機の折り、天使様が降臨なされました。これも神の導きでしょう」
「もちろん、力になります! 魔族が何を考えているかは分かりませんが、暴力による侵略は慈愛の精神に反します! 私達が止めてみせましょう!」
「おい、勝手に俺を頭数に入れるな」
んな一ミリも知らない国家同士の争いなんて知ったことか。
「そんな事よりもだ! おい、ハトエル。俺らがここに来た目的はこれだよ、これ!」
指で輪っかを作る。
「マニーっ! ウィーニード、マニー! 金だよ、金! 裸一貫の俺らが生きていけるように支援を求めるのが今回のクエストだろ?」
「望さん、話を聞いてなかったんですか?! この国は今危機に陥ってるんですよ! それを助けなくてどうするんですか!」
「知った事か。んな事より俺は腹減った。早く金貰って悠々自適な年金暮らししてえよ。王女様のヒモなんだからなあ。一生遊んで暮らせるぜえ」
「もーっ! どうして貴方はそんなに根性が腐ってるんですかー!」
「余計なお世話だっ、頭花畑アホ白鳥!」
再びハトエルに頭グリグリをしていると、アルメの不思議そうな視線が突き刺さった。
「それにしても……ノゾムさん。貴方は一体何者なのですか? 異世界、から来たと言っておりましたが……」
「ああ、訳あってな。このバカのせいで着の身着のままこんな治安悪い世界に放り出されたんだ」
「はあ。しかし、なぜ天使様と共に? 付き人か何かなのですか?」
「こ、この人は“魔法少女”なんです~!!」
「え?」
アルメが目を点にする。
「魔法少女? あの伝説の?」
「そ、そうです! 望さんはこの世界を救うために魔法少女になる事を選んだんです!」
「嘘つくな! なりたいなんて一言も言ってねえし、お前のせいでなっちまっただけだし、死にたくないから仕方なしに変身しただけだろ!」
アルメはしばらく俺の顔をまじまじと見ていたが、やがてふふっと笑った。
「天使様はご冗談がお好きなのですね。そんなところもチャーミングです」
全然信じてねえじゃん。
「おい。不本意だが、本当の事だぞ」
「まさか。だって貴方はどう見てもそんな可憐な存在には……失礼。そんな素晴らしい存在ではなく、どう考えても対極……失礼。魔法少女どころか、普通の人にすら届いてなさそうな……失礼」
「なあ、ワザとだよな? ワザとだな? ワザとだろ? 失礼って言えば許されると思ってんのか?」
「これは失礼しました。しかし、そもそも貴方は男性では?」
まあ、もっともな意見だ。
「なら、証拠を見せましょう! 望さんっ、レッツ、メタモルフォーゼ!」
ハトエルが声高らかに叫んだ。
お疲れ様です。次話に続きます。




