第40話 音魔術を求めて 2
20分ほど歩いたところで門へと到着した僕は、近くに立っていた兵士に話しかける。
「ん?どうしました、何かご用ですか?」
軽装ながらも鎧を着込んだ彼は、カシャリと鎧の音をたてながらこちらへ顔を向け、問いかけてきた。
「すみません、急で申し訳ないんですが……フィリッツさんって今居らっしゃいますかね?」
「フィリッツさんにご用事ですか?今は詰所の中に居ると思います。…ええっと、因みにご関係は?」
若干ながらも訝しげな表情を浮かべる兵士。まあ、急に何だと思うだろう。
「単なる顔見知り程度なんですが……ちょっと、フィリッツさんにしか聞けないことがありまして。あ、一応こういう者です」
そう言いつつ、ギルドカードを提示して身分を明らかにする。
「冒険者、ということは…ああ、もしかして音魔術ですか?」
察しが良いようでありがたい。
「はい。図書館にある本なんかにはほとんど記載されてなかったので…。頼れる相手がフィリッツさんしか居ないんですよ」
「なるほど。向上心が強いというのは良いことですね。案内しましょう、こちらへ」
彼に先導され、城門の内側にある詰所へと向かう。
入って二つ並んでいるうちの奥の部屋をノックし、入ります、と声を掛けた。
「ん?エド、少し早いようですが交代ですか?」
フィリッツさんは書類の積まれた机に座り、なにやら事務作業を行っていたらしい。それにしてもこっちの兵士さんはエドさんっていうのか。……豆粒ドチビじゃあないなあ。僕よりだいぶ背が高い。
「いえ、別件です。フィリッツさんに用があるという少年が……」
「あ、どうもフィリッツさん」
エドさんの後ろからひょこりと顔をのぞかせる。
「おや、リュー殿。お久しぶり……と言うほどでもないですが、元気そうで何よりです。今日はどうされました?」
「ちょっと、フィリッツさんの知識を貸していただけないかと思いまして。お話、聞かせてもらえませんか?」
フィリッツさんは一瞬不思議そうな顔をしたものの、すぐに納得がいったような表情になる。
「ええ、構いませんよ。ですが、あと30分ほど待って頂けますか。当番の交代までそれくらい時間がありますので」
僕はそれに対して了承の意を示そうとしたが、その前にエドさんが声を掛ける。
「フィリッツさん、もう大丈夫ですよ。次はいつも来るのが早いピートなんですし、15分もしないうちに着くでしょうから」
「それはそうですが……それではピートに悪いですよ」
「ピートなんかより将来有望な少年を優先してあげてください。そうすればあいつもきっと浮かばれます」
「ピートを勝手に殺さないでください」
苦笑しつつ、フィリッツさんはそう言う。
「…わかりました。行ってきます」
フィリッツさんは呟いて立ち上がり、共に詰所を出るように促す。
「あー……迷惑お掛けしてホントにすみません。事前に約束を取り付けておけばよかったんですが」
「いいえ。若者は大人に迷惑をかけるものです。そうやって成長していく。リュー…くんでしたか。君もまだ若者でしょう?」
実質年齢29歳のおっさんですとか言えないので、首肯しておく。
「ならどんどん、迷惑をかけてください。私達大人はそれをしっかりと受け止めてあげるのが役目ですから」
…これが大人の余裕というやつだろうか。僕は内心で若干の関心と尊敬の念を覚える。
「……と言いつつ、エドはピートの苦しむ顔を見るのが楽しみなだけでしょう?いつも弄ってますしね」
「おっと、バレましたか」
僕の関心と尊敬を返せ。
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一緒に詰所を出た僕たちは、話し合った結果昼食を摂ることになった。フィリッツさんが普段から足繁く通う食堂が近くにあるらしく、そこで食事をしながら話を聞いてもらえるということだ。
『夜明け食堂』という名のその店に入り、フィリッツさんと共に日替わり定食を注文して席に着く。
そして、直後に彼が話を切り出した。
「さてと、私に用事があるということですが……十中八九、音魔術のことについて、ですね?」
「はい。その通りです。図書館の文献を探してみたんですが、生憎ほとんど情報がなくて。他に頼れる伝手は無いですし、少しでも話をお聞きできないかと……無理を承知でお願いしに来ました」
「そうですか。まあ、教えるのは一向にかまわないんですが」
「え、いいんですか?」
「ええ。正直なところ、私としてはもっと広めていきたいと思っていますね。音魔術を使える人は極めて少ないですから……」
