109話──優しさの価値は……
モーニング市場前に到着し、俺ら冒険者一行もドヤドヤと降りる。
「それじゃあな。お前さんらも頑張れよ」
「ルーキーの内は色々とキツいが、慣れれば案外楽しいぜ」
「その内、一緒に高難易度クエストを受ける事もあるかもね。ガンガン稼ぎなよ」
先輩どもの熱い激励を受ける俺ら。くそ、ちょっとカッケエ余裕ぶりじゃねえか。早くこんな風に調子乗りてえぜ。
「けど、駆け出しの間はあんまり無理すんなよ」
「そうだね、身の丈に合ったクエスト選びは重要だよ。死んだら何にもなりゃしない」
「まあ、例の帝国が使ってくる変なモンスターやドラゴンに会わなければどうにかなるけどな」
「それに、いざとなったら魔法少女が助けてくれる」
「魔法少女……」
魔法少女という言葉にアイリが反応した。
「じゃ、俺らはこの辺りで」
「おう、達者でな」
名前も知らない冒険者らと別れ、俺ら三人は三人で自分達のクエスト開始だ。
「ちっ。俺もあんな風に先輩風吹かしてえ~。こうなりゃすぐにでもSランクの仲間入りだ。気合い入れてくぞアイリ」
「……」
「アイリ?」
ボーっとして、どこか遠くを見ている。
「おーい、アイリちゃーん?」
顔の前で手を振ってやったら、ハッと我に返った。
「あ、すみません。行きましょうか」
そう言って歩き出すアイリ。やはり心ここに在らずといった感じだ。
「アイリさん、どうしたんでしょうかね?」
ハトエルがそっと耳打ちしてきた。
「どうもボンヤリとしているようですが……」
「そうだな。まあ、お前同様能天気お花畑な奴なんだが、そういうおっとりとは違うよな様子だ」
「大丈夫かなあ……。って、今私の悪口言いましたね?」
アイリの様子がおかしいのは昨日からだ。という事は昨日に何かあったと見るべきだな。
そういや、変身した俺が帰る時も浮かない面をしていた。
何がそんなに気になるのか。
「うーん……。駄目だ、わかんねえや」
「え、何がですか?」
「あの能天気聖女のお悩みだよ」
「悩み……。アイリさんの悩み……」
ハッと息を飲むハトエル。
「もしかしてっ、良くない大人に毎日付きまとわれてるとか?!」
「なにっ? そんなクソ野郎に心当たりあるのか?!」
「はいっ!」
「誰だそいつは?!」
ビッと俺に向けて指された指を捻り上げてやる。
「痛いっ痛いっ痛い!」
「ナマ言うな天ガキ」
が、もしかしたら人間関係の悩みかもしれんしな。
ここで邪推してても埒が明かないし、ここはストレートに聞いてみるか。
「迷ったら人に尋ねる。これは基本だ」
「本人から直接聞くんですか?」
「おう。あれこれ考えるのはめんどっちいからな」
「大丈夫かなあ。あんまりデリケートな事じゃないといいんですけど」
先を歩くアイリに追いついて肩をトントンっと叩く。
「アイリ、ちょっといいか?」
「? はい、なんでしょう?」
「何かあったのか?」
「え?」
パチっと瞬く瞳。
「いや、なんだか昨日からボンヤリしてるように見えてな」
「あ……」
そう告げるとアイリは困ったように小さく笑った。
「すみません。顔に出ちゃってましたか」
いや、アレで隠してられてると思ってたんかい。
「どうしたんだ? もしかして昨日オニックスの野郎に吹っ飛ばされた時にどっか頭でも打ったか?」
「い、いえ。そんな事はないです」
ハトエルも心配そうにアイリの手を握った。
「アイリさん、大丈夫ですか? どこか怪我してるなら私がヒールしますよ?」
「ありがとねハトエルちゃん。でも、違うの。怪我とかじゃないの」
「なら悩みか。それならこの人生の大先輩の俺が聞いてやろう。何でも聞きな。どんな悩みだって賢者の知恵をもって解決してやろう。ただし、恋の悩み以外な」
「あははは……」
もはや見慣れた苦笑。その後にアイリは少し自嘲じみた笑みで語りだした。
「あの、大した事ではないんです。本当に変な話で……。私が勝手に自信を無くしちゃっただけで……」
「自信?」
「はい。昨日、オニックスが現れた時。屋台を壊されてリンさんが悲しみに暮れていました。そんな時、私は何もしてあげられなかった」
歩くペースがゆっくりになる。俺も歩幅を合わせる。
「彼が暴虐な振る舞いをしている時。私は怖くて動けなかった。ホープが、魔法少女はあんなに勇敢に戦っていたのに」
「それは仕方ねえだろ。ホープには魔法少女としての使命と実力があるんだ。お前が同じ事をしなくても文句なんて出ねえよ」
「そうかもしれません。でも、それだけじゃないんです」
いつの間にか立ち止まるアイリに合わせて俺とハトエルも止まった。
