110話──平穏はすぐに破られる
ちょっとしたイベントはあったものの、俺らは晴れてクエストに挑む事となった。
「それじゃあ、薬草採集ですね。私もここではほとんど採った事はないのですが、一緒に探せば難しくないはずです。頑張りましょう」
「おう」
「はいっ!」
市場から離れ、森の中へと分け入っていく。
「ここら一帯にはたまに中級モンスターも出没します。もし遭遇してしまった場合は退却を推奨します」
「おう、そこはお前さんに任せるぞ。パーティーリーダー」
「あはは。はいっ」
ちょっと気合いを入れて先行するアイリ。俺とハトエルも続く。
「望さん」
アイリがガサガサと張り切って先を行く中、ハトエルがそっと耳打ちしてきた。
「さっきはごめんなさい。望さんは望さんの言い方でアイリさんを励まそうとしてくれたんですね」
「いや、別に励ましたっつうか。単に事実を言ったりしただけだ」
「いえ、私は目からウドン粉が落ちました。私は、善行というのは正しいからこそやるべき物だと思ってました。でも、そうじゃない。自分がそうしたいと思ったからやる。人間は、決まっている事だから何かをするのではなく、自分の気持ちで行動する。それを思いやりと呼ぶ……。すごく感動しました!」
「俺そんな事言ったかねえ。あと、目から落ちるのはウロコだぞ」
ハトエルの奴は実に嬉しそうだった。
「私はまだまだ半人前の天使です。だから、人の行動原理を全て理解してる訳ではありません。人は気持ちで動く。心が人を動かす。だから自己満足と呼べるものでも、それは優しさである事に偽りはない。とっても勉強になりました!」
「そうかい」
小生意気な頭をポコンポコンっと叩いてやる。
「こん中にわたあめ意外の物も詰められたみたいで何よりだな」
「むうっ。褒めてるのに意地悪っ」
プイっと横を向いた膨れっ面をつつくのが面白かった。
「お二人ともー、どうかしたんですかー?」
「おーう、何でもねえ。行くぞハトエル」
「はい!」
アイリの元へ急ぎ、俺らはクエストに集中する事にした。
何度かモンスターと遭遇する事もあったが、スライムやナメクジ野郎、イノシシもどきなどの下級モンスターばかりで、俺らは難なくクエストを進めていった。
アイリが持ってきてくれた採集用のポーチのお陰で、目標の2000リルク分相当の薬草は入手出来た。
「おう、これだけありゃ十分だな」
「はい。多分、一人1000リルク分の量になったでしょう」
「かなり歩いたからなー。そういや腹も減った」
「そうですね……」
アイリが懐から小さな懐中時計を取り出す。
「今はもう午後の一時を回ってます。御昼時を少し過ぎてしまいましたね」
「ならさっさと戻って飯にしようぜ~」
「はい。あ、モーニング市場の奥にはちょっとした食堂があるんです。そこで食べませんか?」
「おー、いいねえ」
「ハトエルちゃんも、後でわたあめ食べようね」
「わーいっ! わったあめ、わったあめ~!」
戦果も上々、アイリも元気になった。ポンコツ天使もご機嫌。
まあ、なかなか良い雰囲気だ。今日は飯を美味く食えそうだ。
「わったあめ、わった……あっ!?」
声を上げて、わたあめ音頭を止めるハトエル。
まさか……。
「お、おい。トイレだよな?」
「残念ながら違いますっ……! これは……」
「え? どうしたの?」
このパターンは口で説明されなくても分かる。
またイクリプスが出現したのだろう。
「ちっ、せっかく気持ちよく飯にしようって時によ!」
「ど、どうしたんですかノゾムさん?」
「え、えっと。あ、なんか嵐が来そうな感じがする! 早く市場に戻ろうぜ!」
「え? そうですか? 風も吹いていませんが……」
「いいから、行くぞ」
「あ、はい」
急いで森から出る。街道に出て、市場への方向へ歩き出した辺りでアイリも声を上げた。
「あっ、魔力の乱れ……! もしかして!」
今のところ、辺りにモンスターが現れたりはしてないし、何か異変があるようには見えない。
が──
──ゴゴオオン……──
「!!」
「今の音はっ……」
「市場からですっ!」
足裏にビリビリと響いた衝撃。爆発か、何か。
既に戦闘が始まってるのかもしれない。
「っ!」
「! 待て!」
走りだそうとするアイリの手を掴む。
「行くつもりか?」
「はい!」
真っ直ぐに、真剣な表情で答えるアイリ。
「きっとまた誰かが傷つけられている……。私に出来る事なんてない、自己満足かもしれないけど……」
