111話──優しき光
「くそっ!」
にじり寄ってくるスライムを叩き切る。
向こうから一気に押し寄せてきたりはせず、こちらから近づくと襲ってくる。
まるで、サフィラの元へ行かせまいとしてるかのようだ。
「あのエロサキュバスめ。舐めやがって!」
俺らならこの雑魚どもだけで十分だと言いてえのか?まあ、その通りだがな。
「フレア・ショット!」
アイリによる魔法攻撃がバンバンと敢行されるが、効果は薄い。なんせ数が多いのだ。数体倒したくらいじゃ全く突破口が開けん。
「ちっ……」
かと言ってアイリの真横で変身なんて出来ねえ。変身しない俺の実力ではどうにもできん。
「くっ! はああ!」
アイリだって俺よりは強いだろうが、実力者って訳でもない。
必死にやっているが、次から次へとわらわら来るモンスターどもに完全に足止めされている。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
やがて息を切らせ始めるアイリ。あんだけバカスカ撃ってたらそうなるだろう。
「お、おいっ、平気か?!」
「だ、大丈夫ですっ……!」
明らかに大丈夫ではない。しかし、それでも引き下がろうとはしない。
「こんな数どうにか出来るもんじゃない。逃げるぞ」
「嫌です!」
俺の手を払いのけるアイリ。
「もう嫌なんです! 誰かが傷つけられたり、日常を奪われたりするのが! 目の前で沢山の人が悲しむのがっ……!」
「アイリ……」
イクリプスの通った後には、滅茶苦茶にされた屋台や露店の残骸が散らばっていた。
前回に続き今回も。被害にあった者の中には心が折れた者も居るかもしれない。度重なる損失で、生活が成り行かなくなった人間も居るかもしれない。
「私だって、誰かを救いたいんです……! ホープみたいに強くなくてもっ、それでも、皆の日常を守りたいんです! この手の届く範囲なんて小さいかもしれないけど……それでもっ、少しでも皆の日常を守ってあげたい!」
「……」
「ノゾムさん、言ってくれましたよね。自己満足であろうとも、それは優しさである事に変わりはないって。こんな私でも、私の勝手な行動でも救われる人が居るって……」
アイリの顔がクシャっと歪んだ。
「だからっ、私も少しで良いから頑張りたいんです……! もう、誰かが傷ついていくのを見るだけなんて嫌なんです……! こんな、こんな私みたいなちっぽけな存在でも……守りたいっ……!」
その頬には一筋の涙が光っていた。
「私もっ、心の光を守りたい! 魔法少女のように!」
──ドクンッ──
「!?」
その魂の叫びの後。何か、言葉に出来ない波動のような物が辺りを震わせた。
それは俺の脳内に、そして魂に響いたような感覚。胸が震え、心の中に何かが共鳴するような──
──ピイイィィンッ……──
「!!?」
次の瞬間、アイリの胸元に眩い光がほとばしった。
それは、透明な光をガラスにして割ったような、例えようのない涼やかで澄みわたった音を鳴らして、少女の身体から込み上げていた。
「な、なんだあ?!」
「な、何これ?!」
「ま、まさかっ……!」
ハトエルが俺の腕をグイっと引っ張った。
「望さんっ、これは……!」
光は周囲に旋風を巻き起こし、モンスター達がじりじりと退かれていく。
──ピインッ──
光が爆ぜる。
それは細かな星屑のように散って、消えていったが、その欠片がキラリと光ながらアイリの前にゆっくりと落ちていった。
「えっ……」
それへ手を伸ばすアイリ。彼女の手の上に落ちたその小さな光の正体は──
「え? えええぇぇぇっ!? そ、それっ……!」
「リンク・クリスタル?!」
そう。
アイリの身体から現れ、手元に残った不思議な光。
それは小さな結晶になった光の石。
ハートに型どられた、濁りの無い赤い宝石。
間違いない。直感で分かる。
リンク・クリスタルだ。
「え、え? な、何これ?」
「っは!? アイリさんっ!」
ハトエルがアイリに飛び付く。
「まさか、アイリさんも魔法少女だったんですか?!」
「えっ?」
「で、でも、あれ? 魔法少女って一人じゃなかったの……? あっ、今はそれよりも、アイリさん! それを使って魔法少女に変身してください!」
「え? ええぇっ?! ま、魔法少女?!」
目ん玉飛び出す勢いでびっくり仰天なアイリ。
「わ、私が?!」
「はいっ!!」
「ま、魔法少女? この私が?」
絶賛大混乱なアイリが目を白黒に動転させる。
「だ、だって、魔法少女はホープのはずだし、私みたいなのが伝説の戦士のわけ……」
「いいっ?!」
と、俺らが状況を整理する暇も与えずに、モンスター達が急に殺到してきた。アイリからほとばしった光にあてられたようだ。
