99話──静かな異変
「これを頼む」
「はい、薬草品類の納品クエストですね。お気をつけて行って来てください」
祭りも終わって一週間ほど。俺は適度に忙しい日常へと戻っている。
今日は朝から冒険者ギルドへ生真面目に足を運んで、手頃なクエストを見つけ出して受注した。
「ちぇ。薬草採集か。難しくもないし、安定した稼ぎにはなるんだが地味だよなあ」
「贅沢言っても仕方ないですよパパ。コツコツ真面目に頑張ればきっと神様も幸運をもたらしてくれます!」
「だったら今すぐ天界に戻って神々に伝えてこい。このヒーローの俺様が困ってんだからすぐに金持ちにしやがれってな」
「罰当たりっ!」
ハトエルとギルドを後にして、南の門で定期便に乗り、サンセットレイクを目指す。
「どうせならアイリにも手伝ってもらうべきだったか」
「アイリさんはお母さんと平和に暮らしてますからね。私達は自分達の力でクエスト頑張りましょう!」
「まあ、それはそうだな」
魔法少女として何度か帝国と戦ってはいるが、そういう時以外は俺もただの冒険者。この世界で生活する一人の人間だ。
細々とクエストをこなして生活を営む。そんなありきたりな日常。
貧乏姫アルメからの支援も多くは望めないので、自分の食いぶちは自分で稼がなくてはならん。
何も事件が無い時は平凡な男として暮らし、いざと言う時に変身する。
「ふ。まるで正義の魔法少女みたいじゃないか」
「? そうですよ?」
ハトエルが小声で答えた。
サンセットレイクに着き、早速森の中へと入る。ここ何回か通ってるので慣れてはきたが、未だにクソナメクジは脅威なので油断はしない。
「さて。今日は時間もあるし、上限の1000リルク目指して頑張るぞ」
「はいっ! たくさんお金が貰えたらわたあめ食べたいですっ!」
「結果次第だな」
俺もザコモンスター相手なら少しは戦えるようになった。まだ魔法なんかは使えないが、こう、イロハと言うかノウハウというか、モンスターとの対峙の仕方がちょっとだけ分かったという感じだ。
まだ一人で無双出来るレベルではないが、少なくとも無事に逃げ切るくらいなら問題ない。
「あっ、キュア草です!」
「おっ、ナイス」
個人が一日に採って良い量はギルドによって取り決められているから、上限の1000リルク以上の薬草提出は受け付けられていないが、明日も来て採集ってのもアリだ。
「しかし地味よなあ。本当なら今頃ワイバーンとかドラゴンとかの頭を対物ライフルでスイカみてえに吹き飛ばしている頃なのによ」
「そう言えば望さんは魔法のガンスリンガーになる予定だったんですよね。懐かしいですねえ。あれ? なんで魔法少女選んだんでしたっけ?」
「おめえのせいだろっ!」
呑気にボケながらのクエスト。俺の思い描いていた異世界ファンタジーとは違うが、今はそこまで気に病まなくなってきた。慣れとは恐ろしい。
「望さん、少し聞いておきたい事があるんですけど」
「あん? なんだよ」
「魔王を倒した後は何をしますか?」
「唐突だな。まー、あんま考えてねえけど……」
考えてみりゃ、俺はそもそもここへ転移する時に何かやりたいと思ってた訳じゃねえな。単にチート無双ハーレムを経験したいと思っただけだ。
だが、それだってそこまで望んでいたのかと聞かれると、まあ別に……。
「いや、そんな事はない。やはり異世界と言えば美女ハーレムだ。俺はこの世界でハーレムを堪能するんだ」
「もー。もっと素敵な夢とか無いんですか?」
「素敵な夢だろうが。そうだな。まず正妻はアイリだ。んで、愛人にお母さん。リンとセイディは夜伽係で、アルメは絶対服従メイド」
「倫理観の欠片も無い夢っ!」
「んで、お前もおつまみ感覚の都合の良い女天使」
「神よっ、この人に天罰を!」
やりたい事なんざ無いが、もし平和になったら探してみるか。
ここで真面目に第二の人生を送る、そんな道を。
途中でモンスターに遭遇する事もなく、俺らは目的の薬草をかなり入手した。
なんてことない、平々凡々な時間だったな。
「今日はラッキーだったな。モンスターにも出くわさずにこれだけ集められるなんて」
「一旦ギルドに戻ってお昼にしましょうよっ」
「おう、そうするか」
「えへへ、今日は何を食べようかな──あれっ?」
と、ハトエルがいきなり声を上げて立ち止まった。
「なんだ、ト──」
「おトイレではありませんよーっ? そうではなく、なんでしょう。何か妙な気配が……」
キョロキョロと辺りを見回すハトエル。
「これは……? あの気配と似てる? でも、何だろう、少し違うような……」
「おい、いきなり電波系になんなよ。どうしたんだ?」
いや、待てよ。
まさか……。
「またイクリプスか?」
「い、いえ。いや、そう、かも? あれ、でも……。うーん? 何か違う……?」
こちらも緊張気味に尋ねたのだが、ハトエルの答えは要領をえない。
「あの、確かに妙な魔力の乱れを感じるんです。でも、イクリプスの時と違って禍々しい気配が小さいというか、薄いというか……」
