夜明け前の艦隊再編と、踊り続ける国
舞踏会が終幕へ向かっても、ドルドア邸の夜はまだ終わらなかった。
一階の舞踏床では、ダンサーのルビーが最後の演目のために足慣らしを続け、
二階の歌台では、歌手のルビーが喉を休めるでもなく次の曲の調を確かめている。
そしてそのすぐ裏――王族用の小会議室では、空中艦隊の再編成が始まっていた。
壁一面の夜空地図。
接続桟橋の配置。
識別符丁の再割り振り。
各艦の責任者名。
そのどれにも、赤い印と黒い印が増え続けている。
「三番艦、四番艦、七番艦は一度待機列から外しなさい」
ディーアナが言う。
「識別符丁の改ざんを受けた艦を、そのまま主力列へ残すのは危険です」
副官がうなずく。
「しかし公爵閣下、そうすると中央列が薄くなります」
「薄くて結構。
穴の空いた中央より、信頼できる外縁の方がましです」
ルビーは地図を見ながら、小さく息を吐いた。
母はやはり容赦がない。
けれどそれでいい。今夜ばかりは“きれいな隊列”そのものが危険なのだ。
イツモアが半透明のまま報告書をめくる。
「識別符丁は三重化しました。
一つ目は従来の軍方式。二つ目は情報局の臨時暗号。三つ目は――」
「歌ですわね」
ルビーが言うと、イツモアが薄く笑った。
「ええ。
舞踏会二階の歌手ルビー殿の音型を基準とした、拍節認証です。
敵が数字を盗んでも、あの人の“溜め”までは盗めない」
サトリが目を丸くする。
「歌で艦隊認証するんですか!?」
「ドルドアですから」
ディーアナが真顔で答えた。
それで説明として成立してしまうのが、この国の妙なところだった。
タキオンが机の端で小型の金属片を並べている。
いつの間にか作られた立体模型には、舞踏会場、桟橋、各艦の位置まで浮かんでいた。
「ついでに一階のダンサー・ルビーの足順も入れる」
「必要なんですか、それ」
サトリが訊く。
「必要だ」
科学者は即答した。
「歌だけなら聴覚模倣の余地がある。
だが、舞の重心移動と同時に認証を取れば、単なる符丁ではなく“生きた主役の同期”になる」
ピンキーがぱっと顔を上げる。
「すごいです!
歌と踊りでお船が本物って分かるんですね!」
「ええ、まあ」
ルビーは少しだけ口元を和らげた。
「この国らしいでしょう」
会議室の隅では、双子がメイドたちに包囲されていた。
「タマちゃん、お膝に乗る?」
「ミケちゃん、あったかい牛乳ありますよ」
「夜更かしは体に毒ですわ」
「でも、いっしょにいたい」
タマが言う。
「まだおわってないもん」
ミケも頷く。
「うん。
おそらに、わるいののこってる」
その言葉に、大人たちは一瞬だけ黙った。
ラビ艦長が低く唸る。
「子らの勘は侮れませんな。
潜水烏賊も、潮の変わり目は子どもの方が先に察しますぞ」
タキオンが視線を上げずに言う。
「勘だけではない。
おそらくあの鞄と箱が、もうかなり先の局面を見ている」
白い箱は、今も双子の足元にある。
抱けば小さく、置けば妙に存在感がある。
タマとミケはそれを交代で撫でていた。
ピンキーが少しだけ気にしたように言う。
「それ、本当に私に渡すんですか?」
「うん」
「さいごにね」
「でもまだだよ」
無邪気な声。
けれどその“最後に”は軽くない。
ルビーは地図から目を離さなかった。
今それを真正面から考えると、まだ手が止まりそうだったからだ。
ディーアナが会議を締める。
「夜明けまで舞踏会は続行。
歌も踊りも止めない。
その裏で艦隊を組み替え、桟橋の浄化を進める。
ドルドアは慌てている姿を見せない。――それが外交です」
その言葉の最後に、二階から歌声が降りてきた。
静かで、強い声。
歌手のルビーだ。
同時に床下から、舞踏床を打つ軽い振動が伝わる。
ダンサーのルビーが動いている。
その二つを感じながら、ルビーは思う。
この国は、歌と舞で平静を装っているのではない。
歌と舞があるから、平静でいられるのだ。
「行きますわよ」
ルビーが立ち上がる。
「次は桟橋です。
本当に汚れているのは艦そのものか、接続する“席”そのものか、見極めます」
ピンキーがすかさず紙袋を差し出した。
「移動用パンです!」
「いつ用意したのです」
「さっき!」
「有能ですわね……」
双子が木の靴を鳴らし、メイドたちが本気でついてくる。
夜明け前のドルドアは、舞踏会の最中とは思えないほど忙しかった。
けれどその忙しさの中心にも、ちゃんと音楽があった。
それはこの国が、まだ本物である証だった。




