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第四艦の空席と、猫族の跳躍証明

第四艦は見た目には何の異常もなかった。


艦首の紋章も正しい。

乗員名簿も揃っている。

識別歌も、舞踏会二階の拍節認証に一致している。


それでもルビーたちは、その艦へ入った瞬間に分かった。


「静かすぎますわね」


「ええ」


イツモアが答える。


「乗員の動きが整いすぎている。

この艦は“乱れないこと”を優先しすぎています」


サトリはそっと周囲の心を拾った。


『指示通りに』

『余計な会話をするな』

『席を埋めろ』

『遅れるな』


「……嫌だ」


彼は顔をしかめる。


「みんな“正しく動くこと”しか考えてないです。

怖いくらいに」


「本来の艦は、もっと雑音があるはずです」


ディーアナが言う。


「緊張、眠気、誇り、面倒、朝食の不満。

人が動いていれば、必ず混じる」


「なのに、ここには役目しかない」


ルビーのブローチが熱を帯びる。

この艦は、もう半分“役だけのもの”に食われている。


ピンキーは通路の中央でぴたりと止まった。


「ダーリン、上です」


「上?」


「うん。

本来この艦にいない“軽い人”が、天井裏を移動してる」


タキオンが即座に上を見た。


「軽い?」


「人間の重さじゃないです。

でも役だけの空っぽより、もっとちゃんと悪いです」


「ずいぶん器用な言い方をしますね」


サトリが言うと、ピンキーは真面目な顔で頷いた。


「悪い匂いのする、ちゃんとした人です」


その表現が、一番正確だった。


イツモアが薄く笑う。


「では“空っぽではない本命”ですか」


「ええ」


ルビーが答える。


「ようやく尻尾を出しましたわね」


次の瞬間、天井板が開いた。


黒い外套の影が一つ、通路の向こうへ落ちるように走る。

人だ。

本物の人間。

しかも相当訓練されている。


「止まりなさい!」


ルビーが声を飛ばす。


だが影は止まらない。

むしろ乗員たちが一斉にその前へ動き、壁のように立ち塞がった。


『席を埋めろ』

『時間を稼げ』

『主役を通せ』


サトリが叫ぶ。


「だめです、これ、半分もう意識が塗り替わってる!」


「なら飛び越えます!」


そう言ったのはピンキーだった。


通路の手すりを踏み、壁を蹴る。

次の瞬間、彼女の身体は人垣の上を一気に越えていた。


長い髪がふわりと浮き、足先がほとんど音もなく床へ着く。

そのまま影の前へ着地する。


黒外套の人物が刃を抜く。


速い。

だがピンキーはもっと速かった。


踏み込み。

半歩。

体をひねる。

相手の手首をかわし、そのまま肩へ肘を入れる。


人間離れした鋭さだった。

重さではなく、角度と反射だけで相手の体勢を崩している。


「っ!」


影がよろめく。


ピンキーはそこで終わらない。

黒外套の裾を足先で踏み止め、手首を返し、背中側へ一気に回り込んだ。


「はい、つかまえました!」


明るい声だった。


だが技は本物だ。

逃がさない角度で、完璧に極めている。


サトリが思わず声を漏らす。


「つ、強い……!」


「言ったでしょう」


ルビーは淡々と答える。


「賢くて、速くて、強いのです」


その間に双子も動いていた。


タマが鞄から小さな木箱の判子を出し、ミケが金色の紙片を広げる。


「これ、ほんものしらべ」


「うそつきさがし」


判子がぺたん、と床を打つ。


すると紙片がふわりと浮かび、通路中の乗員の胸元へ順に貼りついた。

本物の者には白く光り、意識を塗り替えられている者には黒く染まる。


「うわあ……」


サトリが絶句する。


「人事査定みたいでいやですね……!」


「だが便利だ」


タキオンが真顔で言った。


「神具のくせに実務性能が高い」


メイドたちはもう完全に感極まっていた。


「タマちゃん、ミケちゃん、なんてお利口なの……!」


「ピンキーさんも……あの跳躍、信じられませんわ……!」


「猫族って本当にあんなに飛ぶんですの……!?」


ラビ艦長が胸を張る。


「飛びますぞ。

しかも、加護が乗るとさらに美しい跳躍になりますな!」


黒外套の人物は、ピンキーに押さえ込まれたまま笑った。


「……なるほど。

猫族を甘く見たのは失策だった」


女だった。

低い声。

顔には半面の仮面。


ルビーが前へ出る。


「あなたが“終幕の役”を探していた者ですわね」


「探していた、というより、整えていたのさ」


女は答える。


「空席があるなら埋める。

主役が足りないなら作る。

終幕に必要な役者が欠けているなら、こちらで用意する」


「人を役者の部品みたいに言うな」


ツキノワが低く唸る。


女は笑う。


「だが国というものは、そうやって回るだろう?」


その瞬間、ルビーのブローチが強く熱を持った。

この思想だ。

人がいるから席があるのではない。

席があるから人を押し込めばいい。

それが今の悪の芯だ。


「不愉快ですわね」


ルビーは静かに言った。


「ええ、とても」


女は答えた。

「だからこそ、よく効く」


だがその会話の途中で、双子の白い箱が、かすかに鳴った。

まるで「この言葉は覚えておけ」とでも言うみたいに。

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