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白い箱の持ち主と、ピンキーの立つ場所

夜が明ける頃、舞踏会はようやく最後の静けさに入った。


客人の一部は控室で仮眠を取り、

一部はそのまま朝の会談へ移り、

歌手のルビーは喉を守るため白湯を飲み、

ダンサーのルビーは、椅子に座っていてもなお背筋が崩れなかった。


その合間、東向きの小さな談話室で、ピンキーは一人、白い箱を前に座っていた。


と言っても、完全に一人ではない。

左右には双子。

背後には二人のメイド。

扉の外にも二人。

もはや要人警護である。


「そんなに見なくても、なくならないよ」


タマが言う。


「うん。

でも、ちゃんと見てて」


ミケも言う。


ピンキーは箱をそっと撫でた。


「これ、ほんとうに私なんですか?」


「うん」


「ピンキーの」


「さいごの」


そこだけは、双子の声がそろって静かだった。


ピンキーは困ったように笑う。


「私、あまり賢くないので、まだよく分かりません」


「賢いとかじゃないよ」


「ピンキーだからだよ」


その答えが、いちばん難しい。


そこへ、ルビーが入ってきた。

赤いドレスのままだが、さすがに少し疲れがある。

ただ、その疲れを姿勢に出さないのが、この人の厄介なところだった。


「ダーリン!」


ピンキーが立ち上がる。


「座っていなさい」


ルビーは短く言って、向かいへ腰を下ろした。


しばらく、誰も口を開かなかった。

朝の光が細く差し込み、白い箱の表面だけがぼんやり明るい。


やがてルビーが言う。


「怖くはありませんの」


「何がですか?」


「“最後に渡される”ことが」


ピンキーは、少し考えた。


「分かりません」


正直な答えだった。


「まだ、本当に分からないです。

でも、双子が私にくれるなら、大事なものなんだろうなって思います」


「それだけですの」


「あと」


ピンキーはルビーを見た。


「ダーリンのそばで使うものなら、ちゃんと受け取りたいです」


ルビーの指先がわずかに止まる。


「……なぜです」


「だって、私、ダーリンのそばにいる係ですから」


その言い方があまりに自然で、ルビーは返す言葉を一瞬失った。


係。

役。

だがこの女は、空っぽの役目として言っているのではない。

自分で選んで、そこへ立とうとしている。


「係じゃないよ」


タマが言う。


「もっとすごいよ」


「うん」


ミケも頷く。


「さいごに、いっしょにいるひと」


メイドたちが一斉に胸を押さえた。


「だめ……泣いてしまう……」


「まだ泣くところではありませんわ……!」


「でも尊い……!」


ピンキーは、やっぱり意味は全部分かっていない顔だった。

だが、その顔のまま白い箱を抱きしめる。


「じゃあ、なおさら大事にします」


その瞬間、黒いブローチが廊下の向こうでかすかに熱を返した。


ルビーも気づいた。

白い箱とブローチ。

まだ触れ合ってはいないのに、どこかで呼応している。


タキオンが扉のところから低く言う。


「使用者指定が進んだな」


サトリが横から覗き込む。


「それ、分かるものなんですか」


「分かる。

箱の方が“この手でいい”と判断した」


「そんな判定あるんですね……」


「ある。

最終局面の道具は、だいたい人を選ぶ」


ピンキーが箱を抱えたまま振り返る。


「選ばれました?」


「ええ」


ルビーが代わりに答えた。


「どうやら、そうらしいですわ」


そこへ、歌手のルビーが静かに入ってきた。

続いて、ダンサーのルビーも。


二人は箱とピンキーを見て、何となく事情を察したらしかった。


歌手のルビーが微笑む。


「最後に何かを渡される人ってね、大抵“受け取る覚悟”より先に“そばにいる覚悟”ができてるのよ」


ダンサーのルビーも頷く。


「踊りも同じ。

最後の一歩を踏む人は、うまい人じゃない。

相手が落ちる瞬間に、隣へ行ける人」


ピンキーは箱を抱えたまま、こくりと頷いた。


たぶん全部は分かっていない。

でも、分からないまま逃げないのがこの人の強さだ。


ルビーはその姿を見て、胸の奥に小さな痛みを覚えた。


この女は本当に、最後まで隣へ来るつもりなのだ。


「……ピンキー」


「はい!」


「今はまだ、開けなくて結構です。

ただし、なくすのは許しません」


「はい!」


「壊すのも許しません」


「はい!」


「あと、パンくずをつけるのも許しません」


「それは努力します!」


「努力では足りません」


双子が笑う。


「ピンキー、がんばって」


「がんばってね」


メイドたちも一斉に頷いた。


「私たちもお守りします!」


「箱もピンキーさんも、まとめて保護しますわ!」


「保護対象が増えていく……」


サトリが胃を押さえる。


だがその騒がしさの向こうで、窓の外には朝焼けが広がり始めていた。


空中艦隊の輪郭が、ひとつ、またひとつと明るくなる。

夜の危機が去ったわけではない。

むしろこれから、よりはっきり姿を見せる。


ルビーは立ち上がった。


「夜が明けますわね」


ディーアナも扉口に現れ、静かに言う。


「ええ。

そして敵は、夜より朝を好むでしょう。

顔が見える戦いの方が、席を奪いやすい」


ルビーは黒いブローチに手を添え、

ピンキーは白い箱を抱きしめる。


双子はその二人を見上げていた。

最後にどうなるかを、たぶん一番よく知っている目で。


そして、ドルドアの朝が来る。


歌と舞の夜が終わり、

空中艦隊と本当の終幕へ向かう、

もう一段大きな物語の朝が。



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