↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤジョヌズの死化粧師は、最後のリンゴの木を越える  作者: わらびもち杏仁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/28

第22話 共闘と、愛の共同作業 3




 ツタはある程度太さがあり頑丈そうだったが、ヴァネットサミスはそれをどうにか引きちぎろうと動き回っていた。

 繋げられた両手を引いてみたり振ってみたりと、とにかくなんでもやってみた。

 そのせいで手首は赤くなり、擦り切れた箇所から血がにじむ。


「おい、無理するな! 俺がそっちに行くから」


 行くからと言われてもビッターラビィの焦った表情は変わらないし、立ち位置においては少しも変わっていない。


「え〜? ビビィはそこで待っててよぉ、私がすぐに行くから、ね?」


一人行ってしまったクシフへの不安、身勝手なクシフへの怒り、そんなものたちを肌の下に押し隠して、ヴァネットサミスは笑顔を作った。


 そして再びツタを強く引く。


 みしり、と鈍い音がして、ツタはより腕に食いこんだ。思わず「痛い」と泣き言を言ってしまいそうになるが、喉でそれを潰す。


 こんな時、自分が男だったらと思わずにいられない。

 男になってしまったら愛は友情になっていたかもしれないが、それでも男だった方が彼らの力になれるはずだった。


 私が男だったら、クシフに酷いことしてた馬鹿どもをボコボコにできた!


 わずかに自由がきく指先でツタを引き裂こうと、爪を立てる。


 私が男だったら、木から落ちたビビィを助けられたかもしれない。クシフに怪我なんか、させなかった!


 深く食いこませて引くと、爪は欠け、折れてしまった。


(綺麗な指先は、余裕を表すんだ)


 そう言って暇をみてはクシフが手入れをしてくれていた爪だった。

 その横で話を語り続けるビッターラビィとの穏やかな時間を共有した、余裕と幸せの象徴の爪だった。


「もう止めろヴァネットサミス! 

 俺が行くから、だから!」


 ビッターラビィは非常にゆっくりとした動きで、腕を下ろす。そうして、動かない腿を持ち上げようとしていた。 

 今まで少しも動けなかった彼に、変化が起きている。「行く」という彼の言葉が重なる度に、それが真実になっていくようだった。


「今行く! もう動くなよ!」


 いつも適当なことばかり言っている彼の言葉が、力を持っているように聞こえた。


 そして思い返す。

 ヴァネットサミスの目には見えなかった相手にクシフが襲われ、魂を食われたという時のことを。


 その時、大丈夫だと言ったビッターラビィの言葉は、どこか不思議な印象を持ってはいなかっただろうか。クシフは一時的とはいえ、平静を取り戻したように思う。


 あれもそうだったのではないか。

 彼が大丈夫だと言ったから、クシフは大丈夫だったのだ。


 そしてビッターラビィがエレの話に注意を向け、クシフに大丈夫だと言わなくなってから、彼の変化は起きた。

 ヴァネットサミスの目にはそう映る。


 逆に、今は「止めろ」と言われる度に、ヴァネットサミスはツタに対する手応えを失っているように感じた。


 それなら。


「ねぇ~ビビィ、私のこと、応援してぇ〜」


「……ん?」


 これは単なる考えすぎなのかもしれない。

 けれどもこの状況を突破する可能性が少しでもあるというのなら、やってみる価値はある。


「だからぁ。――ヴァネットサミス! 愛してるっ、一気にツタをぶった切れぇ! みたいにぃ」


 少しの間、ビッターラビィは特徴的なその口をだらなしなく開けたままだった。


 遠くから、何かの叫び声のようなものが響いてくる。


「お前な、今はそんなこと」

「いいから早くぅ!」


 クシフやエレの声ではなかったようだが、焦りが大きくなる。

 そして何かが周囲の空気を変えたような気配を感じた。


 今まで前を見続けてきたことで耐えていた、この森と過去に対する悪い感情が、背後からヴァネットサミスを追いかけてくるような。


「……ヴァネットサミス頑張れ、ツタを切れ」


 味気のない声が、ビッターラビィの口から発せられる。


「いや〜んっ、もっと心の底からぁ! 私への愛と欲望を爆発させるようにぃ!」


 その爆発を手助けしてやろうと、ヴァネットサミスは腰を――自分では官能的なつもりで、振る。

 ビッターラビィが一度大きく息を吐いた。


 自分の行為に俄然やる気が出た! とヴァネットサミスは解釈する。

 ヴァネットサミスにとって彼の大きな息は心の底から愛を叫ぶための準備で、ため息という認識はもちろんない。


「ヴァネットサミス! 愛してるっ、だから一気にツタをぶった切れ!」


 大声がヴァネットサミスの肌を突き抜けて、心に愛の矢を立てる。

 腰を振っていた回転をそのまま利用して、再び思いきりツタを引いた。


「頑張れっ! お前ならできる!」


 また鈍い音が。けれどもそれはヴァネットサミスの腕がツタに負けた音ではない。

 ツタの繊維が何筋か切れる音だった。


「愛してる! ツタを切って早く俺のところに来いっ!」


 ついにビッターラビィの愛が爆発した! 

 ヴァネットサミスの心の半分が喜びで満たされる。残りの半分はクシフ用だ。


 ヴァネットサミスには、ビッターラビィがやけくそになっているという思考回路は、ない。


「――ふんっぬ!」


 女である自分の、限界を通り超えた力が出る。少々野太い声も出たが、太いツタはついに引き千切られた。


「……色々言いたいことはあるが、よくやった! ヴァネットサミス!」


「やった! やったよビビィ〜。 

 二人の愛の共同作業ねぇぇぇ!」


 晴れて自由の身となった両手を高く上げ、ヴァネットサミスは走り出す。

 ビッターラビィに抱きつき胸に顔を埋めて、喜びを分かち合う。


 

 ――そんな幸せな時間だったものだから、ついうっかり、ヴァネットサミスは忘れていた。


 周囲の空気に起こった、変化のことを。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。