105話──アイリの怒り
「ん?」
名前を呼ばれたオニックスがこちらへ振り向く。
「ぬ? 俺の名前を知ってるとは……。はて、どこかで見た覚えが……」
オニックスはまじまじとアイリを見つめていたが「ああ」と合点がいったように頷いた。
「いつぞやの魔法少女と間違えた小娘か」
あまり興味も無さそうにそう言う。
「貴様ら、ここは今から戦場になる。命が惜しければさっさと逃げるがいい」
『ビイイイイイイイイッ』
空を切り裂く怪鳥の声。不気味なさえずりが人々を驚かせて惑わす。
「俺は民間人に手をかけるつもりはないんでな。好きに逃げるがいい」
「……そんな言い分、勝手ですっ……!」
「ん?」
「アイリ?」
俺が何か言う前に、怒りのこもった声をアイリが上げた。
「関係の無い人達を何度も巻き込んでおきながら、害を加える気は無いだなんて……。どの口が言うんですか?!」
「アイリさん……」
いつもの温厚な彼女とは違う。激しく、熱い怒りの感情だ。
「あんな怪物を繰り出して何度も何度も人々を恐怖に陥れて……皆が楽しみにしていた三限祭までめちゃくちゃにしておきながらっ……!」
「……」
オニックスの奴は静かな表情をしていた。そこからは、その心情は読み取れない。
「そして、またこうやって無関係な人を巻き込んで! 貴方にとっては一般市民を誰も傷つけてないつもりでもっ、今こうやって傷ついた人が居るんです!」
アイリの怒りの目が悲しみに変わり、未だに座り込んだままのリンの背中へと視線が移る。
「リンさんがどれだけ頑張ってたか……そんな事も知らずに『手にかけるつもりはない』だなんて……。命を取らなければ……日常は奪ってもいいんですか?」
「……」
オニックスは表情を変えないままアイリを見ていたが、淡々とした言葉を返した。
「愚かな王女の下に生まれた自分達の不幸を恨むんだな。我々は我々の成すべき事をするまで。そのためには犠牲などいとわん」
そして、その全身から殺気が沸き立った。
「勘違いするなよ小娘。俺にとって貴様らは敵だ。泣き言など聞く気はない。命があるだけありがたいと思え。それでも我慢ならぬと言うのなら……ここで俺に挑んでみるか?」
「っ!」
その言葉の次にはビリリッと凄まじい闘気が空気を走り、俺もアイリもハトエルも身をすくめた。
「ふん。忠告を無視するならそれまで。好きにしろ。元より、俺にとって王国民などどうなろうと構わんからな」
オニックスが上空に手を掲げる。
「イクリプス! もうすぐ王国軍が来る! 迎え撃つ用意をしろ!」
『ビイイイイイイイイッ』
不気味な声が空を震わせる。
「くっ!」
俺はリンの腕を掴んで無理やり立たせた。
「リンっ、ボサっとするな! 早く逃げるぞ!」
「は、はい……」
「アイリっ……アイリ?!」
次いでアイリも連れて行こうとしたが、アイリは背中の杖に手を伸ばしていた。
「お、おい。まさか……」
「うぅ……」
震える手で杖を持って構えるアイリ。明らかに腰が引けてる。
「お前、まさかあの野郎とやるつもりじゃ……」
「こ、これ以上、誰かが傷つく前に、私が……」
「ほう? やる気か?」
オニックスからゆらりと魔力が滲む。
「言っておくが、牙を向けるならばそれは戦士だ。子供も女も関係なくなる。俺は戦士には容赦しない。それでもやるか?」
「う、うぅ……」
カタカタと杖が震え始める。すでにその恐怖は彼女の膝にまで及んでいた。
「アイリ……」
俺はその震える肩を掴んだ。
「あんなデカブツ、どうしようもねえよ」
「でも……」
「ハトエル、お前はリンを」
「は、はいっ」
リンはハトエルに任せて、俺はアイリを支えるように促して、オニックスから背を向けた。
「……」
よし、後はこのまま落ち込んでるアイリ達を連れてすごすごと引き下がりゃいいだけだ。
が──
「……おいっ、この筋肉ダルマ!」
「うん?」
俺は首だけ後ろに回してオニックスに叫んだ。
「ティアラ・ホープに敗けてやがるくせにカッコつけんなっ、無駄肉ぬりかべめ! 早く山に帰って負け傷と野ブタの骨でも舐めてろ!」
──ピキッ──
「さっさと消え失せんかっ、雑魚があ!!」
『ビュイイイイイッ』
上空のイクリプスが途端に下降してきて、その風圧を俺らに浴びせてきた。