「? ともかく、森から出るぞ」
ハトエルも何か困惑している様子だ。
何かは分からんが、これまでのパターンからすると良くない事が待ち受けてる可能性大だ。
とりあえず村へ戻るのが先決だ。
小走りで来た道を戻り、森から出る。
村に何か異変が起きた感じはしない。
「何もないみたいだが……」
「でも、またイクリプスか四天王が現れたのかもしれません。望さん、変身しましょう!」
「えー……」
まあ、そうなる流れなのは理解してるが……。
「でもなあ、やっぱあの変身時の痛みだけは何とかならんのか」
「そこは……頑張って!」
「麻酔にもならねえ言葉に感動で涙が出るぜ」
しゃあねえなあ。
「シャイニー・リンクル!」
──ヒュイイィーンッ──
──バキバキッ、ベキッ、ボキッ、ボキッ! ポイッ、ドサッ!──
「ウォエエエエエエッ!!」
「はいっ、ハンカチっ!」
「うっぷ……サンキュー……」
恒例のゲロ儀式を済ませて、俺は魔法少女フォームへと変身した。
木の裏からこっそり様子を伺う。
「うーん? 何も起こらねえぞ?」
「変ですねえ……。あっ、でも、妙な魔力の反応が近づいてます!」
果たせるかな、ハトエルの忠告通り、湖面の水が大きく膨れ上がり、飛沫を上げて大きな影が現れた。
「ん? ありゃあ……」
「あっ、あれはたしか……」
現れたのはキングガーニンだ。俺らが初めてこの村に訪れた時、群れで襲ってきた上級モンスター。
「あっ、でも見てください! あれ!」
「あ!」
ただのキングガーニンではない。見た目が少し紫に変色していて、腹の真ん中にコアがある。
「ちっ! やっぱりイクリプスか!」
「まだ村は襲われてません! 今なら被害を未然に防げます!」
懐から愛用のひょっとこ面を取り出して装着したハトエルと共に駆け出す。
一気に跳躍し、波打ち際に上陸しかけたイクリプスの前に降り立つ。
岸辺に居た村人達もイクリプスの接近に気づいて、辺りで慌てふためいていたが、俺が登場するや逃げるのを止めてその場でパアッと歓声を上げた。
「あっ! 魔法少女だ!」
「やったぞー! もう来てくれた!」
「魔法少女だーっ!!」
「またこの村を救ってくれー!!」
ヒューヒューッと熱い声援。熱い視線。可愛い~という声。
もう慣れてきたとは言え、やっぱり嫌だ。
「はぁ。つくづくこの姿じゃなけりゃ……」
まあいい。
今日も今日とて正義のぶりっこヒロインを演じますかね。
「みんなっ、危ないから下がってて! このモンスターは私が倒すから!」
「はいっ!」
「頑張れっ、魔法少女!」
「また伝説の力を見せてくれ!」
村人達は退避して逃げていくが、そこに悲壮感は無く、むしろ勝ち確のようなムードさえ漂わせている。
「……さて、と」
『ゴゴゴゴ……』
その間に上陸を果たし、すぐ目の前まで迫ったイクリプス。間違いなく、キングガーニンを素体として召喚したものだろう。
「ん?」
が、しかし。どうも妙な違和感を感じる。
確かに胸にはコアがあるし、ただのキングガーニンよりもサイズがワンランクアップして、色も変わり、ハサミの形がより凶悪な物へと変貌しているのだが、何と言うのか……。
地味、なような?
「……?」
今まで対峙してきたイクリプスはどいつもこいつも一目でヤベエ化物だと分かるプレッシャーのようなものがあったし、見た目はもっとインパクトある強化具合だった。
だが、こいつは元のキングガーニンをちょいと強化しただけのように見える。
さらに、もう一つの違和感。
操ってる人間の姿が見えない。
「そういやこの間のドラゴンイクリプスも操縦者が居なかったな……」
『グゴオオオオオッ』
唸り声を上げて、ハサミを振り下ろしてくるイクリプス。
考えるのは後だ。
「しゃっ!」
──バキイッ──
脳天に落ちてきた鈍器をジャンピングアッパーで迎撃。
ハサミは、脚の付け根から軽々ともげて吹き飛んでいった。
イクリプスがすぐにぐらつく。
「たあっ!」
いきなりコアへの攻撃チャンスが訪れた。すかさず回し蹴りを繰り出す。
(よしっ、まずはこの一撃でダメージを与えて、その後にラッシュで……)
と、フィニッシュまでの流れを頭の中で組み立てていたのだが……。
──ベッキィッ、バリンッ──
「え?」
俺の爪先が入ると同時に、水溜まりの氷が割れるようなあっけない手応えと共にコアが粉々に砕け散った。
『オオオオオオォ……』
イクリプスはそのまま霧散してしまい、後には砕け散った紫水晶が残されていた。
「あ、あれ? 勝った?」
あまりにも呆気なく、俺はイクリプスを撃破した。
「え……。終わり?」
あれ?マジで勝った?
「おおっ! さ、流石魔法少女だ!!」
「キングガーニンを一撃で!」
「しかも普通のよりも大きかったのに!」
「やっぱりすげええ!」
「魔法少女ばんざーいっ!!」
──ワアアアアアアアー!!──
俺はただ、村人達の大喝采を浴びながら、もう何も現れそうにない静かな湖面を眺めるしかなかった。
お疲れ様です。次話に続きます。




