114話──一難去って
──ヒュイイーン……ピンッ──
──トっ──
「ふうっ……」
光に包まれ、ピンっと元の姿に戻ったアイリ。
体がバキバキにされてもなければ、地面に這いつくばってゲロを撒き散らしたりしない。
おかしい。変身解除失敗なんじゃないか?ゲロも吐かずに変身したり解除出来るはずはないんだが。
「はーっ! おかしいのは俺だよなあ?!」
「ノ、ノゾムさんっ? ど、どうしたんですか?」
「いや、なんでもねえ……。それより、体は大丈夫か? 体をバキバキに粉砕骨折されて、ゲロ吐きたくなったりしてないか?」
「??? い、いえ?」
そうか。そいつは何よりだ。ふざけやがって。
「アイリさんっ! すっごく、すっごくカッコ良かったです!」
俺の心の不満なぞサラサラ知らないポンコツ天使はというと、さっきから満面の笑みニッコニコでアイリに抱きついている。
「……本当に、本当に私が魔法少女……!」
と、当人は自分の震える手を見つめていた。
その瞳に、星が煌めくような光が広がる。
「私っ、あの憧れの魔法少女にっ……! ずっと夢見てた、本物の魔法少女にっ?」
そして、堪えきれなくなった喜びを全身で表現するように、その場で跳び跳ねて叫んだ。
「やったーー!! 私っ、魔法少女になっちゃったんだーっ!!」
ハトエルの両手を持ってくるくるとその場で回転し始めるアイリ。
「あはははっ! 魔法少女っ! 私、なっちゃったんだ! あの伝説の戦士にっ!」
興奮が最高潮になり、その衝動が押さえきれずに、今度は俺の腕を持ってブンブンと振り回し始めた。
「ノゾムさんっ! 私っ、やりました! ちゃんと、今度は自分の手でお二人の役に立てましたっ!」
「お、おう。それは良かったな」
そして、手に真っ赤なリンク・クリスタルを乗せて、うっとりするように見詰め出した。
「えへへへ……。私が魔法少女……」
「それにしても、よく変身解除コードが分かったな? あん時は流石に俺も駄目かと思ったぜ」
「解除コード? あ、あの時のですか。はい、なんか自然に頭の中にイメージというかそういうのが浮かんできて。それで、頭に浮かんだ通りの動きをして言葉を言ったら変身出来たんです」
「そうだったんか」
「はいっ。あの時分かったんです! これは魔法少女の変身の儀式だって! 何度も頭で思い描いた事のある流れだって」
なんだか凄く幸せそうだ。本当に魔法少女に憧れていたんだろう。
ハトエルも祝福するように、アイリの回りをちょこまかと跳ねた。
「やはり貴女こそ魔法少女っ! きっとリンク・クリスタルがアイリさんを導いてくれたのでしょう! 私の目に狂いはありませんでしたっ! 魔法少女は清らかなる魂の持ち主しか変身する事は出来ませんから!」
「そうだ……! さっきは聞きそびれちゃったけど、ハトエルちゃん……いえ、貴女はもしかして……」
と、我に返ったようにハッと真顔に戻ったアイリであったが、突然フラっと頭を揺らした。
「あ、あ……れ……?」
「アイリ?」
朦朧とした目がフッと閉じたかと思うと、アイリは糸の切れた人形のようにガクっと項垂れてしまった。
「おっと?!」
咄嗟にその体を受け止める。アイリの温もりが力無く垂れかかってくる。
「お、おい。どうした?」
ぐったりと、完全に気を失っている。
「まさか、マジで変身解除失敗でもして後遺症が?!」
「い、いえっ、多分そうではなく……」
ハトエルがアイリの額にピトンっと触れる。
「……魔力消費による疲労ですね」
「魔力消費?」
「はい。魔法少女は絶大な力と引き替えに膨大な魔力を消耗しますから。でも、大丈夫。少し休めばすぐに回復します」
「そうか」
それなら良かった。
「しかし、参ったな。どうすっか……」
「とりあえず、ゆっくり休める所にアイリさんを運んであげましょう!」
「仕方ねえなあ」
過労で倒れてしまったアイリを背負って茂みから出る。
辺りにはすでに大勢の兵士達が彷徨いていた。
その内の一人が俺らに気づく。
「あっ、民間人か?!」
「おう、そうだ」
「どうしたんだ? その子はやられたのか?!」
「おう、俺も年甲斐なく張り切っちまってな。ダウンするまで八回戦くらいやっちまってな……」
「は?」
「こらー! パパー! こんな時にしょうもない冗談を言わないで下さい!」
それはごもっともだ。
俺はアイリの事は適当に『モンスターに追い回されて、疲れて眠ってしまった』という事にして説明した。
「そうか。大変だったな……。しかし、まさか本当に襲っていかがわしい事をしたりした訳じゃないだろうな?」
「おいおい、俺みたいな紳士がそんな事するように見えるか?」
「見える」
俺を疑ってなのか親切なのか、その兵士はすぐに俺らを保護して、市場の外に待機していた避難用の馬車に乗せてくれた。
「軍の救助用だ。このまま王都東門まで送ってくれる」
「おう、サンキューな」
馬車が動き、俺とハトエルはまだ目覚めないアイリに振動がいかないように支えてやった。
