表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/60

千年科学の巨人と、巨熊の背で敵艦へ

海上へ誘い出された魔物の群れが、ラビ艦長の圧縮水弾で次々と霧へ戻っていくころ、ドルドア艦隊の上空では、第二の悪意が形を整えつつあった。


それは遠目には味方の艦だった。


旗、外板、艦首の紋章、艦腹に走る赤い装飾線まで、見れば見るほどドルドア軍の制式に似ている。だが、似ているだけだった。

 近づくほどに、どこかがずれている。

 敬礼の角度が一度に揃いすぎている。

 砲門の並びが美しすぎる。

 何より、船全体から「ここにいる者は皆、ちゃんとこの役です」と言い張るような、息苦しい気配がした。


「偽装艦、三隻」  イツモアが艦橋の前面鏡に指を走らせる。 「いずれもドルドア軍の外皮を被っています。ですが中身は空、もしくは魔物の集合です」


「本物に化けるの、ほんと趣味悪い」  ピンキーが欄干に片足をかけたまま言った。 「顔じゃなくて、役目を盗んでる感じがする」


「ええ、最悪ですね」  イツモアが真顔で答える。 「顔だけ盗む者はまだ浅い。役目まで奪う者は、組織を腐らせます」


ディーアナは海図台の前に立ち、短く命じた。 「中央の本隊は市民避難の盾を維持。偽装艦は別働で落とす。ルビー、あれを正面から撃ち合う気は?」 「ない」  ルビーは即答した。胸元の黒いブローチが、低く冷え続けている。 「あれ、砲で落としても“ドルドア艦を撃った”って記録だけ残る。敵のやり方に乗ることになる」


「正解です」  艦橋の隅で、タキオンが嬉しそうに眼鏡を押し上げた。 「だから科学の出番というわけだ」


その笑顔を見たサトリが露骨に嫌な顔をする。 「その顔するとき、だいたいろくでもないですよね」 「褒め言葉だな」 「褒めてません」


ツキノワが腕を組んで、じろりと親友を見る。 「タキオン。今回は“千年越しの悪ふざけ”じゃないんだろうな」 「失敬だな、私は常に真面目だ」 「前に神の杖で変な詠唱をさせたやつが言う?」 「あれは必要な実験だった」 「必要だったのはお前の笑いだろ」


そんなやり取りをしながらも、タキオンの手は止まらない。

 彼は艦橋の床に、いつの間にか細い水晶の棒を何本も突き立てていた。棒と棒のあいだを青白い光の線が走り、幾何学模様が組まれていく。まるで難解な研究室の図面が、そのまま戦場に生えてきたみたいだった。


「知識の泉由来の千年蓄積術式、“巨機外装展開・対艦型”」  タキオンが早口で言う。 「簡単に言えば、私の研究成果を一時的に身体の外へ出す」


「全然簡単じゃない」  ルビーが言うと、タキオンは片眉を上げた。 「理解する気が足りない」 「戦場でそんなこと言うな」


タマとミケは、もうすっかり慣れた顔で前へ出た。

 タマが女神の鞄を開く。

 ミケが中をのぞき込む。


「今日、いっぱい働いてるね」 「うん。なんか、わくわくしてる」


ぽこん、と軽い音がした。

 出てきたのは、掌ほどの大きさの金属製ねじ巻き兵隊だった。丸い兜、赤い胸当て、小さな背中に羽根。どう見ても玩具なのに、タキオンは一目見て目を輝かせた。


「すばらしい! 圧縮展開用の位相固定ユニットだ!」 「おもちゃじゃないの?」  タマが聞く。 「最高のおもちゃは最高の科学だ」 「よくわかんないけど、はい」 「ありがとう、神具管理者」


タキオンはねじ巻き兵隊を術式の中央に置いた。

 兵隊が、かち、かち、と小さく歩く。

 そのたびに光の線が太くなり、床が震えた。


艦の外で、空気が鳴る。


最初に現れたのは、巨大な腕だった。

 続いて肩、胸郭、背の骨組み。

 蒼い光の枠が空中に描かれ、その内側へ金属質の外装が生えそろっていく。タキオンの身体を中心に、何十年分もの設計図が一度に立体化するような、異様な迫力だった。


「うわ……」  ピンキーが、素直に目を見張る。 「ほんとにロボだ」


「ロボではない」  タキオンの声はすでに低く反響している。 「千年科学の帰結たる多目的外装知識機構だ」


「長い」  ツキノワが一刀両断した。


次の瞬間、ツキノワの足元にも光が走った。

 彼女は息を吸い、両の拳を握りしめる。


「女神様。今回だけ借りるぞ」


そう言って前へ出た熊族の少女の輪郭が、ひとまわり、ふたまわりと大きくなっていく。

 骨格が伸びるのではない。もともとそこにあった“強さ”が、外へ押し広げられていく感じだった。肩幅が広がり、脚が太くなり、爪が長く光る。数秒後には、旗艦の欄干より大きな巨熊がそこにいた。


だが目は変わらない。

 タキオンを見る目だけが、昔からずっと同じだった。


「置いてくなよ、科学者」 「置いていけるものか、親友」


巨人じみたタキオンの機体が膝を折り、背を差し出した。

 ツキノワはそこへ軽々と飛び乗る。


「うおお……」  タマが感嘆の声を上げる。 「かっこいい」 「うん、ちょっとずるい」  ミケもうなずく。


ディーアナは一度だけ目を閉じ、すぐに開いた。 「行きなさい。偽装艦だけを落として。本物には傷ひとつつけないで」 「了解」  タキオンの声が、機体全体から鳴る。 「敵の偽りは嫌いだ。特に、秩序のふりをした悪意はね」