──ビュオオオオオオオッ──
「ノオオオオオッ?!」
「きゃああああっ!?」
「わまま~っ?!」
「わああぁ~!?」
俺達四人は簡単にピューッと吹き飛ばされ、空を飛ぶ羽目になった。
数十メートルくらい吹っ飛ばされたところで地面に落ちる。
「いって?!」
「あうっ!」
下が芝生だったため、まだ衝撃は和らいだが、かなり強かに打ち付けられた。
「いっつつつ……あ、あの野郎、異世界補正がなけりゃ瀕死の重傷だったぞ……」
「う~、お尻打った~……」
ハトエル達も近くに倒れている。
「おい、お前ら無事か?」
「な、なんとか……」
「わ、わっちも……」
どうやら三人とも無事なようだ。
「あの筋肉ダルマめ~。なーにが一般人には手を出さないだ。盛大に吹き飛ばしてくれやがって」
「……くっ」
「ん?」
まだ痛む腰を押さえながらアイリの元へ近寄ると、彼女は地面の草が抜けるほどに拳を握りしめていた。
「わ、私はっ……勇気が……」
そんな悲痛な声を振り絞り、すぐ横で項垂れたままのリンの背中をさすりだした。
「ごめんねリンさん……。私、何もしてあげられなくて……」
「いえ……アイリさんが謝る事では……」
そんな少女達の後ろ姿はとても悲しげで、寂しい感じがした。
「……望さん」
ハトエルが耳元に寄ってきて、小さく囁いた。
「お二人をどうにか元気付けてあげましょうよ」
「俺が?」
「はい」
「なんで俺がそんな事しなくちゃなんねえんだよ」
「えっ」
「俺は他人を励ますのが苦手でな。やりたくもないし、上手くもない。やらない方が皆のためだ。ともかく、さっさと二人を連れて安全なとこまで行くぞ」
「……」
何か言いたげなハトエルを押し退ける。
「ほれ、二人とも。せっかく安全なとこまで飛んでこれたんだ。もっと離れるぞ」
まだしょぼくれているアイリ達を促して立たせる。
「足下気をつけろよ。ほら、ハトエル。お前はリンを支えてやれ」
「あ、はい……」
離れた所からイクリプスの雄叫びが聞こえてくる。まるで勝利の勝鬨のように響いてきやがる。
俺らはそんな声に背を向けてトボトボと歩きだした。
「……。おっと、しまった」
「? どうしました?」
「さっきそこらをブラついてた時に財布を失くしちまってたんだ。少し探してくるから先に行ってろ」
「え?」
目を丸くするアイリをハトエルに押し付ける。
「て訳だハトエル。二人を連れて先行ってろ」
「こんな時にお財布だなんて! それこそ諦めてください!」
プンスカと怒るハトエルにデコピンを食らわせる。
「あいたっ!?」
「いーからさっさと行け」
「……」
ハトエルは何か考えるように俺の事をじっと見ていたが、黙ってアイリとリンの背中を押して行った。
「……さてと」
俺は周りに誰も居ない事を確認してから、近くの納屋に滑り込んだ。
「……」
──チャッ……──
リンク・クリスタルがキラっとウインクしてくる。
「シャイニー・リンクル!!」
──ヒュイイイィンッ──
──バキッ、ボキッ、ベキベキッ、ポイッ──
──ドサッ──
「ウオエエエェェ……」
何度やっても慣れねえよなあ、この変身だけはよぉ。
「うっぷ……ウォェ……よし……!」
そっと外を伺い、誰も居ないのを確認してから出る。
「しかし、めんどっちい事だけは都合良く話が進むよな」
調査開始初日の一発目でいきなりオニックスと遭遇か。幸先良いやら悪いやら。
「まあいいや」
『ビュイイイイイイイイイッ』
我が物顔で空を飛ぶイクリプスに狙いを定め、グッと踏ん張る。
「せーっ、のっ!!」
──ドオンッ──
大地を蹴り、ギュンっと風を切り裂いて弾丸のごとく飛び立つ。
──ヒュオオオオッ──
「そおりゃあああ!!」
『ビュイイイイッ……』
すぐ目の前に迫ったイクリプスと目が合う。
その巨大な鈍色の真珠に俺の姿がいっぱいになったのが見えたと同時に──
──ズドオォッ──
『ビイイイイイイイイッ』
ロケットジャンプキックがイクリプスの首にめり込んだ。
首がバキッと折れ曲がって落ちていくイクリプス。
「どうだい、飛ぶ鳥を落とす勢いの蹴りはよ」
落下していくイクリプスへ追従する。
お疲れ様です。次話に続きます。