東門に到着してもアイリは目覚めなかったので、俺はまた仕方なく背負う事した。
「くそ。寝坊助魔法少女め。まだ起きねえ」
「アイリさん、頑張ってましたもんね。きっと必死だったんでしょう」
しみじみと、慈愛に満ちた目をして言うハトエル。
「でも、あんなに凄い技を持ってたなんて。流石は魔法少女です」
「ああ、それに関しては同感だ。俺なんて魔法が一切使えねえのによ」
「……。ねえ、望さん」
「ん?」
ハトエルの丸い目が俺を見上げていた。
「望さんはどう思います?」
「どうって、何が?」
「いえ、ですから……アイリさんの事。さっきの魔法少女レイ・アライズのこと」
「?」
どう思うって……。
「そうだな。包み隠さず言うならめちゃシコだったぜ。媚びたエロさじゃねーんだよなあ。あくまで清楚で純潔って感じなのに、『どうしてこんなにエッチなんだろう?』って言う感激? やっぱよ、魔法少女がエロいのってそういう単なるエロスとは違う、男のロマンっていうか? 清純だからこそ、その中に内包された色気とかエロさを想像して止まない禁断の劣情と言うべきか。やっぱ良いよなー」
「真面目に聞いた私が馬鹿でしたっ!」
真面目に答えたつもりだぞ。
「そうじゃなくてっ! 望さんのそんな汚らわしい欲望の感想じゃなくてっ!」
ハトエルは少し周りを見てから声を落として言った。
「だって、魔法少女が二人も居るなんて私は天界で説明を受けていません」
「え? あ、そういやそんな事言ってたような?」
「はい。さっきも言ったかもしれませんが、私が天界で教えてもらったのはリンク・クリスタルの事と、ホープの名前と変身ポーズ。それと、超越空間の解除コードのみ。だからレイの変身の仕方も分からなかったし、解除コードも知らなかったんです」
確かに。あの時、アイリが自分からあれこれと進めてくれたお陰で事なきを得たが、なぜハトエルが知らなかったのだろうか。
「ほんとは教えて貰ってたのにお前がポンコツだから忘れてたんじゃないのか?」
「違います! そんな大事なこと忘れませんよーだっ!」
イーッと舌を出すアホ天使。やはり腹パンだな。
「ん、う~ん……」
「お?」
そんな話していたら、背中でアイリが微かにうめき声を漏らした。
「あ、あれ……? 私……」
「よ、起きたかー?」
「あれ? ノゾム、さん?」
俺の背中でもぞもぞっと動く。
「な、なんで私、おんぶされて……」
「覚えてねえか? さっき森ん中で話してたら急に気絶しちまったんだぞ?」
「え? あ……」
耳元に小さな呟きが漏れた。
「そうだ。私、いきなり意識が霞んで……」
そして、吐息のようなタメ息。ゾクっとした。
「ここは……王都ですね?」
「はいっ! 望さんが気を失ったアイリさんを運んでくれたんですっ!」
「そう、だったんだ。あ、ノゾムさん」
「ん?」
「ありがとうございます。もう大丈夫ですから。自分で歩けます」
「いや、遠慮するな。疲れたろ?」
「い、いえ。そんな……」
「いーや。疲れてるはすだ。だからもっと俺に身を委ねてだな、そのあったかーい膨らみを堪能させて……」
──ポコポコポコッ──
「~~!!」
「いてっ! いててっ! わかった、わかった! 下ろす、下ろすっ!」
「またまたアイリさんを怒らせるとは……。望さん、流石ですね……」
背中から下りるアイリ。ゆっくりとだが、ちゃんと自分の足で立てていた。
「どうですかアイリさん?」
「うん。ちょっと力が入らないけど、もう平気」
少しだけおぼつかないが、歩き出した。もう平気だろう。
「家まで帰れるか?」
「はい。大丈夫そうです……。あの、さっきのこと……」
アイリは何か話したそうに。そして、何か聞きたそうにしていたが、まだ全快でもなさそうだ。
「いろいろと話したい事はあるだろうが、今日はもう休んだ方がいい。またゆっくり話そうぜ」
「そう、ですね」
「無理はしないでくださいね」
「うん。今日は家に帰ってゆっくり休んで……あ。でも、その前にギルドに寄らないとね」
そう言ってアイリがポーチを触る。
「クエストの途中だったから」
「報告は俺がやっとく。だから早く帰りな」
「でも……」
「気にすんな。報告くらい俺にも出来る」
「そうじゃないですよ望さんっ! 報酬を持ち逃げされないか心配してるんですよ!」
うるせえガキのこめかみに怒りのグリグリ拳をめり込ませてやった。
「が、まあハトエルの言わんとする事も分かるが、流石にそんな事しねえよ。訴えられて冒険者廃業になっちまったら事だからな」
「りょ、良心の問題ではないんですか……? わまま~!?」
──グリグリグリグリ──
「だから帰って休め。金ならちゃんと後で渡してやるから」
「……それじゃあ、お願いします。どうもすみません」
アイリはそう言ってペコリと頭を下げて、ゆっくりと通りを歩いていった。
その背は、まだ夢から覚めてない者のようで少し心配だったが、赤い頭はちゃんと町角を曲がっていった。
お疲れ様です。次話に続きます。




