開戦前書と、終幕へ向かう本物たち
昼前、ドルドア旗艦の前甲板では、全艦隊へ向けた開戦前書の読み上げが行われた。
まだ正式な宣戦布告ではない。
だが、誰の目にもこれはその一歩手前だった。
甲板最前列に立つディーアナ。
その少し後ろにルビー。
さらにピンキー、双子、イツモア、タキオン、ツキノワ、ラビ、サトリ。
そして、二階舞台の代わりに上甲板の高所には、歌手のルビーとダンサーのルビーも立っている。
最後の舞踏会は終わった。
だがこの二人は、ここでもドルドアの“本物の主役”として艦隊に見える位置へいる。
「全艦、聞きなさい」
ディーアナの声が風を切る。
「ドルドアは今なお、歌を止めず、踊りを止めず、会談を止めていません。
それは平和を諦めていないからです。
しかし同時に、我々は“席を奪う者”に国を明け渡す気もない」
艦隊の各層から、無数の視線が集まる。
「我々の敵は、ただ外にいるのではありません。
役を盗み、名を偽り、空席を埋めることで、人の責任まで代用品に変えようとする。
だからこそ本日、ドルドアはここに宣言します」
ディーアナは一歩前へ出た。
「この国は、代役では終わらない」
その言葉に、艦隊全体がぴんと張る。
ルビーの黒いブローチが熱くなる。
まるで、その宣言を待っていたみたいに。
歌手のルビーが、短い音をひとつ放つ。
二階舞台ではない、戦艦の甲板の上で。それでもよく通る。
次にダンサーのルビーが、甲板上で一歩だけ踏む。
その重心移動が、信じられないほど艦全体に安定を与えた。
タキオンが小さく呟く。
「認証完了。
歌と舞、両方の同期が艦隊全体へ入った」
「だから最初から分かりやすく言ってくださいよ……」
サトリが胃を押さえる。
その横で、双子は白い箱をしっかり抱えていた。
そしてピンキーは、そのすぐ隣に立つ。
昨日までと違う。
彼女の立ち位置が、もうはっきりしている。
可愛くて、愛されて、守りたくなる猫族の女の子。
だがそれだけではない。
最後に隣へ行く者。
そのための身体能力も判断力も、もう皆が見ている。
イツモアが低く言う。
「ルビー閣下」
「何です」
「本物ばかりが並ぶと、敵はますます焦ります」
「結構」
ルビーは前を見たまま答える。
「焦っていただきましょう。
こちらは最初から、代用品で済ませる気がありません」
その時、伝令が走り込んできた。
「報告!
西方上空に不明艦影、三! その後方に、中型六、小型多数!」
空気が変わる。
副官たちが一斉に地図へ走る。
ラビ艦長が触手ホログラムを展開し、ツキノワが肩を鳴らし、タキオンはもう計算に入っている。
ディーアナは静かだった。
「予想より早いわね」
「ええ」
ルビーも静かに返す。
「ですが、来るならちょうどいい」
ピンキーが箱を見下ろした。
まだ開かない。
でも、もう遠くない。
双子が彼女を見上げる。
「まだだよ」
「でも、もうすぐ」
ピンキーはこくりと頷いた。
「はい。
その時まで、ちゃんと持ってます」
ディーアナが号令を下す。
「全艦、第一戦列へ。
歌手ルビー、認証歌を。
舞姫ルビー、初動拍を。
ルビー・ムーンは旗艦中央。
ピンキー、双子は旗艦随伴。
タキオン、ツキノワ、イツモア、ラビ、所定位置へ!」
全員が動く。
その移動の中で、ルビーはほんの一瞬だけピンキーを見る。
「ついてこられますわね」
ピンキーは、少しも笑わずに答えた。
「当たり前です。
私は、あなたの隣へ行く係ですから」
ルビーは一瞬だけ目を細めた。
「ええ。
知っています」
その返答の直後、白い箱が、今までで一番はっきりと金の線を増やした。
開戦前の空は青い。
ひどく青くて、だからこそこの先の爆炎が想像できる色だった。
ドルドア空中艦隊は動き出す。
歌と舞と、代役を許さない意思を乗せて。
そしてその中心には、
黒いブローチを持つルビーと、
まだ開かぬ白い箱を抱くピンキーがいた。
終幕は、もう見えている。
だがまだ、そこへ落ちる前の最後の助走が残っていた。