「私は、普段から誰かの役に立ちたいとか、人のために何かしてあげたいと思っています。それが人として正しい事だと。でも……。結局、私は何も出来なかった。誰かが必要としている時には無力だったんです。だから、今までの私の行いが全部ただの自己満足にしか過ぎなかったんだって気づいて……。それがなんだか情けなくて……」
「……」
「そ、そんな事ないですよアイリさん!」
ハトエルが正面に回り込んでアイリの両手を掴む。
「長い付き合いとは言えませんが、私はアイリさんの行いを見てきました! 自己満足なんてだけであんなに清らかな心は持てません!」
「ハトエルちゃん……」
「ねっ? パパもそう思うでしょ? アイリさんの高貴な精神は本物だったと思いますよね? アイリさんは人として正しいと分かってるから人助けをしてましたよね?」
「……。いや、そいつはどうかな」
「えっ?!」
驚愕の表情を浮かべるハトエル。アイリの目も悲しげな影が差した。
「別に人間として正しいからとかじゃなくて、アイリの自己満足だろ」
「な、何を言ってるんですかパパ!」
非難めいた目を向けてくるハトエル。
「貴方は誰よりもアイリさんのお世話になってたじゃないですか! それなのに、そんな事を言うなんてっ……!」
「……高潔な精神。自己犠牲か。確かに、耳ざわりは良いな。けどな、そんなモンを使命感だのやるべき事だからってやってる奴が居たらただのアホだ」
「なっ……!」
久しぶりに見たハトエルの怒りの瞳。
「本気で言ってるんですか? アイリさんの数々の善行を目の当たりにして、たくさんお世話になっておきながら、そんな事を本気で言ってるんですか?」
「……。アイリ」
アイリが顔を上げた。
「自己満足がそんなに駄目か?」
「え?」
「自分がやりたいと思ったから良い事をしたりするのは駄目。本当にそう思うか?」
「……だって、私が勝手にやりたいからって理由じゃ、ただの独りよがりな偽善なんじゃ……」
「それで良いじゃんかよ。別に」
「え?」
ハトエルも意外そうな顔で俺を見上げていた。
「善行が良い事だからとか、正しいからだとか、そんな理由が存在するからじゃない。独りよがりな善行。それでいいじゃねえか」
「そう、ですか?」
「自分がやりたいって理由で良い事する奴のどこが駄目だってんだよ。誰かに言われたり、評価されたりするからって訳じゃなくて、自分がしたいと思っての思いやり。損得とか正当性とか抜きの思いやり。心からそうしてやりたいっていう真心。そういうのが本当の意味での優しさってやつじゃないのか?」
「あ……」
「お人好し過ぎて俺にはさっぱり分かんねえ感覚だけどな。でも、そういう人間が居てくれりゃ助かる人間も多いだろう……。俺とかな」
「え?」
「あー。まあ、あれだ」
良い言葉も浮かばないのでポンポンっとアイリの肩を叩いておく。
「自分のやれる範囲で何かしてやる。強くなくてもいい。万能じゃなくてもいい。ただ、出来るだけ誰かの役に立ちたい。そういう気持ちって誰にでも持てるもんじゃない。出来るか出来ないか。やるべきか、やらなくていいか。そうじゃなくて『やりたい』って気持ち。悪い事じゃないだろ? 自己満足だったとしても……多分、最高の自己満足だぜ」
「ノゾムさん……」
「ま、アレだ」
コホン。
「お前のお陰で俺ら親子は飢え死にもせずにこうやって人生を謳歌してられるんだ。少なくとも、俺にとっては最高にありがたい自己満足だ。なのに、落ち込まれてお人好し善行を廃業されちゃあ困る」
──ポン──
「もっと誇っても良いんじゃないか? お前の持つ、その優しさは」
「……」
「さ、てな訳で……。今日も頼みますぜアイリ大先生よ」
俺は揉み手を繰り出した。
「お前さんの活躍でまた俺らはがっぽり、今晩も満腹だ。今日も頼みまっせ。ほれ、ハトエル。お前もやれ」
「えっ?! わ、私も?」
「そうだ。いいか? 我が家の家訓三本矢は“ごますり、太鼓持ち、三味線引き”だ。今の内にマスターしとけ」
「もーうっ、ほんとパパはお馬鹿さんなんだから!」
「いーから、やれ。ははーっ、アイリ様~、何卒我々に幸運を~!」
「え、えっとー! わ、わ~いっ、アイリさん、今日もお願い~! ピロピロロ~ン!」
奇妙な踊りと化した俺らのごますり祈祷を前に、アイリは目をパチパチさせていたが、やがてプッと吹き出した。
「もう、止めて下さいよ。恥ずかしいです」
そこには、やっと何時もの穏やかな笑顔が戻っていた。
お疲れ様です。次話に続きます。




