第52話 おかしいな
「おかしい……」
ベッドに腰を下ろし、俺は訝しげに小首を曲げた。
何故こうなった。どこで間違えたんだ? 意味がわからない。
――コンコン。
飛び込んできたノックの音にどうぞと声を発した。開かれた扉からは艶やかな黒髪……リズベット先輩が満面の笑みで入室。
そう、おかしいのはこれだ!
あの日の茶会から、何故かリズベット先輩の態度が180度一変する。
一変したと同時に、この屋敷に住み着いた。
ことの経緯を話せば長くなる。
ウルドマン家に絶縁されてしまったリズベット先輩は、行く宛もお金もない。
それならしばらく俺の屋敷に腰を下ろせばいいと提案したのは、他ならぬ俺なのだが。
季節はもう冬だよ。
話し合ったのは夏だよ。秋を飛び越え冬……一体いつまでここにいるつもりなのだろうか。
アルカバス魔法学院の在籍はゴーゲン・マクガイン理事長の恩情の下、退学は免れたらしい。
しかし、夏休みが明けると同時に、理事長から寮に住まれてはどうかと提案があった。
それをリズベット先輩はあっさりと断ってしまった。
ゴーゲン理事長が理由を聞くと、住むところならあると言ったらしい。
リズベット先輩のことだから、万が一に備えて隠れ家や、隠し財産を所持していたのかと考えたのだが……一向に出ていく気配がない。
まるでここが私の新たな我が家だと言わんばかりに、我が物顔で居座り続けている。
いや、別にここに住んでもらうことは構わないんだよ。
我が家には既に変なの(セルバンティーヌのおっさん)が住んでいるしね。
だけど、リズベット先輩がこの屋敷に住むようになったことを知ったレイラが……。
「ちょっと、ジュノスの部屋で何していますの!」
「朝のご挨拶ですよ。そういうレイラさんは?」
「わ、私はたまたま前を通りがかっただけですわ!」
「そうですか。でも、随分とお早いですね。まだ早朝5時ですよ」
「……っ!? そういうあなたこそ!」
「……っ!?」
これだよ。
リズベット先輩が屋敷に住むことを知ったレイラが……何故か屋敷に住み着いた。
レイラの屋敷はすぐ目と鼻の先なのに……なんでわざわざ彼女までここに住むんだよ!
しかも、レイラとリズベット先輩は仲がいいのか悪いのかさっぱりわからない。
毎朝毎朝、どちらかが先に俺の部屋へとやって来る。まるで何か競争をしているように。
最初の頃は7時30分位だったかな? それが日を追う毎にやって来る時間は早まる一方。
今では早朝5時だよ。睡眠妨害もいいところだ。お願いだから勘弁してもらいたい。
それに、朝から人の部屋で火花を散らし合う行為は非常に迷惑であり、俺の精神衛生上よろしくない。
「リズベット、あなたどういうつもりですの!」
「これは奇遇。それは私も同様の意見です、レイラさん」
「「…………」」
「なんですのっ!」
「あらあら、やりますか?」
怖い。こんなのが数ヶ月続いたら恐怖でしかない。おまけに……扉の前では妖怪のようにレベッカが張り付いている。
まるで二人に呪いをかけるように、いつも扉の縁にしがみついて、ドス黒い何かを放つんだ。
この間、夜中にお花を摘みに行った帰り際、レベッカの部屋の前を横切ると、ドンドンッと何かを壁に打ち付ける奇妙な音を聞いた。
気になってそっと扉に耳を押し当て、中の様子に耳を澄ませると、呪いのような言葉をぶつぶつと呟くレベッカの声音が……。
翌日、廊下に五寸釘と手製の藁人形が落ちていた。それを発見したときには心臓が止まるかと思ったよ。
いや、実際2、3秒止まっていたかもしれない。
あれほど居心地の良かったお屋敷は、今ではホラーハウスへと変わりつつある。
これでは……バッドエンドを回避できているのか非常に疑わしい。
かと言って、リズベット先輩やレイラに出て行ってもらえませんか? なんて言えるわけない。そんな言葉を口にしたら、それこそバッドエンド確定じゃないか!
とにかく、何とか上手いことやり過ごさないと。
大丈夫。あと数ヶ月後にはリズベット先輩は卒業する。そうなればリズベット先輩も旅立つだろう。それは同時にレイラが屋敷に戻る日でもある。
数ヶ月――あと数ヶ月の辛抱だ。心を強く持って耐え抜くんだ、俺っ!
「ハァー……学校の仕度しよ」