「……そうか」
あーあ。
あーあーあーあーあ~。
今日は面倒事とは無縁にのんびりと過ごせると思ったのによ。
「……。よし、行くか」
「えっ!?」
アイリのまん丸な目がパチパチと瞬いた。
「ついてきてくれるんですか?」
「行かないと口うるさく言う奴が居るんでな」
俺は隣のハトエルの頭をポコっと叩いた。
「こいつと口論する方がめんどっちい」
「私のせいですか?! でも、偉い!」
また小さく伝わる地鳴り。
「よしっ、行くぞ! んでもって、また四天王の奴がいやがったら渾身の力を込めてボッコボコに悪口言ってやる!」
「戦わないんですか?!」
三人で走って音の発生源へと向かう。
すぐに震源地へと到達し、暴れ狂う巨大な影を確認した。
「っ! やっぱりかよ!」
「あれは……?」
暴れていたのは巨大な木の怪物だった。10メートルかそんくらいの高さと、一軒家の胴回りくらいの木。しかし、その幹には不細工に裂けた口のような物があり、そこから不気味な唸り声を漏らしている。
そして、胸にはあの忌々しいコアがあった。
大きく広がった枝葉がガサガサと揺れ、灰色の葉っぱが辺りに落ちる。枝がしなり、巨人の鞭となって大地を打つ。
市場の露店や道路が破壊されていく。
「イクリプス!」
「あら?」
破壊活動を続けるイクリプス。その近くに平然と立っていた人影が、こっちへ振り向いた。
「あっ、あんたらは……」
「あっ、山で見たエロサキュバス!」
「誰がエロサキュバスよ!」
そこに居たのは異世界エロ魔族こと、四天王紅一点の悪の女幹部サフィラであった。
「またお前ら四天王の仕業かよ!」
「それはこっちのセリフよ。またあんたらも居た訳?」
苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるサフィラ。
「まったく、やりにくいったらないわ……」
「あん? 何か言ったか?」
「何でもないわよ」
サフィラは苦い表情のまま吐き捨てるように言った。
「見れば分かるでしょ? ここに居ると命の保証は無いわ。さっさとどっか行きなさいよ」
「っ、嫌です!」
俺が何か言い返す前に、アイリが叫んだ。
「また人々を困らせて、誰かを傷つけるなんて……! 今すぐ止めて下さい!」
迷うことなく杖を構えてイクリプスに向けるアイリ。
サフィラが驚いた顔になる。
「馬鹿な事は止めなさい。あんたごときの力でどうにかなる相手じゃないって分かるでしょ?」
「……」
杖は小さく震えていた。
「勇気を……勇気を出さなくちゃ……」
アイリの全身に魔力のオーラが滲む。
「フレア・ショット!」
──バシュッ──
簡単な詠唱と共に火の玉が杖の先端から発射される。それは暴れるイクリプスの背中に当たって爆ぜた。
『ゴオオオオン……』
ガサガサっと枝葉を震わせてこちらに振り返るウドの大木。目は無いが、明らかに俺らの事を認識している。
「っ……!」
『オオオオオオッ』
「止めなさいっ!」
今にも倒れこんで来そうな巨木にサフィラが一喝を浴びせると、動きが止まった。
イクリプスは小さな唸り声を漏らし、そのまま背を向けてしまった。
サフィラの怒声が飛んでくる。
「何考えてんのよ! あんた死ぬつもり?!」
「……」
睨み合う二人。
いつもと違って譲らないアイリ。そんなアイリを苦々しく見るサフィラ。
「……。はぁ。しょうがないわね」
サフィラが懐からあの例の水晶を出して掲げる。
「あんたらはモンスターと遊んでなさい」
「「「!?」」」
水晶が妖しく光ると、そこらの森から雑魚モンスター達がわらわらと現れた。
「こ、こいつらは!」
どいつもこいつも普段から討伐している雑魚ばかりだが、俺らの手に負える数じゃない。
そいつらはサフィラへの行く手を阻むように群れをなしてひしめいた。
「じゃあね。そいつらは待機させてるだけだから。逃げたきゃ逃げれば?」
そんなセリフを捨てて、サフィラが背を向ける。
「あっ! 待って!」
それを咎めるようにアイリが声を上げるが、返ってきたのは冷たい言葉だった。
「力がないのに立ち向かおうとするのは勇気じゃないわ。蛮勇よ。そんな自己満足で死んだら馬鹿もいいところよ」
「あ……」
「さっさと帰りなさい」
サフィラは言いたい事だけ言って、イクリプスと共に行ってしまった。
お疲れ様です。次話に続きます。




