112話──その名も『レイ・アライズ』
「はっ!」
アイリが手足を広げる。俺が何時もやるのと同じポーズだ。
──パアアンッ──
すると、アイリの側に大きな赤い帯のような物が現れる。その帯はスルルルっと独りでに動き出して、アイリをくるんで隠した。
──ピインッ──
それが次の瞬間には元気な光となって弾ける。その光の煌めきの中から、謎の輝きに全身を覆われたアイリが飛び出す。
「!」
飛び出したアイリが、その場で翼を広げるように腕を伸ばしてゆっくり回ると、腕や足でピンっピンっと光が瞬き、その下から煌びやかな赤色の装飾に彩られたブーツや手袋が生まれる。
そして、今度は祈るように手足を畳んで身体を縮めると、光の滴が全身から大きく弾けた。
「おおっ!?」
思わず声が出ちまった。
アイリの身体から謎の輝きが消え、代わりに華やかで美しいドレスが装着されているのだ。
短すぎも、長過ぎもしない可愛らしいスカート。細ヒモでキュッと絞られたコルセットのような物がその膨らみを際立たせ、ふわりと揺れる優雅なブラウスの胸には大きなリボン。
ふんわりとして、柔らかい。赤を基調とし、ピンクや白を配色したゴスロリともフォーマルとも言い難い独特で華やかなドレス。
まるで日溜まりの中に揺れる花のように、柔らかくて優しい衣装。
「……」
アイリが薄く目を閉じたまま頭を後ろに反らすと、その赤い髪が燃えるように揺らぎ、より鮮やかに長く伸びた。
最後にその髪を一本のリボンがスッと束ねて纏め、頭の上に小さなティアラが現れてキラリと光った。
アイリがゆっくりと目を開ける。睫毛の張り具合も、頬のほんのりした色合いも、まるでメイクしたかのように瑞々しく、華やいでいる。
最後に、胸のリボンにハートのリンク・クリスタルが嵌め込まれ、一際強い光を放ち、アイリの全身から優しい明かりが滲んだ。
その煌めく姿は、まさに魔法少女だった。
「…………世界に満ちる、優しい光!」
輝く瞳を震わせ、高らかに名乗った。
「レイ・アライズ!!」
──ヒュイイイィーン……──
「お、おおおおっ?!」
光が急速に収縮していく。これも知ってる。変身が解除される時の感覚だ。
──バシューーンッッ──
「うおっ!」
光の空間が消えると共に、いきなりガチ恋距離に現れた地面。
当然、そのまま盛大なハードキスをした。
──ズゾォッ──
「ぶっへえ!?」
「っと!」
隣に立つハトエル。そして──
──トンッ……──
俺の目の前に降り立った大きな花。その気配に思わず顔を上げる。
そこにあったのは、淡い光を全身に纏い、乙女の清純な美しさをそのまま体現したかのような、可憐な姿の少女。
「お、おお、おおおお~!?」
そう、魔法少女……。
「レイっ、凄いです!」
ハトエルがアイリ──ではなく、魔法少女レイに抱きつく。
「まさか本当に、本当に魔法少女になるなんて!」
レイは柔和な微笑みで小さく頷いて、ハトエルの頭を撫でた。
「うん。正直言って、まだ実感は無いけど……」
そう言いながら、俺にも柔らかく笑いかけた。
「でも、やってみせます。魔法少女として……二人を守ってみせます!」
トゥンク!
お、おお。おおぉ……。なるほど。
今までは自分が変身してる側だったから全然分かんなかったが……。
魔法少女、めっちゃかわええ!