機体が跳んだ。


いや、跳んだというより、空を踏み抜いた。

 背部から蒼白い噴光が噴き上がり、巨体が一直線に偽装艦へ向かう。

 敵もすぐに反応した。ドルドア軍の艦影をした三隻が、いっせいに砲門を開く。赤黒い砲光が、迎え撃つように空を裂いた。


「タキオン!」 「問題ない」


巨機の片腕が開き、半透明の盾が展開される。

 砲撃が当たるたび、そこに細かな数式めいた光が走り、衝撃を散らしていく。

 だが敵の本命は砲撃ではなかった。砲光のあいだに混じって、細い黒い糸のようなものが無数に伸びる。艦影から艦影へ、人から人へ、役目から役目へ絡みついて、こちらの“正しさ”そのものを奪うための糸。


「来るぞ、役盗りの糸だ!」  イツモアが叫ぶ。


その瞬間、ツキノワが巨体の背から飛んだ。


空中で一度、身体をひねる。

 次の瞬間には、黒い糸の束に正面から突っ込み、両腕でまとめて引きちぎっていた。

 偽装艦の甲板へ着地すると、そのまま前足――いや、拳で床を叩き割る。


鈍い悲鳴のような音がした。

 艦の外皮が剥がれ、内側からどろりとした黒があふれる。

 やはり中身は艦ではない。役目の皮をかぶった魔物の塊だ。


「見たか、ドルドア!」  ツキノワが吼える。 「こいつら、お前らの船のふりしてるだけだ!」


その声は、本隊にも市民避難路にも届いた。

 「味方の船を撃っているのではない」という事実そのものが、戦場の恐怖を一段軽くする。

 この一瞬のために、正面砲撃ではなく、飛び乗って剥がす必要があったのだ。


タキオンの巨機が続けて二隻目へ叩き込まれる。

 拳が艦首を貫き、背中のツキノワが跳び移って、甲板に貼りついていた紋章板を引き剥がした。

 剥がれた瞬間、その艦は“ドルドア軍の形”を保てなくなり、翼の折れた巨大な獣みたいに崩れ始める。


「きたない」  ピンキーが小さくつぶやく。 「中身、船じゃない」 「ええ」  ルビーも見ていた。 「悪意が、船の顔してただけ」


黒いブローチが、またひとつ深く脈打つ。

 落ちていく偽装艦から、見えないはずの黒が染み出してくる。憎しみ、空腹、嫉妬、劣等感、奪えなかった役への執着。そういうものが形を変え、空を飛んでいたのだと、石だけが知っているみたいだった。


「ルビー」  ピンキーが横顔をのぞき込む。 「今、ちょっと色が悪い」 「平気」 「平気な顔じゃない」 「……平気な顔ってどんなの」 「パン食べる前の顔」 「基準が雑」


それでも、ピンキーがそばに立つと少しだけ呼吸が戻る。

 ルビーは意地で笑い、再び空を見る。


三隻目の偽装艦では、敵も最後の意地を見せていた。

 艦体そのものをむりやり変形させ、巨大な口のような砲門を開く。そこへ周囲の黒い飛沫が集まり、一撃で旗艦ごと呑み込むつもりの黒光を溜めていく。


「まずい、あれ撃たせるな!」  イツモアが叫ぶ。


「まかせろ!」  タマが言った。  女神の鞄から今度は、赤い木製の凧が飛び出した。小さい。あまりにも小さい。戦場で役に立つとは思えない。


だがタマが糸を放ると、その凧は空で一気に大きくなり、三隻目の真正面へひらりと舞い上がった。

 黒光砲が、ほんの一瞬、そちらへ目を奪われる。


「ミケ!」 「うん!」


ミケが出したのは、先の短い太い赤鉛筆だった。

 彼女が空中に横線を一本引くと、黒光砲の照準がほんの半歩ずれた。


その半歩で十分だった。


「科学的に好機!」  タキオンの巨機が真正面から突っ込み、

 ツキノワがその背を蹴ってさらに加速し、

 巨大な拳が、巨大な砲口へそのまま叩き込まれる。


次の瞬間、三隻目は内側から破裂した。


黒い破片が海へ落ちていく。

 偽装艦は三隻とも沈黙した。


旗艦の艦橋に、短い静寂が落ちる。


「やった……?」  タマが言う。 「まだ」  ミケが、海を見た。 「海の下、まだいる」


ラビ艦長のいる海域のさらに向こう。

 壊れたはずの敵水中基地の底から、今度はもっと濃い黒が泡のように湧き始めていた。


同時に、周囲を飛んでいた他の敵艦が、まるで合図を受けたみたいに一斉に向きを変える。

 狙いはただひとつ。


「ディーアナ様の旗艦へ集中してきます!」  通信士の叫びが響いた。


ディーアナは表情を変えなかった。

 ただ、海の底から浮かび上がる新しい悪意を見据えて、静かに言う。


「来たわね。本当の本隊が」


ルビーの胸元で、黒いブローチがこれまでで一番重く沈んだ。


偽装艦は落ちた。

 だが戦いは終わらない。

 むしろここから先こそが、破滅爆散へ続く本番なのだと、空も海ももう隠そうとしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