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空中桟橋の黒糸と、まだ終われない人たち

空中発着塔へ続く螺旋階段は、普段なら楽団員か伝令しか使わない。


今夜はそこを、赤いドレスの外務大臣、透明化しかけの情報局長、千年の科学者、不死身のクマ族、胃痛のウェイター、紙袋つきのメイド、子猫保護隊、そして双子が一列になって駆け上がっていた。


「絵面がおかしい!」


サトリが叫ぶ。


「だが機能的だ」


タキオンが真顔で返す。


「どこがですか!」


「双子を中心に保護半径が形成されている。

メイド群は士気が高い。ピンキーは補給持ち。悪くない」


「補給持ちって私ですか?」


ピンキーが少し嬉しそうに言う。


「ええ、あなたです」


ルビーが即答した。


「今夜それはかなり重要ですわ」


階段を上り切ると、夜風が一気に吹き込んだ。


空中桟橋。

その先には、待機中の小型艇と、さらに遠くにはドルドア空中艦隊の灯りが連なっている。

だが、今夜その美しさは不気味さに近かった。


黒い糸が、桟橋の中央から空へ伸びている。


その根元に立っていたのは、人間ではなかった。


いや、形は人に見える。

だが輪郭が曖昧で、黒いドレスの裾だけがやけに鮮明だ。


未完成だったはずの“主役の器”。

誰かが、ここで仮に着せたのだ。


『主役は埋める』

『空席は許されぬ』

『足りぬなら作れ』


乾いた声が風に混じる。


ルビーは一歩前へ出た。


「やめなさい」


『なぜだ』


「主役とは、いない者の代わりに立つものではありません。

責任を引き受けた者だけが立つのです」


『ならば、お前だ』


黒いドレスの影が、腕を上げた。


黒い糸が一斉にルビーへ向かう。


イツモアが透明化し、ツキノワが飛び出し、タキオンが金属片を放つ。

だが、その時いちばん早く動いたのは、双子だった。


「タマ!」


「ミケ!」


鞄から、今度は羽根つきの木の飛行機と巻き尺みたいに伸びる星のリボンが飛び出した。


「いけー!」


飛行機が黒糸の間を縫い、星のリボンが桟橋いっぱいに広がる。

糸が絡まり、進路を失う。


「航路の上書きだ!」


タキオンが叫ぶ。


「空中桟橋そのものを“子供の遊び場”へ定義し直した!

これで役目の糸は軍用導線を保てない!」


「言ってることはすごいのに、やってることは可愛いですね!」


サトリが叫ぶ横で、メイドたちが本気の声を上げる。


「タマちゃん、右ですわ!」


「ミケちゃん、そのまま真ん中を切って!」


「危なくなったらすぐ抱きとめますからね!」


「そこ、愛で支援する場面ですか!?」


しかし、その“愛で支援”が効いていた。

双子は怖がらない。

守られていると分かっているからだ。


ピンキーが紙袋から最後の楕円パンを取り出す。


「ダーリン!」


「何です!」


「つかれたら食べてください!」


「今ですか!?」


「今です!」


ルビーは思わず息をつき――ほんの少しだけ、笑った。


その一瞬で、ブローチの黒が少しだけ揺らぐ。

冷えきる寸前の心に、まだ熱が残っている証拠みたいに。


タキオンが低く言う。


「今夜はここまでだ、偽物。

主役の器だけ先に育てても、本命の条件が足りない」


『足りぬ……?』


「そうだ。

お前にはまだ、“最後に渡されるもの”がない」


双子が、白い箱をぎゅっと抱えた。


まだ渡さない。

まだ早い。

でも、いつかピンキーに渡すものは、もう確かにここにある。


黒いドレスの影は、風に煽られるようにぐらついた。

未完成のまま、桟橋の先へ黒い糸を引きずって下がっていく。


消え際に、乾いた声だけが残る。


『ならば集めよう』

『艦隊を』

『席を』

『終わりの役を』


そして影は、夜空の向こうへ消えた。


静寂。


だが誰も、勝ったとは思わなかった。


ルビーは遠くの艦隊灯を見つめる。


「……次は屋敷の掃除では済みませんわね」


イツモアが珍しく軽口なしで答える。


「ええ。

空へ広がります」


双子は白い箱を抱いたまま、ピンキーのそばへ戻った。


「これ、だいじ」


「なくしちゃだめ」


ピンキーは二人の頭をそっと撫でる。


「はい。

その時が来たら、ちゃんと受け取ります」


ルビーはそのやり取りを見て、何も言わなかった。

ただ、黒いブローチに手を添える。


終わりは近い。

だが、まだ終われない。


夜空の向こう、空中艦隊の灯りが一つ、また一つと増えていく。

まるで戦争そのものが、ゆっくり形を取って近づいてくるみたいだった。

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