「それは……」
どういった理由なのだろうか。
「そうですね、ちょっと小話をさせてもらいましょうか」
フィリッツさんはそう言うと、手元のグラスで口を潤す。
「今から約200年前、第4代勇者殿が存命だったころ。私の先祖は彼の勇者殿と曲折を経て、知己の仲となりました。勇者殿―――ハヤセ殿は非常に魔術の分野に優れ、稀代の魔術師として当時の世を席巻しました。その優秀さは自らで十数の新たな魔術を開発してしまったほどです。そんなハヤセ殿が開発した魔術の一つが音魔術です。私の先祖は音魔術をハヤセ殿から教わり、自分のものとしました。それから200年、音魔術は子から子へ脈々と教授され。そうして、我が家に代々伝わってきたのです。……ですが」
言葉を一旦切る。
「音魔術の仕組みを理解できる者は非常に少なく、それこそ子供の頃からしっかりと教育を積んでいかなければ習得は極めて難しかったのです。というのも、ハヤセ殿の居られた世界といいますか…ハヤセ殿の国では我々の世界よりも圧倒的に高水準な教育が整っているらしいのです。その差異を埋めることが困難なのは……まあ、火を見るよりも明らかでしょう。今まで常識と信じていたものが根底から覆されるというのは簡単に受け入れられるものではありませんからね。……具体的に言いますと…私の曽祖父は音魔術に関する著書を書き上げて出版社に持ち込みましたが、内容があまりに先進的である故に信憑性を欠くと見なされ、取り合ってはもらえなかったそうです。自分で出版する資金も無く、曽祖父は出版を断念したといいます」
「暗い話になってしまいましたが、そんな過去があるからこそ、私は音魔術をより多くの人に知ってほしいと考えているのです。ですから、リュー殿は後ろめたさなど全く感じる必要はありません。知りたい、教えたいという利害が一致しているんですから」
……と言われても。
「…それでもやっぱりちょっと、後ろめたさはあります」
そう言いつつ、苦笑いを浮かべる。
「それでは……御代として、ここの食事代をリュー殿が持つというのはどうでしょうか?」
「え、そんなのでいいんですか?」
「ええ。リュー殿が嫌でなければですが」
「とんでもないです。よろこんで」
「では契約成立ですね。……ああ、丁度いいタイミングで定食も来ましたし、続きは食べながら話しましょうか」
フィリッツさんがそう言うや否や、席に2人前の定食が運ばれてくる。それらをそれぞれが受け取り、
手をつけ始めた。
「さてと……まず質問ですが、音魔術は何の属性の合成魔術かはご存知ですか?」
「はい。光属性と風属性ですよね」
「ええ、そうです。では何故、その2つの属性なのか。それを説明していきましょう。まずは光。光というものは具体的には何であるか、というのは一般的には分かっていませんが、実質的には波と粒子。この2つの性質を有しているものです」
あー、あれか。確か中学の理科でやったような。量子、と呼ばれるんだったか。理科は結構得意だったし…これはなんとなく分かるかもしれない。
「ここで着目するのは、波としての性質についてになります。これは実は、音に関しても共通するものなのです。音とは空気や水といった媒質中を伝わる縦波のこと。正確には、物質中を縦波として伝わる力学的なエネルギーの変動として定義されます。………と、この辺りまで説明をすると大抵の人は目が点になるのですが……そうではないようですね?」
フィリッツさんは小さく笑みを浮かべながらそう言った。
「ええ、まあ。波としての性質を光魔術が。波を伝える媒質の振動なんかの役割を風魔術が担う、という感じの認識で合ってますかね?」
「……大体は、そうですね。いやあ、なんといいますか。こう……見事に期待の上を行ってくれますね」
「そ、そうですか?」
「はい。まだ上澄みのような、概念的なことを話しているに過ぎないんですが…それをここまですんなりと受け入れて理解できる人は見たことがないです。波?媒質?エネルギー?何を訳の分からないことを言っているんだと、喚き散らす人も居ましたしね。それにしてもリュー殿は…まるで知っていたかのように受け入れてくれましたね……」
ああ、ちょっと迂闊だっただろうか。
「おっと、すみません。あまり詮索するのは無粋というものですね。それではもっと具体的な話に移っていきましょうか」
「お願いします」
こうして僕とフィリッツさんは音魔術についての談義を深めていった。
という、文章が思いつかない故の誤魔化し。