──ザシュッ──
「い、いきなり何だってんだあっ?!」
咄嗟に剣で応戦するが、雪崩れてくるモンスターの勢いは防ぎきれない。
「望さんっ!? ホーリーバリアー!」
ハトエルも合流して聖なる防御壁を展開するが、濁流のようなモンスターの流れが凄まじい。
「うおおっ?! や、やべえっ! ア、アイリ~!」
「あっ、ノ、ノゾムさん!? ハトエルちゃん!?」
「へ、変身しろ~! このままじゃ押し潰される~!」
「ア、アイリさ~んっ、早くっ……!」
相手の圧倒的な物量に、ハトエルもすぐに苦しくなる。
もうもたない。
「へ、変身だ! 早くっ!」
「で、でもっ、どうやって!?」
「胸に掲げて『シャイニー・リンクル』って叫べ!」
「は、はいっ!!」
アイリがクリスタルを胸の前に掲げる。
「シャイニー・リンクル!!」
「望さん!」
詠唱の終わりと共に、ハトエルが俺の腕を掴んでアイリに飛び付いた。
──ヒュイイイィーンッ……──
「うおおぉっ!?」
目の前に、あの光の洪水がいっぱいになり、飲み込まれていく。いつも変身する時と同じだ。
──ヒュオオンンッ……──
「お、おおっ……ここは……!」
何時もの変身キラキラワールドだ。確か、超越空間とかいう魔法少女専用のフォトスタジオ。相変わらずの無重力、キラキラふわふわな空間だ。
「わ、わわわっ、わあ~?!」
と、近くでフワフワと浮遊しているアイリが何もない宙を掻いていた。
「な、何ここっ?! というか、私飛んでる?! 浮いてる?! う、うわあ~! どっちが下でどっちが上かわからない~!」
おー、かつての俺と似たような事言ってやがる。なんか懐かしい。
「いやっ、そんなクソしょうもねえ事言ってる場合じゃねえ! おいっ、アイリ~!」
アイリを呼ぶと、おたおたと手足をバタつかせながらアイリが俺に助けを求めてきた。
「ノ、ノゾムさん! こ、ここはどこなんですか?!」
「落ち着いてくださいっ、ここは魔法少女の聖域、超越空間です!」
と、そこへ。バサッと天使の翼を広げたハトエルが降臨した。
「ハ、ハトエルちゃん?!」
「あっ、おい! なに翼なんか出してるんだ?!」
「大丈夫です! アイリさんが魔法少女なら、私の正体を知っても問題ありません!」
あ、それは確かにそうか。
「ハトエルちゃん、その翼はまさか……」
「えっと、話は後ですアイリさんっ! まずアイリさんには変身してもらいます!」
「へ、変身?」
パチパチっと瞬くアイリ。
「も、もしかして……!」
「はいっ! もちろん、魔法少女にです!」
ハトエルが満面の笑みで頷く。
「ここは超越空間と言って、魔法少女だけが展開出来る特殊な領域です! そして、今貴女がその手に持っている宝石こそ、選らばれし魔法少女の証、リンク・クリスタル!」
「リンク・クリスタル……魔法少女……私が?」
「はいっ!」
ハトエルが嬉しそうにアイリの手を取ってブンブンっと振る。
「まさかアイリさんも魔法少女だったなんて! 私っ、嬉しいです!」
「お、おいっ、ポンコツ天使! そんな事より、早くアイリに変身を教えろ!」
周囲の状況は分からんが、ここでの時間も無限ではない。早く変身すべきだ。
「はっ! そうでした! アイリさんっ、早速ですが変身しましょう!」
「ど、どうやって?!」
「えっと、それはですね~…………あれ?」
と、そこで何故か首を傾げるハトエル。
「お、おい。何してんだよっ、早く教えてやれよ」
「え、えっと、でも……!」
ハトエルも困惑した表情を浮かべる。
「私が天界で教えてもらったのはティアラ・ホープの変身方法だけで……」
「は?」
え、じゃあなにか?変身出来ないってか?
「うおおいっ、このクソハトぽっぽポンコツ天使がっ! そんな杜撰な話があるかあ!」
「だ、だって~! 仕方ないじゃないですか~!」
泣き出すポンコツ天使。
「だ、だって、そもそも魔法少女が二人も居るなんて私聞いてないですし……!」
「ど、どうすんだよ~! このままここから出られなくなっちまったのか?! オーノーっ! 腐れアンポンタンな天使のせいで俺はキラキラミイラで大往生かよおお!?」
「だっ、だって、だって~~!」
「このやろ~~! どうせ死ぬんだっ、てめえには鉄槌だー!」
「わあ~~んっ!」
「……待ってください!」
死ぬ前にせめてポンコツ天使に一矢報いてやろうと、取っ捕まえてスペシャルグリグリをはじめようとしたらアイリが大声を出した。
「私、変身出来るかも!」
「「えっ?!」」
アイリが明るく笑う。
「任せてっ……! 私、やってみる!」
自信に、いや、確信に満ちた言葉をアイリは言い放った。
お疲れ様です。次話に続きます。




