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二階の歌姫と、一階の舞姫

空中桟橋の黒い糸が夜へ溶けたあと、一行はすぐさま舞踏会本階へ引き返した。


ドルドアの舞踏会は、普通の国のそれとは違う。

着飾った客が気ままに踊る場ではない。

踊るのは、選ばれたプロの舞手。

歌うのもまた、選ばれたプロの歌手。

客たちはその芸を見聞きしながら、会談し、取り引きし、同盟と裏切りを磨く。


一階中央の大舞踏床では、白金の灯りの中、ひとりの女が回っていた。


細い。

速い。

それでいて、一歩も軽くない。


裾の長い銀の衣装が、遠目には月光の帯みたいに見える。

つま先が床へ触れるたび、まるで大理石の方が彼女に合わせて整うようだった。


「あれが……」


サトリが思わず足を止める。


「ええ」


ルビーが答えた。


「ダンサーのルビーですわ」


その名を口にした時だけ、ルビーの声がほんの少し変わった。

羨望でも、嫉妬でもない。

この家にとって特別な名を呼ぶ時の、静かな敬意だった。


一方、二階の弧状舞台では、別の“ルビー”が歌っていた。


真紅のドレス。

黒髪。

けれどこちらは、床を支配するのでなく、空気を染める。


声が伸びるたび、会談中の各国大臣たちの会話が一瞬だけやわらぐ。

言葉の刃が、歌に触れた分だけ少し鈍る。

それくらい強い声だった。


「そしてあちらが、歌手のルビー」


イツモアが珍しく真面目な調子で言う。


「我が国の舞踏会が舞踏会たり得る理由、その半分です」


ピンキーは目をきらきらさせた。


「ルビーがいっぱいです!」


「そういう雑なまとめ方をするのはあなただけです」


ルビーが言いながらも、完全には否定しなかった。


なぜなら本当に、この舞踏会の主役は二人のルビーだからだ。


歌のルビー。

舞のルビー。


そしてディーアナは、少女時代、この二人に憧れていた。


ダンサーのルビーみたいに踊りたかった。

歌手のルビーみたいに、場を一声で静める女に憧れた。

だからこそ、自分の娘にその名を与えた。


「……なるほど」


タキオンが低く呟く。


「敵の狙いが分かった」


「何がです」


サトリが訊く。


「盗まれた“主役の器”は、公爵家の主役席を奪うためじゃない。

二人のルビーの役を汚すための器だ」


ルビーのブローチが、どくん、と脈を打った。


一階ではダンサーのルビーが回り、

二階では歌手のルビーが声を伸ばす。


その二つが同時に成立して、初めてドルドアの舞踏会は完成する。

ならばそこへ黒い“第三のルビー”を差し込めば、舞踏会そのものが毒される。


「嫌なやり方ですわね」


ルビーが静かに言った。


「ええ」


イツモアも頷く。


「文化を壊すのではない。

文化の皮を被せて腐らせる。

実に内側向きの悪意です」


その時だった。


二階舞台の歌手ルビーが、一瞬だけ声を止めた。


観客には分からない。

だが、近くにいた者には伝わった。

空気がほんのわずかに濁ったのだ。


続いて、一階のダンサー・ルビーの足元にも、黒い糸みたいな影が細く走る。


「来ます!」


サトリが叫ぶ。


「“役”に触れてる!」


「メイド隊、双子を中央へ!」


イツモアが指示を飛ばす。


「絶対に離さないで!」


「はいっ!」


「タマちゃん、ミケちゃん、こっちですわ!」


「わあ、だっこだ」


「ふかふかだ」


双子は本気で保護されながらも、きょろきょろと舞台を見ていた。

怖がるより先に、何かを手伝えないか探している目だった。


鞄が、ぴこん、と鳴る。


「なにか出る!」


「でるね!」


今度飛び出してきたのは、金色の鈴のついた小さな指揮棒と、羽根飾りのついた玩具の仮面だった。


タマが指揮棒を持つ。

ミケが仮面を掲げる。


「これ、あそぶやつ?」


「でも、いま使うやつ」


タキオンが鋭く言った。


「そうだ。

それは“舞台の本物”を守るための玩具だ」


ルビーは二人のルビーを見上げた。


歌手のルビー。

ダンサーのルビー。

そして今、自分の名の由来そのものが狙われている。


「守りますわよ」


その一言に、ブローチがまた熱を返した。


舞踏会はまだ続いている。

音楽も、歌も、踊りも止まっていない。


止めてなるものか。

ここがドルドアの顔なのだから。

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