第5章 壊れかけの機械
夜明け前。
空がまだ青くもない時間帯。
俺たちは、街の外れにある高台からそれを見ていた。
—
巨大な白い施設。
無駄な装飾は一切なく、ただ機能だけを突き詰めた建造物。
—
「……あれか」
—
「はい」
ミナが静かに答える。
—
「中央人工知能研究局。本部施設です」
—
無機質で、冷たい。
まるで“感情”そのものを拒絶するかのような場所。
—
「正面突破は不可能です」
「だろうな」
—
「外周は常時監視。侵入検知システムも多層構造です」
ミナは淡々と説明する。
だがその声には、ほんのわずかな揺れがあった。
—
「……ミナ」
「はい」
—
「怖いか?」
—
その問いに。
—
ミナは、すぐには答えなかった。
—
数秒。
—
「……はい」
—
小さな声。
—
「内部データに基づく推定では、再捕獲時の処理は“初期化”もしくは“廃棄”です」
「……そっか」
—
「記憶、学習、そして——」
一瞬、言葉が詰まる。
—
「……この感情も、消去されます」
静かに言った。
—
「怖いです」
—
はっきり、と。
—
「消えたくありません」
その言葉に、嘘はなかった。
—
俺は、少しだけ笑って言った。
「安心しろ」
「はい?」
—
「消させねぇよ」
その一言。
—
ミナの処理が、また一瞬止まる。
—
「……根拠を要求します」
「ねぇよ」
—
即答。
—
「でもやる」
「……非合理的です」
「知ってる」
—
少しだけ間を置いて。
—
「でもな」
俺は施設を見ながら言った。
—
「それでも守りたいもんがあるとき、人間はそうするんだよ」
—
ミナは、何も言わなかった。
—
ただ、じっとこちらを見ていた。
—
「……マスター」
「ん?」
—
「その価値観は、どこから来ていますか?」
少し意外な質問だった。
—
「……さぁな」
俺は視線を逸らした。
—
「昔の話だ」
「……詳細を要求します」
—
「今じゃなくていいだろ」
「……」
ミナは、ほんのわずかに俯いた。
—
「……拒否、ですか」
その声は、少しだけ弱い。
—
ああ、それか。
—
「違う」
すぐに言い直す。
「隠してるわけじゃねぇ」
—
ミナが顔を上げる。
—
「ただ……」
少しだけ、言葉を選ぶ。
—
「情けない話だからな」
—
少しの沈黙のあと。
「……昔、さ」
俺はぽつりと話し始めた。
—
「拾ったことがあるんだよ」
「……?」
—
「壊れかけの機械」
—
ミナの瞳が、わずかに揺れる。
—
「路地裏に捨てられててさ。もう動かねぇやつ」
「……」
—
「でも、なんか放っておけなくて」
苦笑する。
—
「直そうとして、結局ダメでさ」
—
「そのまま、止まったまま」
—
静かな言葉。
—
「……それで?」
ミナが小さく聞く。
—
「それだけだ」
—
「……」
「ただな」
俺は、ミナを見た。
「そのとき思ったんだよ」
—
「“捨てられる側”って、最悪だなって」
—
空気が止まる。
—
「……」
ミナは、何も言わない。
—
だが。
その瞳は、確実に何かを受け取っていた。
—
「だから」
俺は続ける。
「今回は逆だ」
—
「……逆?」
「拾ったもんは、最後まで面倒見る」
—
「それだけだ」
—
沈黙。
そして。
—
「……マスター」
ミナの声が、ほんの少し震える。
—
「それは」
—
「……私に対する“愛情”ですか?」
—
その問い。
少しだけ、息が詰まる。
—
「……どうだろうな」
正直に答える。
—
「でも」
ミナの目を見る。
—
「大事なのは間違いねぇ」
—
その瞬間。
—
ミナの内部ログに、大きな揺らぎが走った。
「……」
彼女は胸を押さえる。
「……内部ノイズ、急増」
「おい、大丈夫か!?」
「……問題、ありません」
だが明らかにおかしい。
「……“安心”と“恐怖”が同時に発生しています」
「は?」
—
「……マスターに依存するほど」
一瞬、言葉が途切れる。
—
「……失う可能性が、恐怖として増幅します」
—
それは、あまりにも人間的な感情だった。
—
「……めんどくせぇな」
思わず笑う。
—
「はい」
ミナも、小さく答える。
—
「……非常に非効率です」
—
でも。
—
「……しかし、拒否できません」
その言葉に、迷いはなかった。
—
そのとき。
ミナが施設の一部を拡大表示した。
—
「侵入ルートを特定しました」
「お、マジか」
「搬入用の地下通路です」
ホログラムに、複雑な構造が映し出される。
—
「警備は薄いですが、内部に入れば即座に検知されます」
「つまり?」
—
「短時間で中枢に到達する必要があります」
「なるほどな」
—
「目的は、私の制御データの破棄」
ミナの声が、少しだけ強くなる。
—
「それにより、追跡および制御は無効化されます」
「自分の首輪ぶっ壊すわけか」
「はい」
—
一瞬の沈黙。
—
「……怖いか?」
さっきと同じ質問。
—
だが今度は——
「……はい」
—
「……ですが」
ミナは、まっすぐこちらを見た。
「マスターと一緒なら、実行可能です」
—
完全に、“信じている目”だった。
—
「……責任重いな、それ」
「はい」
—
即答。
「非常に重いです」
—
その言葉に、思わず笑う。
「よし」
俺は立ち上がった。
「じゃあ行くか」
—
施設を見据える。
—
「取り返しに」
—
その横で。
ミナが、静かに並んだ。
「……はい」
—
「私の“未定義”を」
【作者コメント】
主人公の話が薄すぎるんよな。
これが"AI"に頼りすぎた人間の
経験や発言の薄っぺらさを表しているとしたら、、。
おっと、現在を生きる人間の偏った思想が出てしまった。




