猫族の随伴者と、白い箱の使用条件
旗艦会議のあと、ピンキーは珍しく一人で走っていなかった。
というより、走れなかった。
「ピンキーさん、こちらへ」
「まず靴を替えてください!」
「桟橋用の滑り止めは必須ですわ!」
「髪もまとめます! 視界が切れますから!」
「おやつは持ちましたか!」
「それは今必要ですの!?」
子猫保護隊――もとい、双子保護からそのまま流用された実務メイド隊に囲まれていたからである。
だが、今朝のそれは過剰保護一辺倒ではなかった。
彼女たちはちゃんと分かっていた。
ピンキーは可愛い。
しかも神の加護まである。
だから放っておいても皆が守りたくなる。
けれど同時に、この子は実際に速くて、強くて、頭が回るのだと。
年長メイドが、滑り止めのついた細身の靴を差し出す。
「桟橋では、昨日の飛び方をまたなさるのでしょう?」
ピンキーが少し笑う。
「たぶん、はい」
「なら、この方が着地が静かになります」
「ありがとうございます」
「あと」
別のメイドが、小さな刃物を忍ばせた髪飾りを持ってくる。
「見た目は飾りですが、緊急時には切断具になります。
あなたなら、投げるより使えると思います」
ピンキーが目を輝かせた。
「わ、賢い!」
「賢い方に賢い道具を持っていただくだけです」
その返答に、ピンキーは一瞬だけきょとんとしたあと、少し照れたように笑った。
ルビーは廊下の端からその光景を見ていた。
サトリが隣で小声になる。
「……いいですね」
「何がです」
「可愛がられてるのに、ちゃんと戦力として扱われてる感じが」
ルビーは少しだけ目を細める。
「ええ。
あの子は、その方が喜びますから」
ちょうどその時、双子が白い箱を抱えてやってきた。
昨夜までより、少しだけ表情が引き締まっている。
幼すぎる子の顔ではない。
ちゃんと、自分たちが“預かっているものの意味”を理解している顔だ。
「ピンキー」
タマが言う。
「これ、いまはまだあけない」
ミケも続ける。
「でも、持ちかたはおしえる」
メイドたちが一斉に息を呑む。
「まあ……!」
「ついに……!」
「いえ、まだ開けないんでしたわね……!」
タキオンが近づいてくる。
彼は双子の言葉を遮らなかった。
「正しい。
使用者が決まっても、起動段階には順番がある」
ピンキーが白い箱の前に膝をついた。
「どう持てばいいの?」
双子は箱を二人で持ち上げ、ピンキーの膝へ置く。
「まんなかを、ぎゅーってしない」
「でも、おとさない」
「こわいときほど、やさしく」
「でも、やわらかすぎると、だめ」
タキオンが珍しく感心したように頷いた。
「……正しい。
要するに、あれは力で開くものではない」
サトリが訊く。
「じゃあ何で開くんですか」
タキオンは白い箱を見た。
「最終判断だ。
“救うために撃つ”と決めた瞬間、開く」
その言葉に、ルビーは目を伏せた。
救うために撃つ。
それがどれほど残酷な役目か、もう何となく分かってしまっている。
ピンキーは箱に手を添えたまま、静かに頷く。
「分かりました」
「本当に?」
サトリが思わず訊く。
ピンキーは彼を見る。
「全部はまだ分かりません。
でも、分からないままでも大事に持つことはできます」
それは、ひどく彼女らしい答えだった。
無知ではない。
理解を急がないだけだ。必要な時に正しく掴むために。
双子は満足そうに笑う。
「うん、だいじょうぶ」
「ピンキー、ちゃんともてる」
その時、白い箱が、かすかに金の筋を増やした。
まだ開かない。
けれど明らかに、使用者を認めつつある。
ルビーはそこで口を開く。
「ピンキー」
「はい」
「今後、私の許可なしに単独先行は禁止です」
「昨日は怒られましたもんね」
「怒りました」
「でも、必要なら飛びます」
「……その判断は」
ルビーは少しだけ言葉を選んだ。
「私と合わせなさい。
あなた一人で先に行くのではなく、私と同時に動くのです」
ピンキーの目がわずかに丸くなる。
すぐに、真剣な顔で頷いた。
「はい。
一緒に行きます」
その一言で、双子の白い箱が、また小さく鳴った。
まるで「いまの答えは正しい」と言うみたいに。




