旗艦会議と、三つのルビーではないもの
第四艦から戻った一行を待っていたのは、ドルドア旗艦の中央会議室だった。
窓の外には、朝の光を受けた空中艦隊が何層にも連なっている。
美しい。
だが、今はその美しさがそのまま戦力だった。
円卓には、各艦の司令、楽師長、舞踏会統括、情報局の実務官、そして二人のルビー――歌手のルビーと、ダンサーのルビー――まで揃っている。
普通の国ならありえない顔ぶれだ。
だがドルドアでは、艦隊と舞台は切り離せない。
「では始めます」
ディーアナが言った。
「本日以降、舞踏会の延長線上で外交を継続しつつ、同時に空中艦隊は実戦配備へ移ります。
敵は“席”と“役”を奪うことで我が国の中心を腐らせようとしている。
ならばこちらは、誰がどの役を引き受けるかを先に決める」
その言葉に、部屋の空気が少し締まる。
イツモアが細長い資料板を配った。
「敵の狙いは三段階です。
一つ、舞踏会の主役を書き換えること。
二つ、艦隊の隊列を内側から崩すこと。
三つ――」
彼は一拍置いた。
「終幕を、こちらの望まぬ形で成立させること」
サトリが小さく息を呑む。
その表現は正確だった。
敵は勝ちたいだけではない。
“どう終わるか”を奪いたいのだ。
タキオンが机上へ小型模型を展開する。
金属片が噛み合い、空中艦隊の隊列と舞踏会場が同時に浮かび上がる。
「ならばこちらは逆に、終幕の役を固定する」
「固定、ですか」
副官が訊く。
「そうだ。
敵が“誰でもいいから代役を入れる”発想なら、こちらは“この役はこの人間しか持てない”と先に世界へ刻む」
ルビーはそこで、二人のルビーへ視線を向けた。
歌手のルビーは静かに微笑み、
ダンサーのルビーは椅子に座っていても、なお一歩目の姿勢を崩していなかった。
ディーアナが二人を見て言う。
「まず確認します。
舞踏会の主役は、昔からお二人です」
歌手のルビーが頷く。
「ええ」
ダンサーのルビーも頷く。
「三人目はいらない」
その言い方が綺麗で、強かった。
ディーアナは続ける。
「私は幼い頃、一階のあなたに憧れた」
ダンサーのルビーがわずかに笑う。
「知っているわ。
あなた、柱の陰でずっとつま先立ちしていたもの」
会議室の空気が少し和らぐ。
だがディーアナの声は真剣なままだった。
「二階の歌にも憧れた。
だから私は、自分の娘に“ルビー”という名を与えた」
その視線が、今のルビーへ向く。
「お前の名は、借り物ではない。
この国の願いと憧れを受け継いだ名です」
会議室が静まる。
ルビーは、黒いブローチに触れそうになる指を止めた。
借りた身体。
借りた人生。
けれど名だけは、もう借りたものではないのかもしれない。
歌手のルビーが口を開く。
「では整理しましょう。
“歌のルビー”と“舞のルビー”は、舞踏会の主役を守る。
あなたは、別のルビーとして立つべきよ」
「別の、ですか」
「ええ」
歌手のルビーの声はやわらかいのに、不思議と逃げ場をくれなかった。
「あなたは舞台のルビーではない。
この国が終幕で選ぶ、決断のルビーよ」
ルビーはすぐには答えなかった。
それは称号というより、役目の宣告に近かったからだ。
ピンキーが、控えめに手を挙げた。
「質問してもいいですか」
全員がそちらを見る。
彼女は少しもひるまなかった。
猫族らしい、しなやかな落ち着きがある。
「もしダーリンが“決断のルビー”なら、私は何ですか」
サトリが一瞬、胃を押さえる。
それを今ここで聞くのか、と思ったからだ。
だがディーアナは、まっすぐ答えた。
「隣へ行ける者です」
ピンキーは瞬きを一つした。
「……それは役目ですか?」
「いいえ」
ディーアナはきっぱりと言う。
「資質です」
会議室の空気が、別の意味で張った。
イツモアが珍しく茶化さずに補足する。
「敵は席を奪い、役を偽装する。
しかし“最後の瞬間に誰の隣へ行くか”は、書類でも名札でも偽装できません」
ピンキーは少しだけ考え、それから静かに頷いた。
「分かりました。
じゃあ私は、ちゃんとそこへ行けるようにしておきます」
その返答は、賢く、短く、迷いがなかった。
双子は会議室の隅で、白い箱を見下ろしている。
「ぴったりだね」
「うん。まだあけないけど」
タマとミケの声は明るい。
けれど、内容はきちんと先を見ていた。
ディーアナが最後に告げる。
「役を整理します。
歌手のルビーとダンサーのルビーは舞踏会を完遂。
ルビー・ムーンは終幕の管理。
ピンキーはその随伴。
双子は神具管理。
タキオン、ツキノワ、イツモア、ラビ、サトリは補助ではなく中核実務。
――これよりドルドアは、“誰がその役であるか”を世界へ固定します」
窓の外で、旗艦の鐘が一つ鳴った。
それは開戦前の整列ではなく、役目の確定を告げる音に聞こえた。




