第27話 本当のさようなら
夢を、見ていた。
初めてクシフが母に化粧をして、母はその顔をビッターラビィやヴァネットサミスの母親たちに見せるのだと、楽しげに家を出た。
あんな、眉毛はただの棒切れのようで、目周りは下手くそな青に縁取られて、口紅は大きくその輪郭を外して、そんな化粧を見せにいくというのだ。
今頃は皆があの顔を見ているのかと思うと恥ずかしくて、クシフは一歩も動くことができない。
その横で、父がこれまたにこやかな表情を浮かべて片づけをしていた。
「あれだけ、化粧を嫌がっていたのに、どういう心境の変化かな?」
下手くそすぎて赤や青で汚れたクシフの手を、父が拭いてくれる。
「別に」
「おやおや。
別に、の後には、言葉をつけるべきだよ」
しゃがまれ、真っ赤になっていた顔を覗きこまれて、言葉を催促される。
黙ってやり過ごそうかと考えたのに、父はじっと見つめて待っているものだから、ついクシフの口は動いた。
「ビビィやヴァネッサのあの綺麗な色、化粧でだったら、俺でも作れるかと、思って」
クシフはまたあの色が見たかった。あの色に周囲を囲まれて、ずっと幸せな気分でいたかった。
もし自分が画家の息子だったのなら絵の具をとるところだが、身のまわりにあるのは化粧品ばかりなのだから、こうするしかない。
「なるほど、ね。それじゃあ君は今日から、父であり、偉大なる師である私の、お弟子さんだね」
「偉大なる、ってのはもう聞き飽きた」
「? ああ、ビビィ君の、あの狸がなんとかって話かい? あの子は最近、そればかりだからね」
同じ年の子供のように笑い、父が立ち上がる。
見上げる程の大きな父は、クシフにとって超えたい存在だった。
初めそれは身長でのことだったが、この時思っていたのはそれだけでない。
化粧でも父を超えたいと思っていた。
そうしなければ、あのような美しい色は作れないだろうから。
「父さん、また明日も……教えてほしい」
歩いていく父の背中にそう言うと、彼は一度だけ振り返る。
笑って、そして消えてしまった。
――あの、リンゴの木を越えた禁忌の地で、彼を化け物から解放した時と同じ。
笑って、消えてしまった。
あの後、クシフは少しだけ父と話をした。涙が出ないように、無駄な話ばかりしてしまった。
まるで自分がビッターラビィになったようでもあった。
最後に残った化粧品でどうにか父に化粧をしてやろうと思ったのに、父はそれを拒んだ。
恥ずかしそうにしていた。
「私は自分が死んだことを、ちゃんと知っているから、必要ないよ」
その言葉は寂しそうでもあった。
けれど続いた言葉は、確実な照れ隠し。
「そもそも、化粧は男にするものじゃ、ないだろう?」
男の死体にも白粉と頬紅ぐらいはつける職業の人間の言うことではなかった。
きっと父は、成長した自分の化粧の腕前に負かされるのが、嫌だったのだ。
クシフはそう思うことにした。
だから今、眠りに閉じている目が濡れているのは、勝利の嬉し涙だ。




