108話──アイリの憂鬱
次の日の朝。
「今日はどうしますか? 地図に示された場所はまだ4ヵ所ほどありますが」
「おいおい、また今日も働かせるつもりか?」
朝飯を食い終わるや仕事の話を持ち出しやがって。ちっとはゆっくりさせて欲しいぜ。
「俺らにだって生活があるんだぞ。一銭にもならねえ仕事なんかしょっちゅうはやってらんねえぞ」
「でも、また四天王がイクリプスをけしかけてくるかもしれません。こんな時こそ魔法少女の出番ですよっ!」
「魔法少女は週休五日制を採用していてな。今日は休みだ」
「またまた~。そんな事言って~。つれない言葉とは裏腹な熱い魔法少女魂のホープじゃないですか~」
「なんじゃそりゃ……」
こいつは俺が仕方なく魔法少女やってるのを忘れてやがんのか?好きでやってる訳でもないし、一日も早く廃業してえんだぞ。
「盛り上がってるとこ悪いんだが、今日は魔法少女は休業だ」
「ええ~……」
露骨に残念そうな顔してテーブルに突っ伏すハトエル。
「うぅ~。またカッコ良くて可愛いホープの姿が見たかったのに~……」
「あのな。変身する度にゲロまみれになる俺の身にもなれ。そろそろ胃液の味が舌に馴染んできちまってるんだぞ」
「うぇーっ、気持ち悪いっ!」
──グリグリグリグリ~──
「わあーんっ!」
「お前も腹パンして苦しみを共有させてやろうか?」
それでも俺の苦しみの三割も分からんだろうがな。
軽く食休みした後、俺らは普通のギルドの仕事を受けるために家を出た。
いつものように冒険者ギルドの古びた扉を開け、中へ入る。これも馴染んできちまった。異世界生活も日常になっちまえばどうって事ない。
「さて、と。今日のクエストはどうすっかね」
最近は薬草クエストばっかりだからな。ここらでちょいと背伸びして高額報酬の討伐クエストと洒落込むか。
「けど一人でってのはなあ」
「私が居ますよっ」
「お前は戦力外だろ」
「後方支援です!」
「いいか、よく覚えておけ。異世界においては後方支援はどんなに腕が良くてもクズ扱いされてパーティを追い出される」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。そして、追い出した側は大体落ちぶれてひでえ目に逢う」
「天罰てきめんです!」
ハトエルは曲がりなりにも天使だが、そこまで戦力にはならない。となれば、俺一人でいけそうなクエストでなければならん。
が、いかんせん適正クエストが無い。ほとんどランクC以上推奨クエストだ。
「くそ。やっぱり薬草しかねえか……」
「二人で頑張りましょうっ」
やっぱりパーティは必要だよな。アイリとクエスト行ってた日々が懐かしいぜ。まあ、ほんの数回だけだが。
「これにするか」
とりあえず、薬草クエストの紙を取る。
「今日はどこで採集しますか?」
「そうさなぁ……」
と、クエストエリアを悩んでいた時だ。
「ん?」
視界の隅に鮮やかな赤色が揺れた。
「あれ……? アイリ?」
「え?」
酒場の奥。角の席に一人で座るアイリの姿があった。
何も飲み食いせず、クエストの依頼書をじっと見つめている。
「アイリさん、お一人で来てたんですね」
元はソロでやってたみたいだし、別に変ではないのだが、その真剣な横顔が妙に気になる。
昨日から様子が変だったし。
「……ちょうどいいや。アイリの奴も誘ってみるか」
「賛成ですっ」
俺らが近づいてもアイリは気づかず、まだ依頼書とにらめっこしていた。
どこか思い悩んでいるようにも見える。
「失礼、お嬢さん。相席してもよろしいかな?」
「え?」
軽いジョークを吹っ掛けてやると、アイリがふと顔を上げた。
「あ、ノゾムさん、ハトエルちゃん」
「こんにちはっ。アイリさんもクエストを受けに来てたんですね」
「え、あ。うん」
依頼書を裏に伏せて、愛想笑いを見せるアイリ。
「ハトエルちゃん達もクエスト?」
「はいっ。パパはお金が欲しくていつも飢えてますから」
「当たり前だ。金ってのはな、いくら食らっても決して満腹にはならねえ飢餓の種なんだ。俺の飢えは死ぬまで満たされる事はない」
「あははは……。ノゾムさんも大変ですね」
「そうだ。だからアイリちゃんよ。そんなひもじいお兄さんのクエストを手伝う気は無いかな?」
そう言ってみると、アイリは迷うような素振りを見せた。
「あ、えっと……」
チラリと依頼書に目線を落とす。
