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ヤジョヌズの死化粧師は、最後のリンゴの木を越える  作者: わらびもち杏仁


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第9話 墓参りの日 2





 まだ太陽の位置は高くない。


 ビッターラビィは足音を殺して地面を踏む。

 珍しく口は閉じていた。息はしているのに、喋らないだけで窒息しそうな気分だった。


 あいつは、何かを知ってんだ。


 昨夜からずっと持ってた思い。

 今、確信を持って言える答え。それは。


 五年前の剣士……あれはエレだった。


 ビッターラビィの視線の先には、一人で路地を歩いていくエレの姿があった。


 それが五年前に見た剣士の後ろ姿と重なり、お前の出した答えは正解だと後押しをする。



 五年前、葬式の日。

 ビッターラビィは森の入り口にロバといた。


 用もないのにロバを連れてきて、森の入り口の立看板につないで草を食べさせていた。


 そして自分はというと、その近くの木の根元に座りこみ泣いていた。


 両親の死を悲しむのと、これからどうしようという思い。


 そして一番大きかったのが、後悔。


 自分も一緒に森に行けば良かった。そうしたら何か変わっていたかもしれない。


 ……両親らと仲良くキノコ狩りというのが気恥ずかしく、クシフに不参加を提案したのは自分だった。



 惨めに泣いて、ロバが葉を噛む音だけを聞きながら時を過ごす。


 そして男の声が降ってきた。


「――君は、葬式には行かないの」


 聞き慣れない若い声だった。

 誰だろうと不審に思ったが、赤く腫れた顔を見られたくなくて顔は上げなかった。


「君は、化粧師の息子さん?」


 この男は何故そんなことを聞いてくるのだろう。クシフを探しているのだろうか。


 声で泣きが悟られないよう注意して、三角座りに頭を沈めたまま「違う」と答えた。


「そう、か。オレもね、この前大切な人が死んだんだ。……間に合わなくて、ごめんね」


 その言葉が終わると、去っていく足音が聞こえた。

 ヤジョヌズの中心へ伸びる路地を踏む音ではない。密集する落ち葉を踏みしめる――森の道を行く音。



 音が遠のいてから、ビッターラビィは顔を上げる。泣いて重くなった瞼をいっぱいに上げて見たその先には、声の主と思われる一人の男が歩いていた。


 腰に剣をさしたその後ろ姿に、やはり心当たりはない。


(五年前に、ね。死んじゃったんだ。もう年だったから)


 大切な人が死んだという言葉と、符号する。


 そしてビッターラビィの心に疑問が走る。


 あん時のごめんねってなんだったんだ? 

 間に合わなかったって、何にだ? 

 何を探しに来たんだ? 

 五年前は、何をしに来た……?


 それらの問いはここで答えを出せるものではない。

 きっと彼の行く先に答えがある。

 そして彼は森へ行くのだろう。


 世界一美味いリンゴを探しにでは、絶対にない。



 周囲から民家が減っていく。


 ビッターラビィの予感は当たったのだ。


 リンゴの木を視界いっぱいに広げ、森は二人を待っていた。五年前にロバを繋いだ立看板は時の流れに負け、斜めに倒れかかっている。


 エレはそこで立ち止まって何かを取り出す仕草を見せた。

 気づかれてはいけないと、ビッターラビィは近くの物陰に隠れる。

 

 エレが取り出した物は紙のようなものだった。

 あの時の地図ではないかと目星をつける。


 あれは森の地図だったのだろうか。

 けれどもそんな物があればヤジョヌズの住人である自分が知らないはずがない。

 この森の地図を作ろうとする物好きなどいなかった。あの大工の親父でさえだ。


 そうこう考えている間に、エレは森の中へ。


 これ以上追うか、ビッターラビィは迷った。


 正直なところ、自分はこの森が怖い。

 両親らが死んでから、ビッターラビィは一度たりともこの森に足を踏み入れていない。


 クシフやヴァネットサミスは年に一度墓参りの日には必ず森へと向かうし、キノコ以外なら拾いにさえ来る。


 自分だけが精神的に弱く、幼いままだ。


「そういや……今日だよな、墓参り」


 ならば少し待っていれば二人が来るのではないか。そして三人でなら、もしかしたら自分も森に入れるかもしれない。  


 しかしビッターラビィは頭を振る。


「おいおい、ビッターラビィさん。それじゃあ、あん時のままだろうが」


 エレの姿が小さくなっていく中、木の根元で情けなく泣いている自分が見えた気がした。


 あの時もそうだ、本当は両親の死の現場を見に行くはずだった。それなのに、怖くて――森の中で両親を殺した何かが自分を待っているような気がして、入れなかった。



 最後のリンゴの木を越えたから六人は迷って、クシフの父親は狼に襲われた。

 そんな大人たちの囁きはきっと違うのだと、ビッターラビィは考えている。


 クシフの父親は以前から禁を破って森の奥へ行っていたという話をクシフから聞いていたし、狼が一人だけ襲うというのも変な話だった。

 さらには襲ったくらいなのだから、その後で狼は食事をしても良かったはず。それなのに遺体にそれらしい痕はなかった。


 だからきっと、何かがあったのだ。


 普段ではありえないような、何かが。


 けれどもそれは、もうこれ以上考えるまい。


「よっしゃ、行くぞ。

 偉大なる子狸ポルラガマヌヌはかく語りき。とにかくやってみろ、前へ進んでみろ。事は以外と簡単だったりする。ってな」


 自分の頬を両側からはさみ打って、ビッターラビィは森へと足を動かす。


 真実を求めて。



 言葉で、自分に勇気という真実を与えて。





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