「やべえ、可愛い過ぎてしんどいわ。普段も美少女だが、変身するとさらに極悪キュートになるな。これが魔法少女か……。無駄に色気を振り撒きもせず、しかしそれでいて瑞々しく露になった健康的な足や腕もイイ。セクシー姉ちゃんとはまた違う、乙女のはんなりとした色香……くそっ、めっちゃかわええぞ!」
「あ、あっはは……。あ、ありがとうございます」
照れてるのか、苦笑いしてるのか、どちらとも判定し難い反応。
『ジュルルル……』
『ギチギチギチギチ……』
『ギギギッ……』
「って、やべえ! 忘れてた!」
そんな感心してる暇なんて無かった。周りはまだモンスター軍団に包囲されているんだった。大量の殺意が迫りくる。
「うおお?! ま、魔法少女~! 助けてくれ~!」
「!! はいっ!」
俺らを守るようにサッと前へと出るレイ。
モンスターどもの波が押し寄せてくる。
「『マジカル・リフレクター』!」
レイの詠唱と共に前面に光の壁が展開された。ハトエルが生み出すホーリーバリアーに似ているが、それよりも光の反射が強い。
「はあっ!」
その壁がズオッと前進する。
──バアンッ──
『ジュルルルルッ……』
『ブモオッ……』
光の壁に当たったモンスター達がポーンッと吹き飛んでいき、波が引いていくように綺麗に押し返されていった。
「お、おおっ! すげえ~!」
「はっ!」
タンッと跳躍するアイリ。軽々と10メートルほどの高さに舞い上がり再び何かの技を詠唱した。
「『プリズム・レイ』!」
──パアアアッ──
辺りに光線が乱反射し、それが煌めきながらモンスター達を貫いていく。
光の矢が天から降りしきるように、眩しくも美しい魔法だ。
──ズダダダダダッ……──
『ギイイイィ……』
殺傷能力はそこまで高くはないようだが、モンスターらの大半は戦闘不能となっていた。
「っと!」
スタっと身軽に着地するレイ。信じられないといったように自分の手を見ている。
「わ、私にこんな力が……」
「すげえ! すげえなおい!」
目の前で展開された超絶魔法に俺も年甲斐なく興奮しちまい、レイに駆け寄って思わずその肩を揺さぶった。
「マジで魔法少女やんけ! ステゴロじゃない、超絶マジックの連続攻撃! いや~、やっぱこうだよな~!」
「はいっ、凄くカッコいいです! レイはまさに私のイメージ通りの魔法少女です!」
ハトエルも興奮大絶賛で飛び付く。当のレイ本人はくすぐったそうに笑っていた。
「自分でも信じられません。まさか私が……」
「一体なんの騒ぎよ?」
「「「!!」」」
喜びの輪も束の間、嫌な声が聞こえた。
振り向いてみると、悪の女幹部サフィラがいつの間にか戻ってきていた。
「あんたら……まだ逃げてなかった、の……?」
と、そこでサフィラの視線がレイに止まる。言葉も止まり、ぽかんっと口を開けた。
「え……? だ、誰? というか、その姿は……」
困惑したように目を瞬く。
「えっ、魔法少女?!」
「っ! サフィラっ、今すぐ悪い事は止めなさいっ!」
キリっと表情を引き締めたレイが啖呵を切ると、サフィラは明らかに狼狽した。
「ホープの新しい変身? いえ、違うわね、別人……? え、でも魔法少女って他にも居た訳? それともやっぱりホープ?」
どうやらアイリだという事は分からないらしい。確かに髪の色艶や長さ、顔のメイク具合はド派手だが、顔にはアイリの面影がある。にも関わらず、一目でアイリを連想出来ないようだ。俺らは変身バンクまで拝ませてもらったから分かるが。
困惑していたサフィラであったが、落ち着きを取り戻したように静かにレイへ話しかけた。
「貴女は誰かしら? 魔法少女?」
「ええ。私は……魔法少女レイ・アライズ」
「レイ・アライズ……」
反芻するような呟きの後に驚愕で目を丸くした。
「ホープじゃない。別人……。そんな話聞いてないわ……。でも、またまた可愛いじゃない」
「えっ?」
「コホン……何でもないわ」
スッと目を細めて静かな敵意を向けてくるサフィラ。
「それで? その新人の魔法少女が一体なんの用かしら?」
辺りでボロボロになっているモンスター達を見回すサフィラ。
「どうやらあたしの邪魔をしたいみたいだけど?」
「ええ。そうです。サフィラ、今すぐこんな暴虐は止めなさい。でないと……」
スッと凛々しく構えるレイ。
「私が黙っていません」
「……。厄介な相手ね」
はぁ~っとタメ息を吐くサフィラ。
「でも、まあ。ちょうど良いと言えばちょうど良いわね。新型のイクリプスの性能テストにはもってこいだわ」
その言葉が終わるや否や、後ろの木々がザワザワと揺れた。
「来なさいっ、イクリプス! 大仕事よ!」
タンっと後ろに飛び退くサフィラ。それと入れ替わるように
──メキメキメキメキッ、ズオオオ……──
木々をへし折りながら、大木──さっきのイクリプスが現れた。
「新しい魔法少女よっ! 相手しなさいっ!」
『オオオオオォッ』
咆哮とも、風鳴りとも形容し難い声を上げて巨体を引きずって迫るイクリプス。
「二人ともっ、下がってて!」
そう言ってレイが再び詠唱する。
「マジカル・リフレクター!」
モンスターの大群を押し戻した魔法の防御壁が生成される。
「はあっ!」
それを気合い一声で押し出す。魔法の鉄壁がイクリプスの巨体へとぶつかる。
──ズドオンッ──
「うおっ?!」
「わままっ!?」
衝撃波が突風となって吹き荒れ、俺とハトエルは思わず後ろによろけた。
「す、すげえな……!」
普段から俺はこんなのと戦ってたんか。生身だと衝撃波だけでも吹き飛ばされそうだ。
「けど、イクリプスごとき魔法少女の相手じゃあないぜ──」
「うっ、くぅっ……!」
──バリインッ──
「きゃっ!」
「あ、あれっ?!」
しかし、俺の目に映ったのは、防御壁を破壊され、その衝撃で吹き飛ばされるレイの姿だった。
お疲れ様です。次話に続きます。