「お、何のクエストやろうとしたんだ? 手伝ってやるぜ」
「あっ」
依頼書をひっくり返して見てみると、そこには『推奨ランクB以上。手配モンスター討伐』という題名でクエスト内容が記載されていた。
「おん? こいつは……」
「あ、いえ……あはは」
バツが悪そうに笑うアイリ。
「え、えっと。私も自分の腕を試してみたくなっちゃって。それで背伸びしてみようかな~って」
「背伸びねえ……」
討伐対象にはバングリズやキングガーニンも含まれている。明らかに背伸びどころか寿命が縮まる相手ばかりだ。
「無理は良くないぜアイリちゃん。ここに並ぶモンスターはどれもお前の手に負える相手じゃないのはお兄さんにも分かるぞ?」
「う……。はい……」
「アイリさん、いきなりどうしたんですか? もしかして、アイリさんもお金が欲しく?」
「う、ううん。違うの。ただ……」
「ただ?」
しかし、アイリはそれ以上は答えようとしなかった。
「……。ま、事情はわかんねえけどよ」
──ピラッ──
「あっ」
「これは止めときな」
アイリから依頼書を取り上げる。
「ほんわか優等生にしては危ない橋を渡ろうとするじゃないか」
「い、いえ。別に……」
歯切れの悪く、目を逸らす。
やはり何か様子が変だ。何か悩みがあるようだが、それが何かまでは分からない。
「……ま、何があったかは知らねえけどよ。あんまし無理すんのは感心しねえな」
「……」
「せっかくお母さんも元気になったんだからよ。肝心のお前に何かあったら意味ないぞ」
「……はい」
しゅんっと肩を落とすアイリ。
「……。ま、それはそれとしてだ、アイリちゃんよ」
俺はさっき取った採集クエストの依頼書を見せた。
「代わりといっちゃなんだが、俺らのクエストを手伝ってくれねえか?」
「え?」
キョトンとするアイリ。ハトエルがプンプンっと怒りだす。
「もうっ、パパは図々しいですっ。人のクエストを取り上げといて自分のを手伝わせるなんて!」
「お前は黙ってろポンコツ。で、どうだアイリ。今日一日ナイスガイなお兄さんに少し付き合ってくれる気はないか?」
「……。はい。大丈夫ですよ」
優しく微笑んで承諾するアイリ。少しだけ朗らかな明るさが戻ったようにも見えた。
パーティーを組んだ俺らは採集クエストを受注し、今日はモーニング市場方面へ向かう事にした。
「この間ギルドが行った討伐クエストキャンペーンでモンスターの数が落ち着いてきたそうです。ですから、森の奥へ入ってもそこまで危険ではないでしょう」
定期便に乗る時にアイリが事情を説明してくれた。今なら採集クエストもやりやすいそうだ。
馬車には、他にも同業者の冒険者が何人か乗っていて、各々がクエストの打ち合わせとか世間話に花を咲かせている。なかなか賑やかな雰囲気だ。
「よ、最近よく見るな。新人か?」
その内、一人の冒険者が気さくに話しかけてきた。
「この頃よくクエスト受けてるのを見かけてな。毎日のように働いては酒もやらずに家へ帰ってるから冒険者にしては真面目だと感心しててな」
「まあな。ほら、俺も腐っても日本人だからよ。働くのが大好きで、仕事のために人生を捧げるタイプの大和男児なのよ。三六協定なんぞ知ったことか。幸福度ランキングよりも過労死ランキングが金メダルで輝いてるぜえ」
「そ、そうか。よく分からんが勤勉なんだな。子連れで冒険者なんて大変だろうに」
他の冒険者も俺らの事を知ってるようで、ハトエルににこやかに話かけていく。
「パパのお仕事の手伝いか。偉いな」
「はいっ。パパはすぐに仕事をほっぽりだそうとするので私がちゃんと見張ってるんです!」
「可愛い子ねー。結婚はまっぴらだけど、あたしもこんな可愛い子が欲しいわ」
「えへへー。ありがとうございます!」
「ふむ。そっちの子も娘さんかい?」
と、一人の冒険者がアイリに顔を向ける。
「もしかして姉妹で父親の仕事を手伝ってるのか?」
「あ、いえ。私は娘ではなくて……」
「そうだ、娘だなんて失礼だぞ。こっちは俺の妻でな。幼な妻ってやつだ。そろそろ二人目の子を一緒に……」
「ち、違いますっ! もうっ、ノゾムさん!」
「はっはっはっは! なんだか面白い奴らだな」
何時もと違い、ワイワイと騒がしい行程。しかし、その行きずりの空気が意外にも心地よく、嫌な気がしなかった。
それでも、少し気になったのは、やはりアイリの表情があまり優れない事だった。
お疲れ様です。次話に続きます。




